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翌日の午後、正輝は外回りから戻って来ると会議室に呼ばれた。

会議室には副支店長の優弥と得意先課長、それに融資課長がいた。


「で、徳田税理士事務所が作成した決算書に不審な点を見つけてね…」


得意先課長が重々しい声で言う。


「えっ?」


正輝は驚いていた。


「我々が追究したところ徳田先生の事務所の所員が改ざんを認めたんだ。早乙女郁人氏に指示されたと言っていた」


正輝は更に驚く。


「えっ? ちょっ、ちょっと待って下さい……どういう事ですか?」


そこで今度は融資課長が説明を始めた。


「副支店長が決算書を見て不自然な所を見つけたんだよ。それで徳田さんの所へ行き問い詰めたところ不正が発覚したんだよ。それにしてもいやぁーまさか副支店長が税理士の資格を持っていたなんて我々も本当に驚きました」


融資課長が参ったという顔で言うと得意先課長も頷きながら言った。


「私も驚きましたよ。税理士から来る難しい書類を見ただけで私なんか思考停止になっちゃうのに副支店長は見慣れている上にすぐおかしい所に気付きましたからねー、さすが黒崎副支店長!」

「いえ、たまたま大学時代から一科目ずつ受験していたのですから途中でやめるのは勿体ないかなと最後まで受けただけです。それに仕事にはほとんど役に立ってはいませんでしたから…でもここで役に立つとは思いませんでした」

「ひゃーっ、簡単に仰いますが税理士試験はかなりの難関ですよ。それをコツコツと少しずつ……素晴らしい」


融資課長は感心していた。


(なんだ? こいつ税理士の資格まで持っているのか……チッ)


正輝は面白くなさそうに毒づいた後口を開く。


「早乙女さんは何を改ざんしたのでしょうか?」


その呑気な質問に得意先課長が呆れて声を張り上げた。


「お前はまだわからないのか? 売上だよ、売上! 売上の金額を大幅に改ざんしていたんだ。ちなみに売上っていうのはなぁ、この先その会社にどのくらいの伸びしろがあるかを判断する貴重な数字なんだぞ。それをあの会社は大幅に改ざんしてうちの銀行から評価に見合わない額の多額の融資を引き出したんだ。これはかなり大問題だぞ! それに担当者の君の責任も問われる。もし資金を回収できなければ銀行が多大な損害を被るからな」

「…………」


そこで事の重大さを知った正輝が青ざめる。自分の責任になると聞き焦っていた。

それと同時に信頼していた郁人が自分を騙していた事をしり愕然とする。


(信じられない……あの人は俺の事を見込んでくれていたんじゃなかったのか? それなのにまさか騙されていたなんて…)


その時正輝の脳裏に莉乃の言葉が流れ始めた。


『私達と手を組んで会社を大きくしてくれたらきっと出世コース間違いなしね』

『正輝さんがもし海外転勤になったら莉乃もついて行く』

『もし正輝さんが本部に異動になったらちょうど近くにパパ名義のタワマンがあるの。私達が結婚したらそこに住まない?』


莉乃は確かに言った。正輝の腕にしなだれかかり豊満な胸を腕に押し付けながら確かに言ったのだ。

正輝はそれを真に受けていた。

そして正輝はベッドの上での莉乃の姿も思い出す。


『あんっっ、正輝さん最高っ、莉乃こんなの初めて! なんだかおかしくなりそう』

『なんでこんなに気持ちいいの? 正輝さん上手……』

『今度は莉乃がいっぱいいっぱいしてあーげる♡』


正輝は莉乃に会った瞬間すぐに惹かれた。育ちの良さが滲み出た愛嬌のある笑顔、正輝好みの派手で華やかな容姿、

時折見せる気の強さと我儘はこれまで女に振り回された事のない正輝を夢中にさせた。

莉乃と付き合えば正輝が最終的に辿り着きたいと思っている場所…つまり富裕層が集う上流階級へ行けると信じていた。

莉乃を妻に迎えれば早乙女家具を後ろ盾に起業する事も可能だ。そうすれば客に媚びへつらい転勤がついて回る雇われサラリーマンとはおさらばだ。

そう思ったからこそ正輝は必死に郁人の要望に応えるよう努力し杏樹を捨てて莉乃に乗り換えたのだ。


正輝が銀行へ入行した時は本部を希望していた。学生時代から志が高かった正輝は常に上を狙っていた。

しかし実際に配属されたのは普通の支店だったのでがっかりする。


(まあいい、支店で経験を積んだ後本部を目指せばいいんだ。そういう先輩方もいっぱいいるし)


