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ゴツゴツとした岩壁を赤いランプが照らす。 不気味な紫の霧が漂い、ここが日常と切り離された世界だと物語っている。
「……あ、……ぁ……」
淡いベビーピンクのブラウスに、漆黒のジャンスカ。胸元を飾るのは、存在感のある大きな黒いサテンリボン。肩口から袖にかけてあしらわれたフリル。
マカロンに毒薬を垂らしたような地雷系の服装。私は地面に座ったまま、ある一点を見つめていた。
視線の先にあるのは、目だ。
幾つもの目が、闇の中から私を見つめている。
二つに結んだツインテールが恐怖で揺れた。
目がギョロリと動いたかと思うと、闇の奥から何かが這い出してくる。
私は逃げようと立ち上がるが、足が震えて動けない。
「助けて……死にたくない……っ!」
画面端に四角い枠が見える。
そう、これは生配信だ。
『演出神すぎるw』
『夢猫ちゃん、今日も病みすぎー!! 最高!』
『今の悲鳴、本物っぽい』
『何これ、本物……??』
大雨のようにコメントが降り注ぐ。
(あぁ……っ。皆が、私を見てる……)
心臓がバクバクと鳴り響く。顔が火照っているのに気づく。
(こんなに見られて……興奮しちゃう……っ)
――
ビルが並ぶ静かなオフィス街。
都会とは言い切れない程度の街の小さなビル。
無機質な部屋の中、机が並んでいる。
昼間の賑やかさと打って変わって、静かなオフィスは異質な空間だ。
「ふぁー……やっと終わった」
俺は、書類をまとめるとバインダーにしまった。全員退社済みで、俺だけが会社に残って、残業をしていた。机の上に並んだ栄養ドリンクの空き瓶をチラリと見る。
くだびれたスーツのシワを気にせずに、ゆっくりと立ち上がった。重い足取りでドアの前に向かい、くるりと振り返る。
「お疲れ様でした……!」
誰もいない暗いオフィスに向かって、俺は深々と頭を下げる。
誰も見ていないのに毎回やっている。社畜として染み付いた習性だ。
「今日は、夢猫ちゃんの配信日だ……急がないと」
スマホを見ると、二十二時を過ぎていた。
通知欄を見ると、『夢猫ちゃんねる☆配信開始!』という文字を見つける。少しだけ体温が上がった気がした。
(もし俺に尻尾があったら、ちぎれるほど振っているだろうな)
待受画面には、地雷系の服を着たツインテールの女の子が写っていた。
(……夢猫ちゃん)
彼女は、人気配信者だ。
地雷系の服を着ていて、病んだ性格がウリの女の子。 主にホラーゲームの実況配信をやっている。
(ホラーゲームは苦手なんだけど……)
彼女の怖がる声、叫び声が本格的すぎてSNSで話題になり、見てみたところついついハマってしまった。
叫び声だけじゃない。ホラーゲームの敵と遭遇した時の行動も非常にアグレッシブで、今まで見たことのないタイプの配信者だった。
そして……
めちゃくちゃ可愛い!くりくりした猫のように大きな目と、ツヤツヤの黒髪。
甘いだけじゃなく、毒がある。なのに……
(天使だ……!!)
俺はスーツの袖で、スマホの画面を丁寧に拭いた。
(推しの顔に、指紋一つ残すわけにはいかないからな)
画面越しに目が合った気がする。その笑顔を見て、疲れが吹き飛んでいく。
思わず会社でスマホを握りしめガッツポーズをしてしまった。
ふと我に帰ると、恥ずかしくなり顔を赤くする。
(まぁ、誰かに見られてるわけでもないからいいだろ……)
俺みたいな、彼女もいない、評価もクソもないブラック企業の社畜にとって、夢猫ちゃんだけが光なんだ。
幸せを噛み締めながら、タイムカードを押した。
――
駅のホームに着くと、今日は何故か誰もいない。
シンとしたホームに、冷たい風が吹き付ける。
「おぉ、寒っ!」
辺りを見回しても、暗闇が広がっているだけだ。
「珍しいな。いつもはもっと人がいるのに」
スマホを取りだし、待受に設定された夢猫の笑顔の写真を見つめる。
(少しだけ……見るか)
イヤホンを取り出し耳につける。
駅のホームに俺一人とは言え、夢猫ちゃんのホラゲ絶叫プレイの悲鳴を流したら通報されるレベルだ。
アプリを立ち上げ、夢猫チャンネルを開く。
今日の配信はもう始まっていた。
でも、何かがおかしい。
(……何だ?)
コメント数が異常に多い。
始まって二十分なのに、コメント数が一万を超えていた。
(神回なのか……? いや、こんなにコメントがつくか……?)
恐る恐るサムネイルをタップする。
すると、耳をつんざく叫び声がイヤホンから流れる。
『きゃああぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!』
(いつもよりすごい声……いや、何だこれ)
画面を見ると、赤黒い照明に照らされた岩壁に囲まれた洞窟内を、必死に走り回っている女の子が映っている。
「夢……猫……ちゃん?」
俺の声が誰もいない駅のホームに響く。
あまりの光景に、目の前で起きていること全てを疑いたくなった。
明らかにゲームの画面じゃない。
画面の中で走っている女の子が、石に躓いて派手に転んだ。彼女の手が震えている。
明らかに普通じゃない状態だ。
『はい、転んだーw』
『もっと叫んで、夢猫ちゃん』
『そろそろやばくね?』
画面端のコメント欄が、津波のように押し流されていく。
(この異常事態に、誰も気づいてない……!? おかしいだろ!?)
その瞬間、紫の触手のようなものが襲いかかる。 触手には目が沢山付いていた。
『いやっ、来ないで! 怖い、怖いよ……!』
彼女の声は震えていた。
(……なんだこれ……CG?)
いつものホラーゲーム配信とは違う声に、手が震える。
(……いや、違う!)
俺の目が、違和感を捉えた。さっきの転び方……受け身が取れていなかった。
演技じゃない。本当に足がもつれて、無防備に地面に叩きつけられた動き。
(あんなに怯えてる夢猫ちゃん、見たことない……!)
たくさんの目のついた触手が、夢猫の足に絡みつく。
『いやっ……!』
夢猫の体が宙に浮いたかと思うと、そのまま岩壁に叩きつけられた。
『死んだ……?』
『夢猫ちゃん、弱すぎーw』
相変わらずコメント欄は、流れるように増えていく。 淡々と増えていくコメントに、俺の手が震える。
(こいつら、気づいてないのか……?)
夢猫の体がピクリと動く。
頭から流れる血は、どう見ても本物だった。
(嘘だろ……夢猫ちゃんが……本当に殺される……!?)
スマホを握りしめる力が強くなる。
(どうやったら、彼女を助けられる……!?そもそも彼女はどこにいるんだ……!?)
その瞬間、スマホの画面が眩しく光り出す。
「何、だ……!?」
光は徐々に強くなり、俺を包み込んでいく。
内臓をかき回されるような感覚に、意識が揺らぐ。あまりの気持ち悪さに、スマホを離しそうになった。
(画面の中に、連れていかれる……!?)
指先が、画面から離れかける。
(……いや)
スマホの中に、吸い込まれるような感覚。
(夢猫ちゃんを助けられるなら……俺は……!!)
俺は吸い込まれるのではなく、自ら光の中へ手を伸ばした。
意識が遠のいていく。
夢猫ちゃんを助けたい、その気持ちと共に。
――
カタン。
誰もいない駅のホームに、スマホが落ちる。
電灯がチカチカと点滅していた。