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第十六章 月へ還る闇
第五話 運命へ続く道
西の空にはまだ紅く染まる夕焼雲が残っていた。
けれど反対の空では、満を持したように、大きな満月がゆっくりと姿を現し始めていた。
昼と夜の境界。
終わりと始まりの境界。
まるで今の彼らを表しているかのような空だった。
支度を終えた5人は荷物をまとめ、一階へ降りる。
宿屋の主人とおかみさん、そして娘が見送りに出てきてくれていた。
「本当にお世話になりました」
ハヤトを先頭に頭を下げる。
主人は穏やかに微笑みながら首を振った。
「こちらこそです」
そして真剣な表情になる。
「あなた方のおかげで、この辺りでは最近ほとんど魔物が出なくなりました」
5人が顔を上げる。
「村のみんなも安心して暮らせています」
主人は深々と頭を下げた。
「感謝しています」
その言葉に、誰もすぐには返事ができなかった。
やがてジントが小さく微笑む。
「……良かった」
それだけで十分だった。
おかみさんはそんな5人を見ながら腕を組む。
「まったく」
少し呆れたように言う。
「今度はあんまり無茶するんじゃないよ」
その声はどこまでも優しかった。
「またいつでもおいで」
5人は自然と笑顔になる。
「はい!」
「また来ます」
「飯楽しみにしてるで!」
シュンタが元気よく手を振る。
その隣では娘が顔を真っ赤にしながら小さく手を振っていた。
「お元気で……」
「お嬢さんもな!」
シュンタは満面の笑みで手を振り返す。
娘はさらに真っ赤になった。
「お前ほんま最後までそれやな」
ダイチが呆れる。
笑い声に包まれながら、5人は宿屋を後にした。
やがて村の灯りも遠ざかり、5人は夕闇が降りた森へ足を踏み入れた。
空には白い満月。
他に灯りなど必要ないほど、眩しい月光が降り注いでいた。
地面に濃い影が伸びる。
森は静まり返っていた。
虫の声もない。
獣の気配もない。
風さえも息を潜めている。
だがそれは恐怖を煽るものではなかった。
むしろ穏やかで、どこか神聖で、神秘的な空気が辺りを満たしていた。
まるで森そのものが、彼らを待っていたかのように。
馬の蹄の音だけが静かに響く。
その時だった。
「………!」
ハヤトが手綱を引く。
全員が足を止めた。
昨夜までは何もなかった場所。
そこに、森の奥へ続く一本の道が現れていた。
細く。
長く。
まるで獣道のように。
月明かりに照らされたその道は、不思議な光を纏っているようにも見えた。
「……見つけた」
ハヤトが少し緊張した声で呟く。
ジントと目が合う。
二人は静かに頷いた。
5人はゆっくりと馬を進める。
木々の間を縫うように続く細道。
暗い森の中だというのに、不思議と道だけははっきり見えていた。
「……やはり、惑わされているような気分だな」
ジュウタロウが周囲を見回しながら呟く。
誰も否定できなかった。
まるで現実から少しだけ切り離された場所を歩いているようだった。
やがて、遠くに白く浮かび上がるものが見えてくる。
石碑だった。
その姿を見た瞬間、ジントの鼓動が速くなる。
呼吸が浅くなる。
無意識にダイチの服を掴んでいた。
ダイチが振り返る。
そして優しく笑った。
「大丈夫や」
その一言だけで、不思議と心が落ち着いた。
ジントは小さく頷く。
石碑の前で馬を止める。
5人はゆっくりと地面へ降り立った。
ハヤトが石碑へ歩み寄る。
刻まれた文字へ指を滑らせる。
『銀月、天を満たす時』
『闇を宿す者、現れん』
『その身に全てを受け』
『やがて月へ還る』
『それは終わりにあらず』
『世界の巡りを戻すための、始まりなり』
静かな声が森へ溶けていく。
その時、遠くから複数の足音が聞こえてきた。
枯葉を踏む音が近づく。
5人が顔を上げる。
木々の奥。
月の光の中から姿を現したのは、ミレイア達だった。
月の一族の隠れ里の門を抜けて歩いてくる。
全員が白く長いローブを纏っていた。
胸元には月の紋章。
厳かな雰囲気。
少し緊張したような表情。
だがその瞳の奥には強い意志の光が宿っている。
やがて5人の前で立ち止まった。
「……ジント」
