テラーノベル
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瑠衣の声色に刹那目を見開き焦りつつも、侑は彼女の手首を掴む力を緩めず、眼差しを向けた。
「…………離さない」
「離して」
尚も言葉で抗おうとする瑠衣に、侑の想いが突き上がっていく。
侑と瑠衣が客と娼婦として再会してから、もう八ヶ月ほど経つだろう。
あの頃、侑は『娼婦の愛音』が瑠衣だった事に気付いていたが、瑠衣は侑だという事に気付かず、身体をただ重ねるだけの関係だったと言ってもいい。
互いの素性が分かってから、侑は『九條瑠衣』として会いに娼館へ足を運んでいた。
(九條とあの娼館で再会した日…………俺は…………彼女に一目惚れしていたんだ。帰りの車中で、彼女の事で心が埋め尽くされてしまうほど……気になっていたんだ……)
ハヤマの創業パーティで瑠衣と同伴して一夜を過ごしてから、彼女に対して愛おしさすら感じ、彼女を娼館へ帰したくない、手放したくないと思ったのだ。
彼女が東新宿の家に身を寄せるようになってからは、瑠衣と一緒にいるとホッとする自分がいる。
九條瑠衣と再会した事が奇跡。
先ほど、友人の葉山怜が言っていた『目の前で起こっている奇跡』を逃してはならないと、侑は決めたのだ。
——もう瑠衣の手を離さない。いや、瑠衣を離さない。
「離さないと言っているだろっ……!」
そのまま腕を引き寄せ瑠衣を抱きしめるが、何とかして彼からすり抜けようと踠(もが)き続け、瑠衣の感情は昂ったのか濃茶の瞳は徐々に潤んでいき、涙で顔を濡らしながら叫ぶように語気を強めた。
「離して! 先生は私の事、ただ性欲を満たすだけの玩具に過ぎないんでしょ!? もう勘違いさせるような事をしないで!! 思わせぶりな事なんて言わないで!!」
「お前を性欲を満たすだけの玩具などと思っていない! 勘違いではないし、思わせぶりではない!」
「嘘!!」
「嘘じゃない!」
「お願いだから嘘は言わないで!!」
「嘘じゃないって言ってるだろ!!」
筋張った腕の中で身じろぎし続けている瑠衣の小さな身体を、侑は掻き抱いた。
この八ヶ月間の瑠衣に対する想いを全てぶつけるように。
なかなか口にする事ができない恋慕を伝える代わりに、繊麗な彼女の身体を、きつく抱きしめ続けた。
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