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エピローグ
第六話 二人の居場所
グツグツと鍋が煮立つ音。
部屋いっぱいに漂う薬草の香り。
冬の始まりの外の空気は随分冷たい。
だが部屋の中は独特の温かい空気に満たされ、少し汗ばむほどだ。
ジントは木杓子で鍋をゆっくりとかき混ぜながら、立ち昇る湯気に目を細めた。
ーーカランカラン。
店の扉が勢いよく開く。
「おはよー! ジントのばあちゃん!」
聞き慣れた声。
マーサがくすりと笑う。
「あら、今日も早いねぇダイチ坊っちゃんは」
その胸元、紫色の石のついたブローチがきらりと光る。
「やっぱ似合っとるなあ!そのブローチ!」
「そうかい、ジントがくれたものだからねぇ」
ダイチの言葉に嬉しそうに笑うマーサ。
「ありがとねぇダイチ坊っちゃん」
「………なぁジントのばあちゃん」
ダイチが不満そうな声を漏らす。
「俺いつまで”坊っちゃん”呼ばれるん?」
「はははっ」
マーサは楽しそうに笑った。
「坊っちゃんは坊っちゃんだからねぇ」
「ほら、ジントは奥だよ」
「はーい……」
納得のいかないような声。
近付いてくる足音。
そして。
ひょこっと群青色の頭が覗いた。
「おはよ」
「おはよ、ダイチ坊っちゃん……っ」
ジントが吹き出す。
「お前まで言うんか!?」
「だって面白いし」
「酷ない?」
二人は顔を見合わせて笑った。
その何気ないやり取りだけで、胸の奥が温かくなる。
ラディスへ帰って来てから一ヶ月。
旅の記憶はまだ鮮明なのに、こうして並んでいると昔へ戻ったような気がする。
けれど、昔と違うこともある。
ダイチが近くへ来るだけで少し意識してしまうこと。
目が合うと照れてしまうこと。
そして、互いに好きだと知ってしまったこと。
ジントは慌てて鍋に視線を戻す。
「相変わらず凄い臭いやなぁ」
少し顔をしかめながらダイチが煙を仰ぐ。
「これが良いんだよ」
ジントは鍋をかき混ぜながら火加減を見る。
乳白色の瞳の中で、赤い火が揺れた。
すっかり薬屋の日常へ戻っているジント。
けれど世界は少しずつ変わっていた。
月蝕の日から姿を消した魔物達。
人々の抱える負の感情も、光が当たらぬ闇も、瘴気となって魔物へと形を変えることはない。
人々は喜んだ。
だがその一方で、別の変化にも気付き始めていた。
一度切れた魔石灯へ再び灯りが灯ることはない。
街を守っていた結界も消えた。
そして少しずつ力を失っていく魔法や魔道具。
世界は大混乱に陥るかと思われた。
特に帝国など魔法が大きな力を持ち、組織体系として成り立っている国では。
彼らは徐々にに失われる魔力と権力に戸惑い、争いも起こった。
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当たり前に使用していた道具達が使えなっていくことは、人々の生活に大きな影響をもたらした。
しかし、人々は逞しくもあった。
最大の脅威であった魔物が消えたことで、安心して昼夜問わず活動できるようになった。
交易は活発になり、新しい技術や道具が次々と生まれている。
魔法に頼らない時代。
それはまだ始まったばかりだった。
「なぁジント」
「ん?」
「終わったら出掛けん?」
その声だけで少し胸が跳ねる。
「うん」
平静を装いながら答えた。
「もうちょっと待ってて」
薬を完成させ、火を消す。
道具を片付ける。
二階へ駆け上がり、慌ただしく支度を済ませる。
そして再び階段を降りてきた。
「おまたせ!」
目を見合わせて微笑む。
「じゃあ行こか!」
細い通りを抜け、二人は街へ出る。
柔らかな初冬の日差し。
「良い天気だねー」
淡い金色の髪を揺らしながら空を仰ぐジント。
もう黒いローブは纏わない。
瞳の色と同じ、柔らかな色の外套を羽織る。
陽の光を受けて歩くその姿は、直視するのも憚られるほど輝いている。
ーー綺麗やな。
また思ってしまう。
白霧山で初めて見た時も驚いた。
でも今は違う。
毎日見ているはずなのに。
見慣れない。
見慣れる気もしない。
道行く人が振り返る。
けれど以前とは違う。
不吉なものを見る目ではない。
憧れるような、眩しいものを見るような眼差し。
本人はあまり気にしていない。
だから余計に、ダイチだけが警戒してしまう。
「はぁ……」
思わずため息が漏れた。
「ハヤトの言った通りや……」
「ダイチ?」
ジントが顔を覗き込む。
「どうしたの?」
「な、なんでもない!」
慌てて視線を逸らす。
ジントは不思議そうな顔をしたあと、小さく笑った。
その笑顔を見てまた心臓がうるさくなる。
ーー勘弁してほしいわ……。
そしてひとつ大きく息を吐いて、懐の小さな箱を握り締めた。
ーー今日こそは……!
そう固く決意しながら。
やがて辿り着いたのは、いつものパン屋だった。
扉を開く。
焼き立ての香ばしい香りが二人を包み込む。
「うわぁ……」
ジントの顔がぱっと明るくなる。
「今日はどれにしようかな〜」
嬉しそうに並んだパンを眺める。
「あら!」
奥から女主人が顔を出した。
「ダイチ君にジント君じゃない!」
「いらっしゃい!」
「今日もイケメンねぇ!」
二人は顔を見合わせて笑った。
いつもの会話。
いつもの場所。
それが嬉しかった。
大きな紙袋を抱えて店を出る。
「ねぇダイチ」
ジントが振り返る。
「今日行く所って、もしかして……」
期待するように目を細める。
ダイチはニヤリと笑った。
「ああ……」
そして。
「秘密基地や!」
ジントの顔がぱっと明るくなる。
「やった!」
北門を抜け、森へ入る。
色付いた葉はほとんど落ち、寂し気に伸びる枝が季節の移り変わりを感じさせる。
足元の落ち葉を巻き上げるように冷たい風が吹いた。
「寒っ」
ジントが肩を竦める。
「もう少し着込んでくれば良かったな……」
冷たくなった手を擦り合わせる。
ダイチは黙ってその手を握った。
温かい。
ジントは思わず笑う。
二人はそのまま森の中を歩き続けた。
途中草を掻き分けて小道に入る。
以前来た時よりもさらに道が狭く感じる。
やがて小道を抜け、ぽっかりと開けた空間に出た。
目の前には、二人を見下ろす巨大な木。
二人だけの秘密基地。
ボロボロの布。
継ぎ足した枝。
木へ刻まれた拙い文字。
『だいちとじんとのひみつきち』
「まだちゃんと残っとる!」
「わぁ……!」
二人は顔を見合わせる。
この場所は、あの日のままだった。
コメント
8件
最初の頃のちっちゃいダイチとジントが木に彫った「だいちとじんとのひみつきち」が残ってるのがなんだか嬉しいですね🤭︎💕 あと3話なのが嬉しいような、寂しいような……… 最後まで楽しませていただきます!

心がほっこりしました あと三話…楽しみ(ですが、寂しい…)

残すところ、あと三話になります🥹 明日が最後の本編投稿になりますので、最後までお付き合いよろしくお願いいたします🙇