ミレイアが優しく呼ぶ。
ジントは自然と歩み出る。
「おばあちゃん……」
ミレイアは微笑みながらジントの頬へ手を添えた。
その手は温かかった。
「一月前とは顔つきが全然違うね」
目を細める。
「よく、ここまで来れたね」
ジントは頷いた。
そして後ろの仲間達を見る。
「みんなが居てくれたから……」
その笑顔を見て、ミレイアは納得したように頷いた。
静かに4人へ視線を向ける。
そして再び口を開いた。
「これから私達が行うのは、月の一族に古来から伝わる儀式だ」
厳かな声だった。
「これは月蝕の子を白霧山へ送るためのもの」
月明かりがローブを照らす。
「その先で何が行われているのか……私達にも分からない」
沈黙が落ちる。
そしてミレイアはジントを見た。
「ジント……覚悟はできているかい?」
ジントは迷わなかった。
「……はい」
力強く頷く。
ミレイアは小さく微笑んだ。
そして振り返さくる。
「セレネ」
呼ばれたセレネが前へ出る。
月の紋章が刻まれた杖。
そして古い本。
ミレイアはそれを受け取る。
その後ろには少し不安そうなパスカル。
そして腕を組み、険しい表情を浮かべるゼストの姿があった。
ミレイアは石碑の前へ立つ。
静かに本を開く。
そして、誰にも理解できない古代語で詠唱を始めた。
「………𝔗𝔬𝔫𝔦𝔤𝔥𝔱𝔇𝔞𝔯𝔨𝔓𝔢𝔱𝔲𝔯𝔫𝔰𝔗𝔬𝔐𝔬𝔬𝔫………」
厳かで。
神秘的で。
どこか懐かしい響き。
すると石碑が淡く光り始める。
まるで鼓動するように。
ゆっくり。
そして徐々に強く。
やがてミレイアの杖が、石碑へコン、と触れた。
その瞬間、眩い光が森を包み込んだ。
思わず全員が目を閉じる。
そして再び目を開いた時。
石碑から一本の巨大な光の柱が夜空へ向かって伸びていた。
全員が言葉を失う。
さらにその先。
遥か遠く。
白霧山の頂にも、同じ光の柱が立ち上っていた。
二本の光。
まるで道標のように。
やがてミレイアが静かに息を吐く。
「……ふぅ」
そしてジントを見る。
「さあ」
優しく微笑む。
「準備はできた」
「……」
「私の役目はここまでだよ」
その声はどこか誇らしかった。
「気をつけて、行っておいで」
ジントは静かに頷く。
そして石碑の前へ立った。
鼓動が早い。
足が震える。
いよいよだ。
その時だった。
「ジント!!」
後ろからダイチの声が響く。
ジントが振り返る。
「一人で行くな!!」
迷いのない声だった。
ハヤトも前へ出る。
「ミレイアさん」
真剣な眼差し。
「俺達も一緒に行くことはできるんですか?」
ミレイアは少し考える。
やがて4人を見た。
そして優しく笑った。
「月蝕の子は、一人で白霧山へ登ったという記録しかない」
静かな声。
「だから分からない」
「……でも、あんた達なら許されるかもしれないね」
その言葉に4人が顔を見合わせる。
そして自然とジントの傍へ歩み寄った。
囲うように。
支えるように。
いつも通り。
ジントは振り返る。
そこには4人がいた。
もう不安はなかった。
「……いってきます」
ミレイアを見る。
そして微笑んだ。
その笑顔に、ミレイアも静かに頷く。
ジントは手を伸ばした。
石碑へ触れる。
その瞬間、一際強い光が辺りを覆い尽くした。
誰も目を開けていられないほどの光。
5人は反射的に目を閉じた。
世界が、白く染まった。
コメント
3件
ジントのそばにはいつも4人がついていることがとても心強いですね😭 この先どんなことが起きても5人なら大丈夫な気がしますね( *´꒳`*)
読ませていただきました…!本当に、第五章の締めくくりにふさわしい、美しいエピソードでしたね。 夕焼けと満月が同時に空に浮かぶ「昼と夜の境界」の描写、そこにジントたちの旅の終わりと始まりを重ねる構成に、まず惹き込まれました。宿屋の家族との別れのシーンも、特にシュンタと娘さんのやり取りにクスッとさせられて、優しい気持ちになりました。 石碑の前に立つジントが「もう不安はなかった」と感じるまでに、仲間たちが自然と寄り添う姿…ああ、この物語はここに辿り着くためにあったんだなと、胸が熱くなりました。最後の「世界が、白く染まった」でページを閉じる時の余韻が、たまらなかったです。続きを読むのが楽しみです!