テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#戦乙女
「申し上げます!」
執務室の扉が勢いよく開かれた。
駆け込んできた伝令は膝をつく。
ライナー王は手にしていた書簡から顔を上げた。
「どうした」
「カシスが蜂起しました」
部屋の空気が凍りつく。
居並ぶ家臣たちが息を呑んだ。
「場所は」
「東方属州アケドニアでございます」
「現地の守備隊を掌握し、軍勢を集めております」
ライナーは静かに目を閉じた。
ジュリアスの血はまだ乾いていない。
その暗殺者たちは、今度は軍を率いて王国へ牙を剥こうとしている。
「兵力は」
「詳細は不明ですが、各地の総督や議員が呼応しているとの情報が」
ライナーは席を立った。
窓の外には王都グランの街並みが広がっている。
人々はまだ知らない。
王国が再び戦乱へ向かおうとしていることを。
「戒厳令を布告する」
家臣たちが顔を上げた。
「王都の門を閉じよ」
「夜間の外出を禁ずる」
「不審者は即座に拘束せよ」
「はっ!」
命令が飛ぶ。
執務室は慌ただしく動き始めた。
その中でライナーは一人の男へ視線を向ける。
軍師スピリタス。
「スピリタス」
「は」
「討伐軍を率い、」
「カシスを討て!」
軍師は一瞬だけ目を細めた。
そして深く頭を下げる。
「御意」
その返答は静かだった。
だがライナーは気づかなかった。
スピリタスの表情に浮かんだ、わずかな陰りに。
彼は知っていた。
カシスがただの反逆者ではないことを。
そして、その先に待つ男――アントンこそが真の脅威であることを。
イージプ王国では、
次々と詳細な情報が入ってきていた。
「ジュリアスが暗殺されるとは……」
女王シャチトルは報告書から顔を上げた。
「どうなるのですか」
宰相イモホテップは静かに答える。
「女王陛下。ジュリアスは我が国との友好に努めた人物でした」
「しかし次に誰が権力を握るのかはわかりません」
「むしろ、この内戦を長引かせ」
「グラン王国を弱体化させることも可能かと」
その時だった。
「おいおい」
壁にもたれていたバルカが口を挟む。
「余計なことはしない方がいいんじゃないか」
イモホテップが眉をひそめる。
「なぜです」
「戦争ってのはな」
バルカは腕を組んだ。
「長引けば長引くほど化け物が生まれる」
「追い詰められた国は何をするかわからん」
「しっかし、神の加護のない国は救いようがないな」
「内輪で殺し合いとは」
イモホテップは聞かなかったように続けた。
「いずれにせよ、どちらが勝つか判断がつくまでは静観が最善です」
「こちらへ向かっているブルートゥースにも」
「アントンにも」
「両方に協力を申し出ておきましょう」
「どちらが勝っても、関係を維持できるように」
女王は小さくうなずいた。
「イモホテップに任せます」
「は」
「バルカは国境の警戒を」
「了解した」
バルカは立ち上がる。
だが扉へ向かう途中で足を止めた。
「女王陛下」
「なんです?」
「俺はな」
「この戦争、まだ終わらない気がする」
「……」
「嫌な匂いしかしないんだよ」
そう言い残し、
バルカは部屋を出て行った。
残されたイモホテップは静かに息を吐く。
窓の外では夕日が大河を赤く染めていた。
まるで血の色のように。
ジュリアスを暗殺した十数名の者たちは、
事件の直後、それぞれの属州へと散っていった。
彼らはただ逃亡したのではない。
かつて自らが総督を務めた土地、
支持者を持つ都市、
恩義を受けた兵士たちのもとへ戻ったのだ。
そして次々と蜂起した。
「王国を暴君から救った」
「ジュリアスの野望を止めた」
そう叫びながら旗を掲げ、
兵を集め、
武器を集め、
財を集める。
やがて各地の反乱軍は一つの軍勢へとまとまり始める。
その中心にいたのはブルートゥースだった。
名門の出身。
高潔な人格。
そしてジュリアス暗殺の首謀者の一人。
彼のもとへ人々は集まった。
各属州から集結した軍勢は日に日に膨れ上がり、
ついには王国を脅かす一大勢力となりつつあった。
グラン王国は今、
外敵ではなく、
己の血によって生まれた戦争へ向かおうとしていた。
集まった兵を前に、
ブルートゥースは高台から眼下を見渡した。
旗が風にはためく。
鎧が陽光を反射する。
兵士たちの顔には不安よりも熱気があった。
(私は間違っていない)
胸の内で静かに呟く。
(この兵を見よ)
(この士気の高さを)
グラン王国は征服国家である。
王都の支配は広大な属州へ及んでいる。
だが王都から一歩外へ出れば、
そこにはかつて別の神を信じ、
別の王に従っていた民たちがいる。
ジュリアスはそれらを力でまとめ上げた。
だが、それは真の統一ではない。
恐怖による支配だ。
(だから私は剣を取った)
(この国を守るために)
ブルートゥースは拳を握る。
(勝てる)
(陰謀より宴会を好み)
(兵より酒を愛する)
(あのアントンが私を討つだと)
思わず口元に笑みが浮かんだ。
やがて彼は一歩前へ出る。
兵たちの視線が集まった。
「神もご照覧あれ!」
声が平原に響く。
「我らは野心のために戦うのではない!」
「神の民の解放のために戦う!」
兵士たちが槍を掲げる。
「アントンの軍を討ち!」
「グラン王都へ進軍する!」
おおおおおおおっ!!
