「今日みたいな出来事…………恐らく、初めてではないですよね?」
「えっ……?」
恵菜が弾かれたように顔を上げ、純と視線を絡ませてくる。
何でそんな事が分かるのか、と凝視する恵菜に、彼は淡々と話し始めた。
「昨年のクリスマス、立川駅前で、あなたとぶつかった時……一瞬後ろを振り返って走り去ったなって思い出して……」
純は口元を手で隠し、言葉を選びながら考える。
「あの時、もしかして、さっきの男に追われていたのかなって……思って……」
恵菜は、鼓動が激しく打たれているのか、胸に手を当てると、すぐにまつ毛を伏せて唇を微かに震わせた。
(ヤベ…………俺、彼女に困らせる事を聞いちまったみたいだな……)
今にも泣きそうな彼女を見て、純は後悔する。
「会ったばかりの男に、込み入った事なんて話せないですよね。すみません、俺が言った事、忘れて下さい」
恵菜と向き合い、純はペコリと頭を下げた。
四阿で座っている二人の空気は、まだ重い。
純は、ダメ元で彼女の連絡先聞いてみようか、と思案する。
(けどなぁ…………やっぱダメだよなぁ。人妻に連絡先を聞くのは……。ダンナにバレたら、彼女が疑われてしまうし、俺は、彼女の結婚生活を壊す気なんてないし……)
彼はかぶりを振ると、恵菜は彼に顔を向けているせいか、視線が頬を撫でているようで擽ったい。
彼女がまた男に付きまとわれる事は、この先もあるだろう。
公園を出て行く際、『恵菜。俺は諦めないからな……!』と言い捨てるくらいだ。
純の中に、部下の奈美の言葉が、沸々と湧き上がってくる。
──谷岡所長。チャンス…………ですよ……。
純は恵菜と視線を逸らしたまま、モカベージュのスキニーチノのポケットからスマートフォンを引っ張り出すと、メッセージアプリを立ち上げた。
「もし、あなたが良ければ、ですが……。さっきみたいに何かあった時のために、連絡先…………交換しませんか?」
純は勇気を出して、恵菜に眼差しを絡ませた。
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