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第七章 交わる運命
第七話 満月前夜⑤
夜の空気が肌へ冷たく刺さる。
空には大きく膨らんだ月。
帝都の街路には、多くの人々が溢れていた。
不安そうに辺りを見回す者。
早足に家路を急ぐ者。
街全体が、何かを恐れているようだった。
ざわざわと、嫌な空気が渦巻いている。
ジントはローブの下で小さく息を呑んだ。
瘴気が濃い。
人々の恐怖。
不安。
焦り。
様々な感情が、胸の奥へ流れ込んでくる。
頭の奥が、じわじわと痛み始めた。
「……っ」
足元が少し揺れる。
その瞬間、ダイチが気付いた。
何も言わず、そっと肩を抱く。
「もうちょいだけ、我慢な」
掠れた声。
ジントは小さく頷いた。
温かい。
その温もりだけが、今のジントを繋ぎ止めていた。
「とりあえず、人目につかん場所探さな」
シュンタが辺りを見回した。
その瞬間だった。
――カンカンカンカン!!!
けたたましい警鐘が夜の街へ響き渡る。
全員がはっと顔を上げた。
直後、騎士達の怒号が飛ぶ。
「外門だ!!」
「魔物が侵入したぞ!!」
「市民を下がらせろ!!」
空気が一変した。
遠くから、人々の悲鳴が響く。
「こっちに来るぞ!!」
その声と同時に、街道の奥から、濃密な瘴気が膨れ上がった。
ジュウタロウが、鋭く目を細める。
「……来る」
低い声。
隣で、シュンタも表情を強張らせた。
「うわ……」
いつもの軽さが消える。
「洒落ならんな……」
周囲では、避難を促す騎士達の声が響いていた。
「下がれ!!」
「市民は建物の中へ!!」
「門を閉じろ!!」
悲鳴。
足音。
混乱。
夜の城下町が、恐怖に飲み込まれていく。
その中で、ジントは小さく震えていた。
「……オレのせいだ」
掠れた声。
「全部……」
満月が近付くほど、瘴気が集まる。
闇が呼ばれる。
魔物が増える。
まるで世界の闇全てが、自分へ引き寄せられているみたいだった。
「……ジント」
ダイチが名前を呼ぶ。
そして、何も言わず強く肩を抱き寄せた。
その温もりが、ジントの震えを少しだけ止めた。
そして、通りの向こう側で誰かが絶叫する。
「来たぞォ!!」
次の瞬間。
――ドォォン!!
石畳を砕きながら、巨大な影が飛び出した。
黒い瘴気を纏った魔物。
裂けた口。
異様に長い腕。
赤黒い瞳が、夜の中で光る。
さらに、その後方から二体。
合計三体。
周囲の人々が悲鳴を上げ、逃げ惑う。
騎士達が一斉に剣を抜いた。
「迎撃!!」
「囲め!!」
けれど、魔物達は騎士ではなく、真っ直ぐこちらを見ていた。
まるで何かに引き寄せられるように。
ジントの顔から、血の気が引く。
「……っ」
その時一体の魔物が、地面を蹴った。
一直線にこちらへ向かってくる。
「下がってろ!!」
ジュウタロウが前へ出た。
腰の剣を抜いた瞬間。
白銀の冷気が夜気を裂く。
次の瞬間。
――ザァッ!!
氷が石畳を駆け抜けた。
魔物の足元が一瞬で凍る。
巨体が揺らぐ。
そこへジュウタロウの斬撃が走った。
鋭い銀閃。
凍気を纏った刃が、魔物の体を深く裂く。
魔物が咆哮を上げた。
「うっ……!」
その圧に、
周囲の騎士達が後退る。
その横で、シュンタは慌てて鞄を探っていた。
「ちょ、待って……!」
「もお!こういう時に限ってなんで見つからんの!?」
ダイチは、ジントを庇うように前へ立つ。
拳へ雷が集まる。
青白い光が、夜の中で弾けた。
「ジント」
低い声。
「下がっとけ」
その時、ジントの影がゆらりと揺れた。
黒い影が、石畳の上で生き物みたいに蠢いている。
頭の奥で声が響く。
――来い。
――月は満ちる。
耳鳴り。
ざわめく感情。
人々の恐怖。
魔物の咆哮。
全てが、一気に流れ込んでくる。
「……やめろ」
ジントが小さく呻く。
けれど、その身体は、周囲の闇を引き寄せることを止められなかった。
その傍で、ジュウタロウの剣が夜気を鋭く裂いた。
――ザシュッ!!
