翌日、正輝は早乙女家具に出向いていた。
今の支店に異動してきてからずっと正輝は早乙女家具の担当をしている。
社長の長男・郁人(いくと)とは同世代なので正輝はすぐに郁人と意気投合する。
郁人の業務改革案は大胆かつ斬新で今の時代にフィットしていた。だから正輝は早乙女家具を成長させる為に尽力してきた。
そして銀行からの融資を受け業務拡大をした直後は勢いもかなりあり順調な滑り出しを見せていた。しかしここ最近は円安や物価高騰、材料費や人件費の値上げ等でかなり苦戦している。
一気に店舗数を増やし海外へも出店した結果、経費が爆上がりになり収益を圧迫している。
結果徐々に経営状態は悪化していた。
そんな状況の中、正輝は郁人から更なる追加融資の相談を受けていた。もちろん得意先課長や融資課長と相談の上、現在検討中だ。
「で、森田さん、追加融資の件はどうなりそうですか?」
「お待たせして大変申し訳ないのですが上からのOKがまだ出ないのでもう少々お待ちいただけませんか」
「いやぁそれは困ったなぁ…ちょっと急ぎたいんですがどうにかなりませんかね?」
「ちょうど副支店長が変わったばかりでしてすみません。早乙女社長と前の副支店長は同じ大学というご縁で融資に関しても特別に優遇させていただきましたが、現在の副支店長は本部から来たせいかきちんと手順を踏む人間でして….それでお待たせしてしまい本当に申し訳ございません」
「そうですか……」
「とりあえず今地方の店舗の経営状況を調べている段階です。その結果次第ですね」
「地方の店? 経営状況の調査は都心店じゃないんですか?」
「以前はそうでしたが今回は地方の店舗も見るみたいですね。都内の店舗は立地がいいので売り上げはそこそこ安定していますが、地方の店の売り上げ状況も考慮して総合的に審査したいみたいですね」
「そんな……あ、いや、で、その結果はいつ頃?」
「年内には調査が終わるので融資の審査が下りるのは2月頃になるかと」
「にっ…2月ですか?」
「遅いですか? でも今の経営状況だとそれほど急がなくても大丈夫かと」
「…………」
「早乙女さん?」
「い、いや…実はもっと早く融資が下りると思って色々と計画していた事がありまして……だからもう少し早くお願い出来ないかなーと。こちらは真剣なんですよ」
「もちろんわかっています。私からもなるべく早めにと伝えておきます」
「森田さんは悠長だなぁ…。いいですか? もしこちらの要望を聞いてもらえないようでしたら、残念ながらあの話はなかった事になりますがそれでもよろしいですか?」
「え? あの話って?」
「森田さんと莉乃のお付き合い件ですよ」
「えっ? それはどういう事でしょうか?」
「莉乃とあなたの交際はあくまでも銀行との取引を優遇していただく事が条件でしたから……」
「え? あ、はい。だから融資の件は今検討している訳で……」
「ハハハ、それじゃあ普通の取引となんら変わりないじゃないですか。私はもっと早く融資が下りるようにと願いしているんです」
「…………」
「ま、そういう事なのでどうかよろしくお願いいたしますよ。じゃ、私はこの後約束がありますので失礼!」
「えっ、早乙女さん? ち、ちょっと待って下さい」
郁人は正輝の呼びかけを無視して部屋を出て行った。
(一体どういう事なんだ? 融資は春頃でいいと言ってたじゃないか。それなのになんで急に…経営状態だってそんなに悪くないはずなのに)
正輝は何がなんだかわからず途方に暮れていた。
その頃銀行の支店では融資課長の傍に椅子を引き寄せて座った優弥が深刻な表情で話し込んでいる。
優弥は小声で融資課長に言った。
「改ざん…ですね……」
「え? まさかっ!」
融資課長の大きな声がフロアに響いた。一瞬他の行員達が二人を見る。
しかしそんな事には気にも留めずに二人は深刻な顔をして会話を続けていた。
「徳田税理士事務所もぐるですね」
「なんて事を! じゃあ森田君も? ま、まさか前の副支店長も?」
「いや、それはまだわかりません。しかし多少は有利な計らいをしていたと思います」
「信用保証協会の沼田さんは?」
「多分我々と同じでご存知ないでしょうね。だから今回驚いて報告してきたんですよ」
「それが本当ならとんでもない事だ。この事が今度の検査で指摘されれば私だけでなく副支店長や支店長も飛ばされるかもしれません」
「ですね。まあ事前に発覚したのが不幸中の幸いですが」
その時外回りから戻って来た得意先課長が慌てて二人の元へ来た。
「本当に申し訳ありませんっ、私の監督不行き届きです。なんとお詫びしていいやら」
「いや、課長の責任ではありませんよ。あれだけ巧妙にやられたら誰だって騙されますから。とにかく今後我々がやるべき事は少しでも多くの資金の回収する事です。その為には担保の資産価値の調査と社長個人の資産チェックが必要です。万が一倒産になった時のシュミレーションもしておいた方がいいでしょう。詳しくは会議室で話しましょう」
