うーん、と、守孝《もりたか》は、唸った。
「そうか、タマは、若人にも化けられるのか。秘密袋まで、持っていて、便利そうだなあ」
と、見当外れのところに、食いついていた。
結局、屋敷が、狙われていると思ったら、すでに支配されており、悪党に踊らされただけではなく、紗奈《さな》が、貞操の危機に襲われ、タマも、死にかけるほどの目に会った。そして、これ程、身の危険のある屋敷は、我慢ならぬと、常春《つねはる》、紗奈は、タマを引き連れ、屋敷を出て、里へ帰ろうとしているのだと、守孝へ、話した。
「タマの事をよく、話してくれた。礼を言うよ。それから、そうだなあ。お前達、これから、どうするのだい?結局、勢いで、飛び出して来たのだろう?ただ、それは、正解。危ない所には、いるものじゃない、が……」
「はい」
「だろ?常春。心残りが、後ろ髪を引っ張り倒しているだろう?守満《もりみつ》や、守恵子《もりえこ》がいるのに、とね」
さてもさても、と、守孝は、暫く考えていたが、つと、真面目な顔になり、兄と妹に、問うてきた。
「結局、兄上かい?と、いうか、守恵子か……」
守恵子を入内させて、権力闘争に勝つつもりでいるのが、事の発端。しかし、と、守孝は、言うと、声を潜めた。
「その、策の裏には、あちらの、シジ様がいるんだろうなぁー」
言っていることがわからないと、ポカンとしている二人に、
「禁中、いや、男の世界は、お前達が思うほど、雅でも、甘くもない。実は、鬼も、蛇もいるんだよ。だから、タマは、欲しいなぁ」
と、守孝は、おどけつつも、事の核心を述べた。
「あ、あの、では、守近様が、仕組んだのではなく……」
「ああ、常春や、兄上も、巻き込まれたのだろう。非常に、権力を望まれている、姑様が、後ろにいるのだから」
と、ズバリと、言ってはいけない事を、言ってのけた。
「まあ、これは、内々の話。しかし、このままだと、兄上が、良からぬ輩と組んでいる事になる。さすが、の、策だねぇ」
「守孝様、一体どうすれば?!」
呑気に語る守孝とは、うらはらに、常春の声はうわずっていた。
このままいくと、悪党に屋敷を乗っ取られ、そして、守恵子は、悪の力で入内した、と、噂をたてられ、屋敷も、守恵子も、結局、潰されてしまう。
むろん、守近が、焦った、ということに、されて、公達から、そしりを受ける。
「……そんな、そんな嘘っぱちに、守恵子様を巻き込む訳にはいかない!」
紗奈は、上野の顔に戻りつつも、頬には、涙が流れていた。
「紗奈や、悔しいのは、何もお前だけではない。そうだなあ、ここは、なんとか、いや、ぜひとも、穏便にまとめなければからないのだが」
守孝は、言いつつ、まだ、模索していた。
思えば、守恵子、いや、守近に、何かあるということは、弟である、守孝にも、なにがしか、災いが降りかかる。他人事ではない話なのだ。
「守孝様!では、大元の黒幕、いえ、あちら様を、なんとか、すれば!」
「あらら、紗奈や、気持ちが走り過ぎているよ?考えてごらん、あちら様は、確かに、守恵子の、祖父であり、兄上の、姑であるのだけどね、厄介なことに、左大臣でもあるんだよ」
つまり、まともに、相手は出来ない。むしろ、関わってはならない人物で、しかし、なんとか、押さえなければならないのだと、守孝は、思案し続けていた。
「……ん!そうだ、入内する姫がいると、そして、おかしな噂が広まっていると、常春、言ったよな?」
「あー、内大臣様の、姫君です」
そこにしよう!と、守孝は、ポンと膝を叩いた。
そして、これ!と、車付きの従者へ声をかけた。
「どうやら、良く良く調べると、方位が、悪いらしい。方違えを行う。そして、伝言を……小上臈《こじょうろう》様へ」
えっ!?と、常春が、声を立てた。
「兄様?」
隣に座る、何も知らない紗奈は、兄の狼狽ぶりに驚いている。