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「世良様……」
執事風貌の男が洋風の広い室内に入るなり、深々と会釈する。
「どうかしたのですか? 新たな密輸品でも仕入れてきたとか?」
ワイングラスを片手に、高級本革ソファーにどっしりと腰を降ろしている人物は、ダミ声だが紳士的口調でそう問う。
室内の豪華なシャンデリアがやけに眩しい。
周りの壁には趣味の悪い剥製の数々。
動物のみならずちらほらと人の顔、所謂デスマスクまで立て掛けてあった。
その生前の恐怖に歪んだそれらは、恐らく全て本物なのだろう。
「首から上は残しておきなさい。此処に飾りますゆえ」
そう醜く薄ら笑いを浮かべ、でっぷりと私腹を肥やしたその中年男性は、diva頭目、コカイントラスト世良 芳文その人であった。
「いえ……有地内の護衛の一人からの連絡が途絶えました」
「ほう……それは?」
執事風貌の男から伝えられたのは別用件。しかし世良は問題無く受け流す。
「恐らく……別組織からの侵入者かと」
男が口にした侵入者。なら狙いは間違い無くdivaである事。
「ほほほ。毎度の事ながら無謀な挑戦ですね。何処の組織かは知りませんが、何時も通りですよ」
しかしながら世良には、僅かな焦りすら感じられない。
何故ならこの手の事態は日常茶飯事。
ある意味密輸品が勝手にやって来るのだから、それは正に飛んで火に入る夏の虫。
「了解致しました」
男もそれを理解してる上で、わざわざ伝えに来たのだろう。
「そうそう、なるべく臓器類は傷付けないようお願いしますよ」
世良は踵を返した男へ追記を加え、それを承けた男は再度深々と会釈し、室内を後にしていた。
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「私だ……」
邸内を歩きながら男は、スーツの内側より取り出した無線機を口元へ――
「侵入者接近。直ちに迎撃体制に移れ。生きたまま捕らえたいが、抵抗するなら射殺して構わん。なるべく原型は残せ」
そう冷酷な主旨を伝達すると、男は無線機を切り、通路奥の闇へと消えていった。
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「おうおう、よくもまあこんな不便な所に豪邸なんか建てるもんだな」
二人はdiva本拠地、世良邸建物前、庭園内にまで侵入していた。
眼前に聳え立つは、中世風の広大な豪邸。
狭い日本の、しかも山奥でこの構図は余りに場違いだ。
「コカイントラストって儲かるんだなぁ……。まあそれも今日でおしまいってか?」
本気の冗談でケラケラと笑う時雨。
「お出ましのようだぞ」
幸人の言葉通り、奥からはぞろぞろと黒服の男達が、一人、また一人と闇より姿を現していく。
「おぉ! 虫みたいにわらわらとやって来やがった」
その数、凡そ30余り。構成員の約半数。
先程の男と同じく、全員が重火器で武装してるだろう。
だが時雨はこの圧倒的不利状況を前にして、少しも怯む素振りすら見せない。
寧ろ楽しんでいる。
「あの人数はキツいんじゃないのか?」
幸人の状況摂理は当然――。
「くくく、何だお前? びびってんのか? いいから邪魔だから下がってな」
だが時雨は少しの臆病も見せず、一人集団の前へと歩みを進める。
勿論幸人は尻込みしてる訳は無く、最初から手を出す気は無い。
腕組みしたまま、ジュウベエと事の成り行きを見届けるだけ。
「はぁい屑の皆さん。いっぱい集まってくれてどうもどうも! お陰で手間が省けて感謝感謝」
ポケットに両手を突っ込んだまま、時雨の陽気な挑発。
“こいつ馬鹿か?”
黒服達も完全無防備な、その姿に呆れる者多数。
銃を使う必要も無く、生け捕りも可能――と、誰もがそう思うのは当然。
「おい雫……狼煙だ。派手に鳴らせ」
振り返らぬまま、時雨は背後の幸人へと声を向ける。
「ふん……」
幸人はやる気無さそうな返事で、左手首に装着した、時雨や他の者達と同じ腕時計の様な装置、サーモの主電源を入れた。
液晶に燈が浮かび上がる――
「久々に俺の真価を見せてやるよ」
時雨は両目に左指を添える。
「ああ面倒くせぇ……」
その指にあるはコンタクトレンズ。
外していたその瞬間――
『蒼……目?』
黒服達は確かに見た。
その瞳が黒から蒼へと変わっていたのを。
ジュウベエも眼を見開いていた。
そして時雨が束ねていた襟髪をほどくと、蒼い瞳と同じく、まるで呼応するかの様に蒼髪へと変貌していくのを――
“こいつ……幸人と同じ特異点? 先天性異能者か!?”