そう割り切って支店勤務を続けた。そして2~3年ごとにいくつかの店舗を経験する。

そこそこイケメンで有名大学を出ていた正輝は行く先々でモテた。転勤すると同時にすぐに社内恋愛がスタートする。

そして次の転勤までひと時のオフィスラブを楽しむ。


しかし羽目を外し過ぎた正輝は横浜支店でミスを犯してしまう。正輝は社内で二股をかけてしまったのだ。

それが原因でこの支店に異動になったが正輝はあまり気にしていなかった。本部へ行くのが少し遅れる程度だろうと思っていた。なぜなら本部にいる知り合いの中には今現在堂々と不倫をしている者もいる。だから少々の女性問題では経歴に傷などつかないと信じていた。


そして正輝はこの支店で杏樹と知り合う。杏樹は正輝が知っている今までの女達とは全く違っていた。なぜか杏樹だけは自分になびかなかったので正輝は杏樹を堕としにかかる。

女性を堕とす事が得意な正輝にしてはかなり手間取った後、漸く杏樹を手に入れた。もちろんゲーム感覚だったので一度寝たら捨てようと思っていた。しかし気付くと一年が過ぎていた。


(もしあの時莉乃が誘ってこなかったら俺はあのまま杏樹と付き合っていたのだろうか?)


そう考えていると突然得意先課長の大声が響いた。


「森田君っ! 聞いてるのか?」

「あっ、は、はい……」

「という訳で早乙女家具への追加融資の件は白紙に戻す事にした。今まで融資した分は今後保証協会から取り立てが行くだろう。その事をきちんと先方に伝えておいてくれ」

「えっ? ちょっ、ちょっと待って下さい。早乙女家具は追加の融資を当てにして新しい業務計画を立てているのに資金を断ってしまったら会社が立ち行かなくなってしまいます」

「ハァッ? お前はまだわからないのかっ! あの会社はもう既にヤバい状態なんだ。そこにある貸借対照表を見てみろ! お前は融資研修も受けてるんだから表を見ればわかるだろう?」


そこで正輝は目の前にある書類に目を通した。


(えっ? これって? 俺が以前に見たやつと違うぞ…一体どういう事なんだ?)


正輝の手がわなわなと震える。

そこで融資課長が言った。


「それは新たに作り直してもらったバランスシートです。つまりこの数字が今の早乙女家具の実態なんですよ」

「そ、そんな……」


そこで優弥が低い声で言った。


「率直に聞きますがが、森田さんは早乙女家具と仕事以外でのお付き合いがありますよね?」


優弥の言葉に得意先課長と融資課長が驚いて声を上げた。


「え? そ、そうなのか?」

「森田さん、どういう事なんですか?」


そこで優弥が更に言った。


「君は社長令嬢の早乙女莉乃さんとお付き合いをしていますよね?」

「どうしてそれを?」

「社長令嬢が来店した時の二人の様子を見ていれば誰にでもわかりますよ。1階フロアの行員達の間では既に噂になっています」

「…………」

「君は公私混同していたのかっ! それは銀行員が一番やってはいけない事だってわかっているだろう?」


得意先課長は声を張り上げると頭を抱えた。


「すみません…」


ただ謝るしかない正輝は深々と頭を下げる。しかし心の中ではこう思っていた。


(チッ、黒崎の奴、余計な事をしやがって……)


正輝は奥歯をキリキリと噛みしめながら床をじっと見つめていた。

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