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そして月曜日。
社内では、西岡と奈美が姿を見せないことで、さまざまな憶測が飛び交っていた。
二人がまったく出社しない状況に、同僚たちも「さすがに何かあったのでは」と口にし始めている。
その日の昼休み、凛は廊下で同期の理恵に会った。
「凛! お疲れ!」
「お疲れさま。今からお昼?」
「そうそう。ところでさ、びっくりしちゃったよ、私」
「え? 何かあったの?」
「凛の部の沢渡さん、退職するんだって」
「えっ?」
「最近ずっと休んでたでしょ? どうも田舎に帰るみたいで、今、ご両親が荷物を取りに来てるの」
「へ、へえ……そうなんだ」
「うん。でね、これは内緒なんだけど……」
理恵は凛の耳もとに口を寄せ、小声で続けた。
「なんか警察沙汰を起こしたらしくて、今朝、警察が会社に来たんだって」
「警察が?」
叔父のことかもしれないと思ったが、凛は知らないふりをして返事をした。
「そう。部長と課長が対応したみたいだけど、何をやらかしたんだろうね~。男がらみかな?」
「ど、どうなんだろうね……」
「気になるよね~。あっ、でも、これは内緒だからね。凛だけにこっそり話したんだから」
「もちろん。誰にも言わないから安心して」
「頼んだわよ。じゃあ、お昼、行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
理恵は手を振りながら、その場を後にした。
フロアに戻ると、奈美のデスクの私物を同僚の女性が袋に詰めているのが目に入った。
もう奈美は会社に戻らず、そのままご両親と田舎へ帰ってしまうのかもしれない。
そう思うと、胸の奥にかすかな同情が芽生えた。
席に着いた凛は、奈美のボールペンが入っていないペン立てをじっと見つめた。
その後、叔父から連絡があり、叩かれた件やストーカー行為について、被害届を出すかどうかを改めて確認された。
しかし凛は、この前と同じ答えを返した。被害届は出さない……と。
奈美が失恋で不安定になっていたのは明らかだった。
だから今は、同じ女性として、ただ彼女に元気を取り戻してほしい……そんな思いしか浮かばなかった。
(そういえば、西岡さんはどうなったんだろう?)
ちょうどそのとき、西岡と同じ部の男性社員が、凛のそばを通りかかった。
彼は凛の斜め向かいの席にいる男性に向かって、突然こう話しかけた。
「参ったよ~」
「どうしたんですか?」
「西岡さん、なんかやらかしたみたいで、子会社に出向だって」
「えっ、マジで?」
「うん。本日付けで異動らしい」
「どうしてまたそんなことに?」
「詳しいことは分からないけど、とにかく上が怒ってるんだよね。いったい何をやらかしたんだろう?」
「そういえば、うちの部の沢渡さんに気に入られてたけど、彼女も退職するみたいだし……なんか関係あるんですかね?」
「絶対なんかあるよ。何だろうな? でも二人とも独身だから、不倫とかじゃないしなあ……」
「ですよね。で、どこに飛ばされたんですか?」
「大阪のビルマネジメント会社。あんなところに行ったらもう第一線には戻れないだろうな。ほんとバカだよな~」
「うわあ、そりゃ、相当なことやらかしたんですかね~」
その会話を耳にしていた凛は、胸の中でこう思った。
(本当にバカよ……。エリート人生を棒に振るなんて……)
一時の欲に支配されることが、どれほど人を狂わせるのか。その恐ろしさを改めて噛みしめながら、凛は深くため息をついた。
週末の土曜日。
颯介と凛は、颯介の母を伴って、警視庁に勤める叔父の自宅へ向かった。
この日は、鹿児島から凛の両親も上京してきている。
叔父から婚約の知らせを聞いた両親は、いてもたってもいられず、颯介が挨拶に行くよりも早く飛んできたのだ。
凛の両親はそのまま叔父の家に一泊し、明日は颯介の自宅へ招かれる予定だった。
武蔵野市にある叔父の一軒家には総勢七名が集まり、にぎやかな宴会が始まった。
