テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#戦乙女
ブルートゥースは属州アケドニアで大軍を招集すると、
ただちに海軍の再編に着手した。
そして将軍ドミノへ命じる。
王都からアケドニアに至る海路――
その制海権を奪え、と。
海を制する者が兵糧を制し、
兵糧を制する者が戦争を制する。
ブルートゥースはそれを理解していた。
数日後。
アケドニアの港から艦隊が出撃する。
朝日に照らされた海は穏やかだった。
無数の軍船が波を切り、
帆に描かれた紋章が風にはためく。
甲板の先頭に立つドミノは、静かに水平線を眺めていた。
その横で副官が口を開く。
「アントン軍も艦隊を集めているとか」
「らしいな」
ドミノは短く答えた。
「しかし我らが先手を取りました」
「海路は押さえられるかと」
ドミノは苦笑する。
「まあ、そう簡単な話でもない」
副官は首をかしげた。
「と申しますと?」
「どっちもジュリアスの部下だった」
その言葉に副官は黙る。
ドミノは続けた。
「アントンも俺も、あの人の下で戦った」
「勝ち方も知っている」
「考え方も知っている」
「そして弱点もな」
波しぶきが船腹を叩く。
ドミノは腕を組んだ。
「お互いを知り尽くしている戦ほど厄介なものはない」
副官は表情を引き締めた。
「ですが、海を押さえました」
「ああ」
ドミノは頷く。
「それは大きい」
王都への補給路。
増援の輸送。
伝令船の往来。
そのすべてを左右するのが海だった。
この戦争で最初に優位へ立ったのは間違いなくブルートゥース側である。
だが――
ドミノの表情は晴れない。
「俺はアントンとは戦いたくないな」
副官が思わず笑う。
「将軍らしくありませんな」
「本音だよ」
ドミノも笑った。
「できれば降伏してくれないかな」
その言葉に甲板の士官たちも苦笑した。
だが誰も否定しない。
アントンの名を知らぬ者はいない。
ジュリアス亡き今、
王国最強の将軍と呼ばれる男だった。
ドミノは遠い海を見つめる。
その向こうには、
かつて同じ旗の下で戦った友がいる。
そして今は、
互いに剣を向け合う運命にあった。
「ドミノの艦隊が出撃しました」
伝令が報告すると、天幕の中にいた将校たちが顔を上げた。
アントンは地図の上に肘をつきながら尋ねる。
「何隻だ?」
「百三十を超えるかと」
「ほう」
アントンは感心したように口笛を吹いた。
「よく集めたなあ」
副官たちの顔は硬い。
海上輸送路を押さえられれば補給は難しくなる。
兵糧も増援も滞る。
決して無視できる問題ではない。
「どうされますか」
一人の将校が進み出た。
「迎撃の準備を?」
アントンはあっさり答えた。
「ほっとこか」
天幕の空気が止まった。
「……えっ?」
将校たちは思わず顔を見合わせる。
「ですが補給の問題もあります」
「海を押さえられれば我が軍は不利になります」
アントンは地図から目を離さない。
まるで興味がないかのようだった。
「今回の目的は何だ?」
「は?」
「戦争の目的だよ」
誰も答えられない。
アントンは指先で地図上の一点を叩いた。
アケドニア。
ブルートゥースの本拠地である。
「目的はブルートゥースだ」
「奴を討てば全部終わる」
静かな声だった。
だが妙な説得力がある。
「しかし敵が持久戦を選んだ場合は……」
副官はなおも食い下がった。
ドミノが海を押さえている以上、
時間が経つほど不利になる可能性もある。
だがアントンは肩をすくめた。
「引っ張り出しゃいいのよ」
「……」
「待ってる相手を無理に攻める必要はない」
アントンは立ち上がる。
その顔には獰猛な笑みが浮かんでいた。
「俺がブルートゥースならな」
「ライナーの軍勢が来る前に決着をつけたい」
「王都を押さえた俺たちを放っておけない」
将校たちが黙り込む。
確かにその通りだった。
海軍の優位も、
補給路の遮断も、
結局は陸上で勝たなければ意味がない。
そしてブルートゥースは政治家であっても、
軍を率いる以上は戦場に出てこなければならない。
アントンは豪快に笑った。
「だから心配するな」
「魚と戦争してるわけじゃない」
「相手は人間だ」
天幕の中に笑いが広がる。
将校たちの緊張も少しだけ和らいだ。
だがその言葉の裏にある意味を理解した者もいた。
アントンは海ではなく、
最初からブルートゥース本人の首しか見ていなかった。
ブルートゥースはアケドニアで旧ジュリアス派の粛清を開始した。
元老院議員。
地方官。
軍の将校。
少しでもアントン寄りと見なされた者は次々と排除されていく。
反対に王都では、ライナーが暗殺者派の摘発を進めていた。
ジュリアス暗殺に関与した者。
その支援者。
蜂起に呼応しようとしていた貴族たち。
逃げ遅れた者たちは次々と捕らえられ、裁きを受けていた。
王国は二つに割れた。
そして双方とも、まずは足元を固め始めている。
だが思った以上に
ブルートゥース側が有利に展開しいる
制海権の制圧
イージプ王国からの兵糧調達
その報告書を読み終えたライナーは、小さく息を吐いた。
「ブルートゥースもなかなかやるな」
誰に向けた言葉でもない。
静かな独り言だった。
王宮の奥。
人払いされた小部屋にはライナーしかいない。
壁には大きな王国地図が掛けられている。
王はその前に立っていた。
「予断を許さないな」
指先が東方属州アケドニアをなぞる。
ブルートゥース。
カシス。
二人の暗殺者。
その周囲には集結する軍勢の印。
そして王都側にはアントン。
スピリタス。
それぞれの軍団が配置されている。
盤上の駒を見るように、
ライナーはゆっくりと視線を巡らせた。
「アントンがブルートゥースとぶつかる前に――」
指先が北へ移動する。
「スピリタスがカシスとぶつかるな」
二つの軍勢が向かい合う地点。
「いよいよ開戦か」
その声は小さかった。
王宮の外では春風が吹いている。
市場には人が集まり、
職人たちは仕事をし、
子どもたちは走り回っている。
だが王だけは知っていた。
これから始まる戦争が、
王国の未来を決めることを。
ジュリアスの死によって生まれた亀裂は、
もはや言葉では埋められない。
誰かが勝ち、
誰かが滅びるまで終わらない。
静まり返った部屋の中で、
若き王はただ一人、
迫り来る内戦の足音を聞いていた。
コメント
1件
おおお〜!!第8話、めちゃくちゃ熱かったです!!!🔥🔥 アントンとドミノ、同じ師弟で今は敵同士っていう設定がもうエモすぎる…「できれば降伏してくれないかな」の本音にじわる😭💔 でもアントンの「目的はブルートゥースだ」の一言で戦略のスケールが一気に変わった感じがして痺れました!! どっちが勝つか全く読めなくて続きが気になりすぎる〜!!🐉⚔️