大地を揺らす歓声。
旗が翻り、
剣が天へ突き上げられる。
その光景を見ながら、
ブルートゥースは勝利を確信していた。
まだ誰も知らない。
戦場の向こうで、
アントンがすでに軍を率いて動き始めていることを。
アントンは不穏な空気を察知したジュリアスの妻カリメロから、
機密文書の数々を受け取った。
執務室の机には地図と書簡が山のように積まれている。
だがアントンは慌てない。
一枚ずつ目を通しながら、静かに命令を下していた。
「ヒルデスに使者を出せ」
「レシピにもだ」
「各軍団長へも連絡を」
家臣たちは慌ただしく部屋を出入りする。
ジュリアスが暗殺されたという知らせは、
すでに王都全土へ広がっていた。
怒りに燃える者もいる。
今すぐ兵を率いて暗殺者たちを討つべきだと叫ぶ者もいた。
しかしアントンは首を振る。
「まだだ」
「今剣を抜けば、連中の思う壺だ」
復讐心を抑え込み、
まず味方を固める。
それが彼の選んだ道だった。
やがて元老院が開かれた。
議長オセローの仲介により、
暗殺者たちは一時放免となる。
その決定に不満の声も上がったが、
アントンは反対しなかった。
暗殺者たちは困惑していた。
英雄として迎えられるはずだった。
暴君を討った正義の使徒として称賛されるはずだった。
だが誰も剣を抜かない。
誰も追ってこない。
振り上げた拳の下ろし場所がなくなっていた。
そんな中、
カリメロの父ピノがアントンのもとを訪れる。
「ジュリアスの葬儀を執り行いたい」
その言葉を聞くや否や、
アントンは即座にうなずいた。
「国葬にしましょう」
「国葬に?」
「ええ」
「彼はそれだけの男だった」
準備は驚くほど迅速に進められた。
そして葬儀の日。
王都の広場は人で埋め尽くされていた。
ライナー王とアントンは並んで民衆の前に立つ。
棺が運ばれる。
静寂。
そしてアントンは語り始めた。
ジュリアスが成し遂げたことを。
王国のために流した血を。
未来のために抱いていた夢を。
人々は耳を傾けた。
やがてすすり泣きが広がる。
怒りが生まれる。
悲しみが燃え上がる。
広場を埋めた民衆の感情は、
暗殺者たちへ向けられた。
指揮仗を受け取ったのはこの時である
その日のうちに空気は変わった。
正義の英雄だったはずの者たちは、
王都にいられなくなった。
ブルートゥースも、
カシスも、
仲間たちも、
次々と王都を去っていく。
その様子を聞きながら、
スピリタスは地図を見つめていた。
彼が恐れたのは、
アントンが黒幕であることではない。
むしろ逆だった。
黒幕でなかった場合だ。
ジュリアスという巨大な影が消えた今、
誰がその空白を埋めるのか。
答えは明らかだった。
もしアントンが野心を抱くなら、
それを止める者はもういない。
スピリタスは小さく息を吐いた。
「始まったか」
その頃、
アントンは将軍たちを集めた宴の席にいた。
酒杯を手に立ち上がる。
居並ぶ将校たちが静まり返った。
アントンはゆっくりと杯を掲げる。
口元には笑みが浮かんでいた。
「さあ、諸君」
静かな声だった。
だがその一言は、
王国の未来を決定づける宣言でもあった。
「戦争だ」
コメント
1件
読了しました〜🥀 第7話、めっちゃ重厚な政治劇って感じでゾクゾクしました。ジュリアスが消えた穴を埋めようとする者たちの思惑が交錯してて、特にスピリタスの「アントンが黒幕じゃなかった場合」って考察がすごく印象的。ブルートゥースの高潔な決意とアントンの静かな策謀、どっちを信じていいか分からなくなる感じがたまらないです…!バルカの「嫌な匂いしかしない」も効いてました🖤 戦争の幕開け、めっちゃ楽しみです!