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汚い格好をした男が車に乗り込むと、若い部下に尋ねた。
「連絡したか? 」
「ええ、一応、書斎らしき部屋は残ってるらしいと言う話はしました」
「おう、サンキュー。後は連絡が来りゃあいいが、またいつもの癖がな…… つい」
そっぽを向いて頬を掻く仕草に、覚えのある若い部下は、有らぬ事を指摘する。
「え~築城《つきしろ》さん、また喧嘩腰でやらかしたんですかぁ? 苦情きちゃいますよ」
「ははは笑えねぇや。それで? 解剖の結果は? 」
「まだのようですよ、何だか結構獣にも食い荒らされてたようで」
「そうか、しかし腑に落ちねーな」
「娘は多分、あれ…… 別人ですね」
「確かに。写真とは雰囲気が違ってたな。どうなってやがるちくしょうめ、ありゃあ誰だ? 」
※※※
事の発端は少し前に遡る―――
山の中での身元不明遺体の発見を受けて警察は、周辺一帯をくまなく捜査し、情報を集めた結果、半年前に麓の廃道で放置車両が確認されていた事実を知り、藁をも掴む思いで築城達はその線を洗った。そこで見えて来た人物が、車の所有者だった『荒木賢吾《けんご》』と云う男だった。
記録係の話によると、年数がかなり経っている為、当時、誰が盗難届を出したのかについては不明とされた。陸運局や、その他各所にも確認を取ったがどこも求めていた明確な返答は得られなかった。
そして、その荒木賢吾と云う人物を更に調べると、探偵であった事と、現在は行方不明者リストに名が挙がっている事に辿り着く。
荒木の探偵事務所が入っていた北池袋の当時のテナントは、借り主が蒸発した為に強制的に退去扱いとされ、現在はネイルサロンとなっていた。
ビルの管理会社に確認を取った所、事務所内部に残されたものは債権回収として全て管理会社が没収し、処分したとの回答を得たが、その中で唯一処分されずに保管されているものが一つだけ存在した。それが古びた耐火金庫だった。
管理会社の立ち合いの元、許可をとり、専門業者に解錠を依頼すると中からは、黒革の手帳と、複数の名前の違う身分証。そして何と、拳銃一丁が発見された。
日本国に於いて拳銃一丁でも大事だが、ここでは別件とされ、複数の名前の違う身分証が出て来た事により、先ずは本人の所在確認が急がれた。
その結果―――
黒皮の手帳に【三浦 茂】【赤岳鉱泉】と走り書きされ、破かれたまま挟まれた一枚のメモを発見する事となる。
※※※
「なぁにいいいいい‼ 八ヶ岳連峰だとぉ? 」
捜査一課長がドオンと両手で机に手を着き、驚きの余り立ち上がって見せた。
「はい、八ヶ岳連峰とは長野県と山梨県に渡り南北に長く連なる山容や地域の特性などから、一般に夏沢峠以南を境に「南八ヶ岳」、以北を「北八ヶ岳」と呼んでいます。山名の由来については諸説がありますが、多くの峰々の連なりであると認識すれば良いでしょう。連峰の生成は、本州中央部を南北に走っているフォッサマグナ(中央構造線)に沿って連続的に噴出した火山が合体したもので、最初に噴出したのはおよそ300万年前とされ、以後複雑な噴火活動や隆起、浸食作用を繰り返す間に今日の姿になったと考えられています。八ヶ岳連峰の地質は、輝石安山岩系の溶岩と集塊岩から成り立ち、広大な裾野一帯は…… 」
「あぁいい――― もういい、勘弁してくれ。お前の蘊蓄《うんちく》にはもうウンザリだ」
「そうですか…… で? 経費でOKですよね? 」
「まだ本部も設置されていない事案に経費など出せる訳なかろう、行くなら休暇利用で自腹で行け」
「ちょっと待ってくださいよ、道具《拳銃》が出てきたんだから事件でしょコレは、それとも課長はこれが事件では無いと言うんですか? 」
「それに関しては組対課と公安部にも共有しているから、そちらに任せればいい。お前がうろちょろする必要は無い」
「経費くらい出してくれたっていいじゃないスか、けちんぼ」
「築城お前…… 5級職になって給料あがっただろ? セコい事言うな」
「田所管理官も山岸理事官にも了承頂いております」
ピシりと築城は敬礼をする。
「庶務の管理官の田所とお前は酒飲み仲間だろうが、まぁ山岸の名前が挙がったのはビックリだがな…… 一体どうやって買収したのか…… 分かったよ、行ってこい」
「有難う御座います。一課長――― 」
「そのふざけた敬礼、どうにかならんのか?…… 」