――自分達は確かに、少女へ向かって行った筈だ。
『……何処だよ此処は?』
そして確かに路地裏に居た筈。
『えっ――何々!?』
『一体何がどうなって……』
三人は突然自分達が置かれた状況に、戸惑いを隠せないのも当然。
先程まで目の前に居た筈の少女の姿は何処にもなく、それに辺りは都会の路地裏処か、見た事も無いような虚無に広がる僻地と、不安に駆られる極めて禍々しい夕闇が頭上に拡がっていたからだ。
『…………』
そもそも此処は何処なのか。少なくとも先程までの“日本”ではない。
そして息も詰まる程の臭気――
『此処は六道の一つ――“餓鬼道”』
口元を押さえながら呆然と立ち竦む彼等に、何処からともなく声が聴こえてきた。
『――っ!?』
そして彼等はすぐに気付く。その声の主が、あの幼い少女のものである事に。
『生前強欲だった者や、心の貧しい者は此処に堕ちる事になる。そして未来永劫、飢えと乾きに苦しみ続ける――愚かな貴方達に相応しい報いね』
だが淡々と状況説明を述べるその口調は、直前迄の無邪気さや幼さは一切感じられない。
『何言ってんだよ……此処から出せよ!』
『そんな……嘘だそんなの……助けっ――』
それがまた恐ろしい。何故か聴覚からではなく、直接頭の中に聴こえてくる声の意味は全て理解出来なくとも、ただ事ではない状況は理解出来る。それを如実に感じ取っていたからこそ、彼等は既に憔悴し懇願していた。
悠莉のみが保有する能力――“メモリアル・フェイズ・メタモルティ ~深層侵慮思考鏡界”は何も、対象者の深層を映し出し操作する――のみではない。
自らが考え出した、本来有り得ぬ幻想を固有として創り出し、他者へ強制介入させる事も出来るのだ。
悠莉は年相応に比例する精神年齢なのだが、その実――比例しない膨大な知識量を誇り、空想具現力は他の追随を許さない。
『貴方達はこれまで、踏みにじってきた人達の懇願を聞いてあげた事があるかしら? 自分は助かりたい――なんて虫のいい話ね』
悠莉の無邪気な一面も、まごうことなき彼女の側面なのだが、時として無邪気から無慈悲で、冷酷な獄卒の顔となる――
『俺達が悪かったぁ! だからここから出してくださいっ――お願いします!』
もう彼等にもはっきりと痛感した。此処は自分達がもと居た世界ではない事を。
此処で永遠に苦しみ続ける――考えただけでも発狂ものだ。
『許してください許してください許してくださいぃっ――!!』
だからこそ彼等は、必死で泣いて懇願していた。もう形振り構ってはいられない。
『そうね……』
泣き叫ぶ彼等を哀れに思ったか、響く悠莉の大人びた声。彼女のこの一面は幸人にも殆ど見せる事は無い、極めて特別な私情に於いてのみ――“執行時の特別版”。
『此処で永遠に苦しめるのも一興だけど、余り時間も無いし限られているし……今回は趣向を変える事にするわ』
悠莉にとって、対象者を“生きた屍”にするのは容易。現実世界では生きていても、深層で苦しませ続ける事も可能なのだ。
“殺す事だけがこの力の本質ではない――”
だが今回は特殊な事情もあり、それをよしとしないのも確か。
その言葉は彼等にとって、一縷の希望――救いの声に聞こえたに違いない。
『たっ……助かった』
『やった……帰れるな俺達』
この世界から元に戻れる事が分かり、沸き上がる三人の歓喜の声。
『それはどうかしら? このままの方が良かったかもしれないわね』
それに水を差すような、悠莉の意味深な声。
『何言ってんだよ、今回は帰すって言ってたじゃねえか!』
今回は趣向を変えると言っただけで、そのまま帰すとは言っていないが、当然三人は納得出来るものではない。
『そうだよ早く帰してくれよ!』
『こんなとこ、もう居たくねえよ……』
次々と反論の声が挙がるが、彼等は気付いていない。
此処は悠莉の世界。彼女の裁定一つで、如何様にでもなるという事を。
彼等の根底に在るのは、ただ自分だけは助かりたい――という身勝手さだけだ。自分達が何故このような仕打ちを受けているのか、それを全く理解していない。
『勿論、元の世界へ戻してはあげるわ』
悠莉としては『三人をこの世界で永遠に閉じ込める事はしない』、この一点に関しては覆すつもりはない。
『でも、このまま何事も無く帰れると思ってたのかしら? おめでたい連中ね』
だが、このまま『只で帰す』つもりも毛頭無い。
『そんなっ――人権侵害だ!』
『訴えてやるぞ! 早く出せ!』
その事で三人は批難の声を挙げるが――
『訴える? 面白い連中ね。そもそも塵に人権等無いし、自分達の置かれた立場を分かっているのかしらね』
悠莉は鼻で笑い、意に介さない。
『――ひぃっ!?』
突如、彼等に訪れる異常事態。
『何だよ……何だよこれぇ!?』
先程まで何も無かった僻地に、彼等を取り囲むように現れていたもの。
『これは餓鬼魂。見た目に惑わされない事ね。彼等に在るのは、決して途絶える事の無い飢餓感……。それゆえ何でも食す――満たされる事無くね、フフフ』
腹が異様に膨れた醜悪な表情の小鬼達が、まるで三人を品定めするように見ていた。
舌舐りするそれは“獲物”を見る目――
『ひぃぃぃっ――』
その視線の意味に気付かない者は、流石に居ない。
『たっ――助けぇぇ!!』
意図に気付いた彼等から洩れる、恐怖に満ちた悲鳴。
『苦しいわよぉ? 生きたまま喰われていくのって。意識は有るのに、それをしっかりと噛み締めなければならないものね。特に死の無いこの世界では尚更……フフ』
そう愉しそうに嘲笑う悠莉。まるで狡猾な監守のようだ。
『ひぃっ――嫌ぁぁぁ!!』
生きたまま喰われていく――その苦しみが如何程のものか。
『さあ――ゆっくりと味わいなさい』
悠莉の号令の下、多数の餓鬼魂が一斉に三人へ飛び掛かった。
『やめやめやめぇぇぇ――あがっ!?』
そして彼等の五体のあらゆる箇所へ、無造作に牙を突き立てていく。
『止めっ――痛い痛い痛い痛いぃぃぃ!!』
『あががががぁぁぁぁ!!』
『助けっ――助けぇぇぇ!!』
微塵の遠慮も無い餓鬼魂に骨は噛み砕かれ――臓物は四方に引き出され、それでも意識は途絶える事無く、それを痛感せねばならない。
その想像を絶する激痛に、絶え間ない彼等の絶叫が響き渡った。
“カリカリカリカリカリカリ――”
『ぎぃゃああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!』
…
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!