白銀の斬撃。
凍気を纏った刃が、魔物の首元を深く切り裂く。
次の瞬間、巨体が凍り付き、砕け散った。
黒い粒子が夜空へ舞い上がる。
「一体目!」
騎士達が声を上げる。
けれど、残った二体の魔物は、怯むどころかさらに激しく咆哮した。
赤黒い瞳が、真っ直ぐジントを捉えている。
そして同時に地面を蹴った。
「っ、まだ来る!!」
騎士の叫び。
ジュウタロウが咄嗟に剣を構える。
その瞬間。
「――あった!!」
シュンタが叫んだ。
鞄の奥から引っ張り出したのは、小さな横笛。
深い赤色の魔石が埋め込まれた、細い笛だった。
シュンタは迷わず、それを口元へ当てる。
次の瞬間、澄んだ音色が夜の街へ響き渡った。
高く、透明で、胸の奥へ響く音。
すると、赤い魔力が音に合わせて空気中へ広がっていく。
揺らめく光が、魔物達の足元へ絡みついた。
「グルァッ……!?」
魔物の動きが止まる。
まるで、見えない鎖に身体を縛られたように。
シュンタが額へ汗を滲ませる。
「今や!!」
ジュウタロウが地面を蹴った。
白銀の髪が夜風に舞う。
次の瞬間、氷を纏った斬撃が一体目の胴を深く裂いた。
さらに、返す刃でもう一体の脚を切り払う。
魔物達が咆哮した。
弱っていく。
瘴気が乱れる。
ジュウタロウが最後の一撃を放とうと剣を構えた
その時だった。
「待って!!」
鋭い声。
ジュウタロウが目を見開く。
ダイチの後ろから、ジントが飛び出していた。
「ジント!?」
ダイチが咄嗟に腕を伸ばす。
けれど、ジントは真っ直ぐ魔物へ近付いていく。
黒いローブが夜風に揺れた。
そして、そっと、魔物へ手をかざす。
次の瞬間、黒い瘴気が一気にジントへ流れ込んだ。
「……っ」
冷たい闇。
濃密な負の感情。
怒り。
恐怖。
絶望。
ぐちゃぐちゃになった感情が、一気に胸の奥へ流れ込んでくる。
ジントの眉が、苦しげに歪む。
それでも手を下ろさない。
魔物の身体から次々と瘴気が抜けていく。
黒い霧が全て、ジントへ吸い込まれていく。
ジュウタロウも、シュンタも、ただその光景を見つめていた。
「……瘴気を……」
シュンタの声が、僅かに震える。
「吸収してる……?」
普通にはありえない。
そんなこと。
ジュウタロウは、何も言えなかった。
ーー月蝕の子。
闇を引き寄せる存在。
その事実が目の前で起きている。
けれど、理解が追いつかない。
やがて、最後の瘴気が静かに消えた。
その直後。
「……ぁ」
ジントの身体がふらりと揺れる。
倒れる寸前、ダイチが咄嗟に抱き止めた。
「ジント!!」
強く身体を支える。
ジントの呼吸は荒い。
顔色も真っ白だった。
ダイチが、半ば怒ったように叫ぶ。
「無理すんなよ!!」
ジントは苦しそうに目を伏せる。
「……でも」
掠れた声。
「俺がやらなきゃ……」
その言葉に、ダイチは言葉を詰まらせた。
ジュウタロウとシュンタは、まだ動けなかった。
瘴気を吸収する存在。
黒髪黒眼。
伝承に記された、月蝕の子。
それを今、目の当たりにしている。
その時だった。
再び騎士団の怒号が夜へ響き渡る。
「まだいるぞ!!」
「第二波だ!!」
「また来る!!」
この夜は、まだ終わりそうもなかった。
コメント
1件
うわ、この回すごかったですね……。瘴気を吸収するジントの能力がついに明確になった場面、凄まじい迫力でした。魔物三体との戦闘シーンのテンポも良くて、特にジュウタロウの氷の斬撃とシュンタの魔笛が視覚的に映えました。そして何より、自分のせいだと震えながらも「俺がやらなきゃ」と飛び出したジントの覚悟に胸が締め付けられました。ダイチの肩を抱く優しさも効いてる…。続き、この夜どうなるのか気になりすぎます!