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「ネオ・ジェネシスには従来のコードネームとは別に、他とは一線を画す力を持った者のみに与えられた――固有の『アルカナ』を持つ者が存在します。私はその『マジシャン』のアルカナを与えられし者です」
彼は流暢に明かしていく。何処か誇らしげに――愉快そうに。
“アルカナ……つまり大アルカナを模した称号という訳ですか”
琉月はそれをタロットの一組78枚の内、22枚を構成する寓意画が描かれたカードの事だと気付いた。
眼前の彼はその一つ『magician(魔術師)』が大アルカナ。その名称通り、彼から滲み出る異質な雰囲気のみで、他の連中とは一線を画すだろう事は分かった。
――ならば強い。恐らく彼はとてつもなく。サーモで判明出来なくとも、かなりの領域のレベルに在る事が。
「――ですので私の事は“これから”敬意を込めて、コード『マジシャン』と呼ぶも良し。親しみを込めて『シオン』とお呼びするのも宜しいですよ? 特に貴女にならね」
「これから? 何を馬鹿な事を……。貴方達は私を始末しに来たのでしょう?」
二人の間で緊迫した会話が交わされる。
そうだ。これまでの事柄から、目的は狂座の排除。それ以外無い筈なのだが、シオンの言っている事は何処か食い違いがある。
これではまるで――品定め。
「勿論排除しますよ。我々にとって狂座は最大の障害ですからね」
だがシオンの――『ネオ・ジェネシス』の当初の目的は変わらない。それは断言。
やはりこの仲介室に来たの目的は、琉月の抹殺。だがシオンは『ですが』と付け加えた。
「狂座の優秀な人材を、このまま排除するのは惜しいのも確か。そしてお目に叶えば、此方へ引き込みたいのも本音なのですよ」
それは琉月を『ネオ・ジェネシス』側への引き抜き提案。
「それはそれは……」
琉月は敢えて受け流している。そして大体の事は理解した。
『ネオ・ジェネシス』は優秀な人材を欲しがっている。だが意にそぐわなければ、排除もいとわない。それは先程の問答無用振りでも伺えた。
「お見受けした所、貴女は大変凄まじい力を秘めている。それこそ、仲介人の立場に甘んじているのが惜しい位に」
勿体振った感はあるが、シオンの提示したい事。それは即ち――
「どうでしょう? 狂座なんて時代錯誤な組織等捨てて、私と共に歩みませんか? なぁに貴女程の実力なら、すぐに“あの御方”から『アルカナ』の栄誉を承れる事でしょう」
琉月を『ネオ・ジェネシス』への誘い。それが如何に魅力的であるかを、シオンは強調していた。
“あの御方……”
だが琉月の意図は別の所にあった。
彼等の纏め役。恐らく『ネオ・ジェネシス』のトップ――“あの御方”。
「私としても貴女のような美しい女性が傍らに居てくれれば、大変鼻が高い。そうですね……私の第七師団、貴女は『師団長補佐』の役へ最初に推薦させて頂きますよ。入ってすぐにこれは大変な名誉な抜擢です」
琉月の意図には構わず、シオンは語り続ける。紳士的だがそのニヒルな笑みの裏には、つまり琉月を自分の『モノ』にしたいと意図が明らかだった。
「それはそれは、大変魅力的な御誘いどうも……」
シオンの誘いに琉月も応え始める。
「――ですが貴方は女性を自分の値打ちを高める『アクセサリー』か何かと勘違いしていませんか? 生憎私はそんなに“安く”ないのですよ」
言い回しは妙だが、琉月はその誘いをはっきりと『NO』の提示。
「私は決してそういうつもりではないのですが……気に障ったみたいですね。そこは御詫びしましょう。ですが――」
言葉足らずだったのは本人も理解していたのか、シオンは深々と琉月へ頭を下げるが、誘い自体を断念した訳ではない。
だが琉月は構わず続ける。
「それに他への引き抜きは何処の企業でも常套手段ですが、私は現在の立場に誇りもありますし、丁重に御断りさせて頂きます」
その決意は完全に拒否。狂座への忠誠とは何処か違う、彼女なりの誇りと信念の顕れなのだ。
「…………」
シオンは言葉を失っている。まさかこうまではっきりと断られるとは思っていなかったからか。
だがその表情には、些かの動揺も感じられない。
「そう無下にせず、考え直して頂けませんか?」
そして彼の立場としても、このまま引き下がるつもりは無いようだ。
「私としても、このまま貴女の美しい顔を醜く歪めるのは……忍びがたくてね」
紳士的口調は変わらないが、何処か威圧的と俄に変わる。
「今度は脅しですか? 幻滅ですね。女性なんか力でどうにでもなる等、思っているのでしょうね……」
その変化を敏感に突き返す琉月。
「場合によっては実力行使もやむを得ないのですよ」
シオンも退かない。つまり琉月が懸念した通り、シオンは力ずくで琉月を丸め込もうという腹積もりのようだ。
その際に少々の怪我はやむを得ない――。
何時の間にか二人の間には、恐ろしい程に張り詰めた空間が展開されていた。
「…………」
誰かが手出ししようものなら、即座に灰塵と化してしまいそうな程。その為誰もが動く事も、口を開く事すら出来ない。
その沈黙を最初に破ったのは――
「そうそう……」
琉月だった。思い出したかのように、机上に落ちた二つに割れた仮面を手に取る。
「これも手品か何かの類いでしょうか?」
「…………」
シオンは答えない。手品師ではなくとも、己の手の内はそう簡単には明かせないだろう。
琉月は仮面の断面を指でなぞる。綺麗にたち割られている事から鋭利な刃物、先程のカードによる原理か何かと思ったが、何処か違和感があった。
“……これは?”
刃物類で切ったにしては、断面が滑らか過ぎるのだ。これは『切った』というより――
「なるほど。マジシャンのアルカナ、その象徴は――炎」
高温でセラミック性を溶解、分離させたが正しい。その指摘にシオンの無表情が僅かに揺らいだ気がした。
「炎の異能……ですね?」
琉月はそのものズバリを指摘。
「御名答。流石ですね」
種が割れたのか、シオンはニヤリと笑みを浮かべる。
“手品の種がバレたら速やかに種明かし”
これは手品に於ける裏ルールなのか。
「ですがこれは手品ではありませんよ? 魔術と言って頂きたい」
当然、これは手品といった『遊び』の類いではない。シオンは両手を拡げる――が、傍目には何も起こっていないようにも見えた。
だがそれは――“不可視”の炎。室内の温度が上昇したのは肌で実感。
「特別に……貴女には目に見える形で実感して頂きましょう。一瞬で消し炭になってしまったら、その時は恨まないでくださいね」
瞬間――幽暗な室内に、目も眩むような燈が灯された。シオンの両手には火柱が渦巻いており、それはやがて圧縮された光玉の形へと変貌を遂げる。
火は高温になる程、燈色から白色へ。
そして――
“level99.99%over”
※※※※EMERGENCY※※※※
「――っ!!」
これまで無反応が示していた琉月のサーモより、突如として警告音が響き渡った。
「では――参ります」
シオンの先制の掛け声。
次の瞬間――琉月の瞳は驚愕に見開かれた。