三人は神妙な面持ちで二階の会議室へ移動した。
「ねぇねぇ、融資で何かあったみたいよ」
地獄耳で有名な沙織が杏樹と美奈子のいる窓口に来て言った。
そんな沙織に美奈子が聞いた。
「何かって何よ?」
「それはわからないけれど副支店長と得意先課長と融資課長が血相を変えて今会議室に行ったのよ。もしかしたら融資関係かも。誰がやらかしたんだろう?」
「へぇ、誰だろう? また倒産とか出るのかな?」
「ここ最近はうちから倒産出てないよね? だからそろそろ来るかもー」
「キャーッ怖い! 沙織教えてくれてありがとう」
「うん、じゃあね」
沙織は庶務のデスクへ戻って行った。
そこで美奈子が杏樹に囁く。
「私は森田さんがやらかしたんだと思うな」
「えっ?」
「前に見たのよ、経済雑誌で」
「え? 美奈子先輩経済雑誌なんて読むんですか?」
「うん、たまたま孝輔がうちに持って来たのをチラッと見たんだけどね、早乙女家具の記事が載ってたのよ。あそこ今経営状態が芳しくないみたいね。まあ本当かどうかはわからないけど」
「意外でした。グングン伸びてるんだとばかり…」
「だよね、私もそう思ってた。でも孝輔がこんな風に言ってたの。所詮大手の『ハトリ』を真似した二番煎じの経営戦略だから上手くいかないんじゃないかってね」
「なるほど…そう言えば似てますよね」
「うん。それに商品開発の面で言えば『未印良品』の方が高品質でセンスがいいし…やっぱり劣るよねって」
「確かに……」
杏樹は納得する。
しかしもし早乙女家具が倒産になったらどうなるのだろうか?
もしかしたら副支店長である優弥にも責任がいくのでは? 杏樹は不安になる。
優弥はこの支店に来たばかりでたまたま引き継いだ案件なのに、早乙女家具のせいで優弥の今後の経歴に傷がつくのが心配だ。
(正輝が担当した案件のせいで副支店長に余計な被害がいかなければいいけど……)
杏樹はそう思った。
そして帰りの電車に乗っていた杏樹はまだ早乙女家具の件が心に引っかかっていた。
悩んでいてもしょうがないので思い切って優弥にメッセージを送ってみる。
【お疲れ様です。ちょっと小耳に挟んだのですが融資の件で何かありました? ちょっと気になったので】
するとすぐに返事が来た。
優弥はまだ銀行で残業中だがスマホをいじれる環境にいるようだ。
【お疲れ! もう噂になっているのか、早いな。でも大丈夫だよ】
【それってもしかして早乙女家具の件ですか?】
その時電車が駅に着いたので杏樹はホームに降りた。それと同時にスマホがブルブルと震える。
優弥からの着信だ。
「もしもし? 今電話しても大丈夫なんですか?」
「食堂の自販機の前にいるから大丈夫だ」
「えっと、その、森田さんのせいで副支店長に迷惑がかかるなんて事はないですよね?」
「俺の事を心配してくれてるのか?」
「いえ、そういう訳では…でも近々検査も入るしちょっと心配で」
「大丈夫だよ。検査前にはなんとかカタをつけるから、任せろ」
「でも……」
「そんなに心配してくれるなら今夜うちへ来るか?」
「駄目です。明日も仕事ですから」
「仕事があったっていいじゃないか」
「駄目ですっ! 副支店長と一晩過ごしたら次の日ヘロヘロですもん」
「残念だなー俺は杏樹をヘロヘロにしたかったなー」
「フフッ、また今度行きますから」
「今度って金曜の夜か?」
「金曜の夜は美奈子先輩とご飯を食べに行くので無理です」
「じゃあ土曜か。長いなー土曜まで」
「あと数日じゃないですか」
「その数日が長いんだよ」
優弥が珍しく弱音を吐いたので杏樹の胸がキュンと疼く。
そこで杏樹は駅のホームのひと気がない場所まで移動するとこう言った。
「副支店長?」
「ん?」
「大好きです」
「え?」
「だから……大好き!」
「……もう一度言って」
「だーめ、もう言いません」
杏樹は照れながらクスクスと笑う。
そこで優弥が残念そうに言った。
「なんだよー録音しておけばよかったな―」
「フフッ、残念でしたー」
「杏樹……俺も愛してるよ」
「え?」
「おっと誰か来たみたいだ、切るよ、じゃあまたね」
そこで電話が切れた。
杏樹は咄嗟の事にびっくりして動けなくなる。
「ズルい…私も録音したかった…」
杏樹はそう呟くとニッコリと微笑んでから改札へ向かった。
コメント
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二人の会話甘い💖ニヤけます😂
海斗さんと美月ちゃん物語読みたくなった~♪ ラブラブソング~(*^_^*)
きしむベッドの上で 優しさを持ちより~♪ きつく躰抱きしめ合えば~ それからまた二人は 目を閉じるよ~♪ 尾崎豊「I LOVE YOU」より 電話でイチャイチャし合う二人♡( *´艸`)キャアー 杏樹ちゃ~ん、優弥さんは マサ🍄の不正融資の件で仕事に追われ お疲れ気味だから....杏樹ちゃんの愛♡で たっぷり癒してあげてね.~💏😘💋♥️(///∇///)