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まだ混濁としているが、徐々に浸透し鮮明となっていく。
「――ん……」
意識の戻った亜美は、薄目で状況を確認してみた。
あれから自分は一体どうなったのか。身体にのし掛かる圧力は感じない。
――それとも既に事が終わってしまった後なのか。
目の馴れない漆黒の中、絶望と共に恐る恐る瞳で辺りを伺う――と居た。あの三人だ。
だが亜美は状況が明らかにおかしい事に気付く。
自分を襲った筈の三人は、何故か地に平伏し悶え苦しんでいたから。
“一体……何が?”
状況の掴めない亜美は、意識が戻ったとはいえ、そのまま固まったかのように動けない。
自分が気絶している間、彼等に何が起きたのか――
「えっ!?」
その理由に亜美はすぐに気付いた。
“悠莉……ちゃん?”
何故ならのたうち回る三人を、冷やかな目で見下ろす悠莉の姿が確認出来たからだ。
「あっ――」
それだけではない。亜美は驚愕の余り、声が出そうになるのを堪える。
悠莉の背後に佇む銀色の人物。それはかつて現場を目撃した時と同じ――
“幸人さん!?”
やはり彼は同一人物だった。何故銀色なのかの原理は分からないが、紛れもないと亜美はそう確信。
だが何故、彼が此処に居るのかを先ず疑問に思う。
あの時、自分の想いは届かなかった筈だ――と。
しかしどう状況を整理しても、助けに来たとしか見えない。
「――そこまでだ悠莉。これ以上は奴等の自我が持たない」
迷いの中、不意に紡がれる幸人の声に亜美は身体を強張せる。
真意が知りたいのだ――彼が此処に居るその理由を。
「……幸人お兄ちゃん? でもコイツらは、やっぱり生かしておく価値はないよ」
聴こえる悠莉の声。三人をこの状況にしたのは、彼女である事が口調から分かった。
「何人もの女の人に酷い事を……。それだけじゃない、ゲーム感覚でホームレスの人を何人か殴り殺してるんだよ。こんな汚い心に反省とか絶対無いから!」
その感傷的な悠莉の声――もとい三人のこれまでの行状に、亜美は身の毛もよだつ感覚を覚えた。
まさかこれ程に人は凶悪になれるのか――だが、やはりこのまま殺してはいけない。
起きて止めるべきか。その迷いの境界線――
「それは俺も同感だ。だがそれは彼女の望みじゃない――」
それを否定した幸人の声。
「この三人は法が裁く」
その瞬間、亜美は想いが溢れそうになった。
助けに来ただけではなく、彼は自分の想いを汲んでくれた事に。
出来る事なら今すぐ起きて、感謝の気持ちを伝えたい。
だが亜美はこの場では、それをしてはいけない気がした。だからそのまま気絶した振りを続けていた――。
「――あっ……うん、そうだったね。ゴメン、ちょっと熱くなっちゃってた……」
本来の主旨を思い出したのか、何処か納得出来ないながらも、悠莉は幸人に従った。
「気持ちは分かるがな……」
幸人もそうだ。本当なら自分が裁きたいのだろう。
途端に力が解除されたのか、悶え苦しんでいた三人が意識を取り戻す。
「……えっ?」
「ゆ、夢?」
勿論これが夢でもなければ、幻覚でもない事は本人が何よりも痛感していた。
身体中に残る痛覚に、生々しい記憶は確かに実体験していた事を。
「――ひぃぃぃっ!?」
そしてその発現者が、今目の前に居る少女である事も。
「今回は依頼外ゆえ、ここまでにしておくが――」
恐怖で後退りする三人へ、一歩前に出た幸人は追い討ちを掛けるように宣告する。
「お前達が今から為すべき事は、その足で直ちに出頭し、これ迄の行状を包み隠さず告白し、法の裁きに身を委ねる事だ」
それは警告とも云えた。
「尚、抵抗も逃走も無意味と知れ。お前達の事は全て把握済み。次は……無いと思え」
つまり脅しではあるが、先程までの惨劇を体感した彼等には効果覿面。
「ひぃっ――ひぃぃぃっ!」
「わっ――分かりましたぁ!」
「待ってくれよぉ」
三人は一目散に、次から次へとこの場から駆け出していた。
敢えて釘を差す必要もあるまい。深層に刻まれた傷は、それ程に大きい。
幸人が警告だけで見逃したのも、それらを見通しての事。
「あ~あ、ホントに見逃しちゃった」
同じく三人を見過ごしながら、悠莉はさも残念そうに当て付けのつもりで呟いた。
「アイツら、きっと反省しないと思うよ?」
悠莉には彼等の心の内を見抜いていた。この世には決して救いようのない者が居る事を。
「それでも……これでいい」
そんな事は幸人にも分かりきっている事。今回は依頼ではなく、亜美への代行なのだから。
幸人は倒れている亜美へと歩み寄る。
「ふ~ん……何か優しいんだ。ところで亜美お姉ちゃん、どうするの?」
「……流石に此処に放っておく訳にもいかないだろ? 彼女の家まで送っていく」
確かに正体は割れているとはいえ、知られたくはないのも確か。それでも幸人は気絶しているのを幸いにと、亜美を慎重に抱き上げた。
勿論、亜美が既に意識を取り戻している事等、幸人は知ってか知らずか。おそらく後者だろうが。
「あぁ! お姫さま抱っこ! いいないいなぁ~」
その一連の行為に悠莉は途端に声を挙げたが、これは嫉妬というより、羨ましさと憧れの顕れだろう。口調に毒が無い。
「冗談言ってないで早く行くぞ」
幸人は亜美を抱き抱えたまま歩み出す。
「…………」
その腕に抱かれ揺られる亜美は、このまま狸寝入りする事に決めた。
御礼を言いたくても、何を言ったらいいか分からないのもある。それに――この状態はとても恥ずかしい。
「そんな事言って~。幸人お兄ちゃんもホントは満更じゃないんじゃないの~?」
同じく幸人の横を歩きながら、悠莉が軽く肘で小突く。
その声に亜美の心音は高鳴った。気付かれるんじゃないか――と思える程、鼓動が激しい。
幸人は答えない、が――
「所詮は棲んでいる世界が違う……」
その一言は、全てを諦めさせるに足る言葉。
亜美には最初から分かっていた。裏を生業とする彼と自分では、決して交わる事は無い事を。
“これは決して叶わぬ恋――”
その腕に抱かれながら思う。
それでも――
…