その蒼髪が煌びやかに靡く姿を目の当たりにし、ジュウベエは何故彼が幸人と同じSS級なのかを、ようやく理解出来た。
コンタクトレンズで異彩色魔眼を偽装していたのだ。
そして――
“level99.99%over”
※※※※EMERGENCY※※※※
突如鳴り響く警告音。臨界突破の狼煙。
※レベル臨界突破計測確認――
CODE:0990100よりモード反転――
スタビライザー解除:裏コード移行――
※※※※EMERGENCY※※※※
※本機はこれより モード:エクストリームへ突入します――
地殻変動及び空間断裂の危険性大――
速やかな退避を推奨します――
※※※※EMERGENCY※※※※
“何だこの音は!?”
突然蒼く変わった時雨の姿と、甲高い警告音と機械音声に、黒服達に動揺が走る。
「いいねぇ……お祭り気分だ」
騒然とした場で愉快そうな時雨を余所に、幸人はサーモの液晶画面を確認する。
時雨の臨界突破レベルを――
「んなっ!!」
肩側から覗き込んだジュウベエは、表示された数値を見て思わず驚愕の声を上げた。
――――――――――――――
※裏コード~臨界突破
※第二マックスオーバー
※モード:エクストリーム
対象level 203.49%
※危険度判定 SS
――――――――――――――
ジュウベエは片眼である己が目を疑った。
“臨界突破レベル『200%』超え……だと?”
だが何度眼を凝らしても、液晶に表示された数値に間違いは無い。
ジュウベエは蒼く靡く時雨の後ろ姿に眼を向ける。
その200超という数値が、どういう事を意味したのか――
“アイツ……幸人と同等、いやそれ以上か?”
ただ一つだけ分かるのは、彼は紛れもなくSS級――人の姿をした怪物なのだと。
「さあ“キリング タイム”のお時間がやってまいりました」
完全に一人だけ浮いてる感のある時雨は、胸ポケットからメンソールの煙草を一本取り出し――
「閲覧御代は出演者の命となっておりま~す」
ふざけながら煙草に火を付け、余裕の一服だ。その振る舞いは心臓に毛が生えてるとしか思えない。
“一体どれ程の力が……”
ジュウベエがそう思った瞬間――
「えっ!?」
それは異変。先程まで余裕だったはずの時雨が、身体を痙攣させながらくわえた煙草を落としていくのを。
その口からは吐血の跡。
そして黒服の一人が持つ銃口からは硝煙の跡が。
何時の間にか撃たれていたのだ。恐らくはお喋りの最中。
発砲音が聞こえなかったのは、サイレンサー付き拳銃だったからか。
「そ……んな……馬鹿な!」
まさかいきなり撃たれるとは思っていなかったのか、驚愕と疑問、そして苦痛の表情で、時雨は撃たれたと思わしき血の溢れる腹部を押さえながら、ぐらつき崩れ落ちようとする。
「なっ!!」
だが、それは許されなかった。
一人の行動を皮切りに、次々と時雨へ向けて一斉掃射。
“プシュプシュ”と乾いた音と共に、まるで虚無のダンスを踊る時雨。
その度に血飛沫が夜空へと舞う。
四方から撃ち込まれる弾丸によって、倒れる事が出来ないのだ。
やがて――原型も残らない程、時雨だった五体は血溜まりの海へと沈む事となった。
「ちょっ! アイツいきなり殺られちまいやがったぜ!?」
突然の事態にジュウベエが声を上げるのも無理は無い。
確かに多勢に無勢。だがSS級ともあろう者が、こうまであっさり殺られる等と――。
「おっと……原型は残すんだったな」
「もう一匹を生け捕りにすれば問題は無かろう」
大勢の黒服達は躊躇する事も無く、幸人へとその矛先を向ける。
正に全員が殺しのプロなのだ。
「やべぇぞ幸人! アイツが殺られちまった以上……」
ジュウベエからすれば、此処は撤退したい処だが、幸人が介添え役である以上、引き継ぎ完遂せねばならない。
「相変わらず……」
「おっ……オイ幸人!?」
迫り来るdivaの尖兵達を前に、ジュウベエの焦りに対し幸人は腕組みしたまま、それでも動く気配すら見せない。
「性悪な奴……」
そう意味深に呟いた瞬間――
“ブラッディ・アバター”
何処から途もなく聞こえた声。
『何だ!?』
誰もがその声の発生源と思わしき、血溜まりの遺骸へ視線を向ける。
そして見た――
「ひぃあぁぁぁ!!」
「ばっ……化け物!!」
余りの事態に叫ぶ者も多数。
「嘘だろオイ!?」
その血溜まりからは死んだはずの、しかも幾多もの時雨と思わしきモノが形成されていくのを――
“レギオナリスト・サジタリアス ~水装師団射手陣”
十数人もの時雨その者が、何事も無かったかの様に佇む。
「そんな馬鹿なぁぁぁ……なんちゃって」
唖然としている者達を前に、その全てが同じ様に――笑っていた。