凛の父と叔父は、颯介とすっかり意気投合し、共通の話題で盛り上がっている。
一方、颯介の母と凛の母も、年齢こそ少し離れているものの、すっかり打ち解けて並んで楽しそうにおしゃべりを続けていた。
「お式はどこでするのかしら?」
「うちはどんなところでも構いませんわ。凛ちゃんの希望を第一に考えましょうよ」
「まあ、お母様! なんてありがたいお言葉」
「当然ですわ。ずっと独身かと思っていた息子のところへ、凛ちゃんみたいな素敵なお嫁さんが来てくれるんですもの」
「こちらこそ、まさか凛が颯介さんのような素敵な方に選んでもらえるなんて、夢にも思っていませんでしたわ」
「ふふっ、こちらこそ、本当に良いご縁で結ばれて嬉しいわ。そうそう、新居のことなんだけど、凛ちゃんは『同居でも構わない』って言ってくれたんだけど、せめて新婚のうちはマンションにしたらどうかしらって勧めているの。どう思います?」
「そんなふうに言っていただけて、娘も幸せですわ。お気遣いありがとうございます」
「まあ、本人たちで話し合って決めればいいのかしらね? ああ、でもこれでやっと私も肩の荷が下りますわ」
「お疲れさまでした! お母様はまだお若いんだから、これからいろいろとお楽しみになれますわね」
「うふふ、そうね、楽しみだわ。そうそう、よかったら今度、一緒にご旅行でもいかが? 女二人だけで!」
「まあ、素敵。ぜひ!」
子どもの婚約をきっかけに、二人はすっかり親友のようになっていた。
一方、男性三人は、こんな会話で盛り上がっている。
「まさか、颯介君も空手をやっていたとはなぁ~」
「高校までですが。凛さんも小さい頃習っていたと聞きました」
「ははは、うちの子は小さい頃からお転婆でね。それに、うちは代々警察官の家系だから、武道は必須なんです」
「なるほど」
「で、颯介君は何段まで行ったんだ?」
「一応、黒帯持ってます」
「高校生でか? そりゃすごいな」
「じゃあ、俺たちと一緒だな」
「凛だけ仲間外れだ~。絶対からかうなよ。あいつ、すぐムキになるから」
凛の父がそう言うと、三人は声を上げて笑った。
叔父がトイレに立つと、凛の父は急に真剣な表情になり、静かに口を開いた。
「颯介君、今回は、凛のことを守ってくれて本当にありがとう」
「いえ……私も凛さんに守ってもらいましたから」
「凛が君を?」
「車に仕掛けられていたGPSを見つけてくれたのは、凛さんなんですよ」
「そういうことか」
「はい。上京する前、お父さんにいろいろ教えてもらったって、嬉しそうに話してました」
「ははは、あの子がそんなことを?」
凛の父はどこか照れくさそうに笑った。そして、再び表情を引き締める。
「颯介君、凛のことを頼みます。あの子は、勝気で気が強いけど、根はとても優しい子なんです。どうか、凛を幸せにしてやってください」
その慈しみに満ちた眼差しに、颯介は思わず背筋を伸ばした。
「もちろんです。大切にお預かりします」
「うん。よろしく頼んだよ」
「はい」
二人は静かに微笑み合い、颯介は凛の父のグラスにビールを注いだ。
リビングでは、家族たちが楽しそうに談笑している。
その和やかな光景を、凛は叔母と並んで料理を盛り付けながら眺めていた。
そのとき、叔母が優しく微笑んで言った。
「凛ちゃんの彼、本当にいい人ね。立派な方なのに、田舎育ちの私たちにも気さくに接してくれて。お母様もとても優しそうで、安心したわ。結婚したら、きっといい家族になれるわね」
その言葉は、凛の胸にじんわりと染み込んでいく。
「はい。私もそう思います」
「うんうん、絶対彼を離しちゃだめよ」
「はい」
凛は満面の笑みで、力強くそう答えた。
コメント
12件
奈美の親が迎えに来たんだね。 思い込みから失恋ってないわら😔😭
奈美は実家に戻って本来の自分を取り戻して誠実に生きて欲しいな。 凛ちゃんと颯介さんのご家族勢ぞろい。皆祝福モードで暖かい。 結婚する日も近いかなぁ🤭

腰振ってエリート脱落💦 ストーカーして精神崩壊💨 なんだかなぁ🤔 凛ちゃんは幸せ一直線だね🥰