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「それに……」
守孝《もりたか》は、ちょいちょいと、常春《つねはる》と、紗奈《さな》を手招きする。
膝が付き合いそうな、距離まで二人を呼び寄せた守孝は、
「あの、子犬、あやかし、であろう?」
と、嬉しそうに言った。
「さすがに、大納言家に、あやかし、が、いるのがバレてはまずいなあ」
い、いえ、あれは……。と、言い渋る常春と、そわそわしている紗奈に、やはりなあー、図星か、と、守孝は、更にご機嫌になった。
「な、何を、童子の様なことを仰っておられまするか。守孝様は、分家とはいえ、中将様であらせられます。禁中では、三十路越えの組の、筆頭出世頭と噂されるお方。それが、あやかし、などと」
常春が、必死に、守孝へ忠告するが、紗奈が、あっさり、崩してしまう。
「兄様。その様に、仰々しい事を並べても、ダメですよ。守孝様の人となりは、ほぼ、世の中に漏れているのですから。それが、原因で、北の方様が、何人お変わりになられたことか」
はあー、と、紗奈は、息を付く。
そうなのだ、大の不思議好きが講じて、屋敷でも、あやかしだの、鬼だの、人が嫌がる話ばかり、嬉しげに語る。
外では、めったに話せないからねぇーと、いうのが、理由なのだが、それを、寝所で行うものだから、聞かされる妻はたまらない。
恐ろしやと、寝不足になる、そのまま、寝込んでしまう、などなど、元々、可憐な姫君が相手。おどろおどろしい話についていけないと、里へ帰ってしまう。
と、いうことで、兄、守近同様、地位あり、顔良し、人当たり良し、であるにもかわらず、守孝という男、今のところ、妻無し、なのだった。
「ははは、紗奈は、相変わらず手厳しいなあ」
「も、申し訳ありません!守孝様!これ、紗奈!口が過ぎるぞ!」
常春は、再び、平伏し、守孝へ詫びた。
が、動きが、ピタリと止まる。
「兄様?」
「紗奈、汚い。めちゃくちゃ汚れている。それに、タマの毛だらけだ!あいつ、あんなに、毛が抜けたっけ?!」
「う、うわっ!ほんと!って、半分は、私のせいでもあるんですけど、タマ、意外と毛が、抜けてる!」
「なっ!だろう!二人共、この始末、どうしてくれる?!」
と、守孝は、しごく嬉しそうに、攻め立ててきた。
「で、思ったのだ。お前達が、隠している秘密を、話せば、そして、あの、あやかし子犬を、どこで、捕まえたのか、私に話してくれれば、許してやろうかなあと。どうだい?」
「分かりました!では、守孝様、今のところ、どこまで、お分かりなのか、お話ください。すでに、お分かりの事を、私どもが話しても、時がもったいのうございます」
紗奈が、何か策があるのか、不自然に開き直り、守孝へ、言った。
「あー!なるほど!そうだな。同じことを、だらだらと話しても、面白くない!」
でしょー、と、紗奈が、相槌を打っている。
「うん、そう、私が知り得ているのは」
守孝が語り始める。
「はい。残念。違います。それでは、お話になりませんね」
「な、なんと!紗奈や!そこをなんとか!」
「だって、私達が、御屋敷を抜け出して、菓子を買いに行った帰り、あやかしが、よく出ると言われている三条橋の辺りにて、くうーんと、子犬が、鳴いており、お前も、食うか?と、兄様が、菓子を差し出したところ、急に丸まって、コロコロ転げ出した。なんだあれは!と、二人して追いかけていた所、守孝様と、かち合った……。なんですか、それ」
笑ってはいけないと、思いつつも、おおよそ掴んでいると言う割りに、突拍子もない事を言う守孝に、常春も、笑いを堪えるのが精一杯だった。
「なあ、その様に、二人して私を困らせないでおくれ」
「いや、別に困らせては、おりませんが、あっ!守孝様こそ、なぜ、外出などを?」
言う紗奈を、常春が、小突く。
「あー、どこぞの姫様の処へ!ならば、兄様、私達も、牛車《くるま》を、降りましょう!」
紗奈の明け透けな言葉に、守孝は、参ったなあと、笑っている。
「だが、あやかしに、出会った身で、しかも、泥だらけの牛車に、乗っては、いかがなものかねぇ。今宵は、屋敷へ戻った方が良いなあ」
あっ、いや、それは、すみません!と、紗奈と、常春が、小さくなった。
せっかくのお楽しみ、そして、相手方も待っているだろうに、自分達が、邪魔をしてしまった。
「まあ、そう気にしなくても良いよ、余り、気が進まなかった相手だから」
断りを入れる理由が出来たと、守孝は、どこか、晴れ晴れとしているが、
「では、本当の所を教えてもらおうか?思えば、かれこれの迷惑をうけているのだからね?」
と、ニンマリ笑った。