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コイシイヒト〜Refrain

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【第ニ章】第6話 互いの距離感(日向唯・談)

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2023年10月08日

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「お邪魔しました」

「結局、何のお構いも出来ずにごめんね?」

「いいえ。急に来るって言ったのは俺だし、こっちの都合で帰るんだし。届け物はちゃんと渡せたんでいいんですよ」

居間を出て玄関の方へ向かう香坂君の後に続き、私も玄関へと向かう。

「今日はこれからバイトなの?」

「いいえ、明日は行きますけどね」

「そっか。お休みだったのに、わざわざありがとね」

「俺が好きでしてる事なんで、気にしないで下さい」

端に寄せてあった靴を履きやすい位置までずらすと、その場に座り、彼が靴を履く。

「店長にお礼を言っておいてもらえる?『美味しかったです、ありがとう』って」

「まだ食べてもいないのにですか?」

ちょっと顔色の悪くなっていた香坂君が笑顔で振り返り、私を見上げながら訊いてきた。


(よかった…… 少しは、気分を持ち直してくれたかな?)


「賄いで沢山食べてきたから腕前は知ってるし。あれも絶対美味しいに決まってるから、いいの」

靴の紐を結び、香坂君がすくっと立ち上がる。私の立つ位置よりも少し低い玄関に居るのに、私よりもずっと香坂君は背の高い。たぶん、司さんと並んだらもう少し小さく感じるのだろうけど、背の低い私では彼の身長でも見上げる感じになってしまう。

「じゃあ…… ね」と、私は軽く手を上げた。

「お邪魔しました」

頭を下げてそう言うと、香坂君が玄関ドアの鍵を回して開け、ドアを開ける。

「帰り道、気をつけてね」

手を振りそう言う私に、「男相手に何を心配してんですか」と言い、香坂君は玄関ドアを閉めた。

バタンッ。

音をたて、閉まる玄関ドア。そのドアの鍵を閉める為、靴を履き、鍵に手を伸ばす。

ガチャ——ン。

ゆっくり鍵をかけ、私は振り返ると、ドアを背にして玄関ドアへもたれ掛かった。


「独り言を、言ってもいいかな」


声に対し、返ってくる音はない。

でも、玄関の向こうに香坂君の歩く靴音もまだ聞えていない。


「“年上の先輩”もね、きっと…… 香坂君の事、大事に思っていると思うよ」


瞼を閉じ、身勝手な言葉を続ける。

「だからこそ、知りたくない事や、聞かないでおきたい言葉とかがあるんじゃないかな。隣には居られないけど、今の関係でいたいんじゃないかな。」

私が言葉を止めると、ただ周囲には無音状態が広がる。


「大事だけど、恋じゃない。好きだけど、愛じゃない。…… すごく身勝手な考えだけど、それでも君とは、仲良しでいたいんじゃないかなって…… 私は思うの」


相変わらず何も反応が無い。もしかしたらもう、ドアの向こうには誰も居ないのかもしれない。本当に私の独り言だったのかもしれない。でも、それでもいい。いっそ…… それがいい。

——そう思い、ドアから背を離し、居間の方へ戻ろうとした時だ。


「それでも俺は、その“年上の先輩”の事を諦める事は無いと思いますよ。少なくとも、今の状況じゃ、まだ…… 」


ドア越しで声は聞き取り難かったが、確かに香坂君の声だった。

「『いつか思いが届くかもしれない』から好きでい続けているとかじゃないんです。『この人しか見えない』から、好きなんです」


背に響く声に、声が出ない。


「先輩がもう、聞いていない事を願います。…… 俺は…… どんなにこの気持ちを受け止めてもらえなくても、その“年上の先輩”の傍に居ますよ。心の隅に、少しでも俺の居場所がある事を信じて」


応えられない気持ちが、心に響き、反響する。

口元をそっと押さえ、俯いてしまう。

どんなに想ってくれようとも、私の心を占有する事が出来る存在は一人しか居ないから。


二人の人間を同時に愛せる程私の心は器用ではなく、そんな度胸もなければ、そのような残忍な行為を平気で出来る程、堕ちてもいない。


——聞えなかった。


私は今の言葉を聞かなかったと、自分に何度も言い聞かせる。今度会う時は、いつもの二人で居られる為に。


(ずるいよね、こんなの…… )


その場から動けず、じっと黙ったまま立っていると、ドアの向こうで靴音が聞え始めた。近くだった音が、だんだんと遠くへ消えていく。

その音を、耳を澄まして聞き続ける。完全に彼の靴音が私の耳に届かなくなったのを確認した時、私は瞼をゆっくり開き、居間の方へと歩き始めた。

「ごめんね。でも…… 実はね、さっきの話を聞けて、ちょっとだけ…… 嬉しかったよ」

居間のドアを閉める瞬間、そんな言葉が私の口から零れ落ちた。

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