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「あ、いたいた」
声と共に後ろから肩を叩かれる。振り返るとコウが笑顔で立っている。
「お早いお戻りで」
胸の真ん中にフォークが刺さっていたにしては復帰が早い。一晩しか経っていない。
「急ぎでお願いしたからな」
「治療を急いでもらうと、別料金か発生するのでは?」
「ああ、お陰で金欠だ。カナデちゃんに手伝って貰わないと、生活が立ち行かないので一緒に来なさい」
「は?」
何故私が手伝わなければならないのか。
コウは疑問に思う私の首元を掴んで事務員さんの所まで引っ張る。
「懸賞金付の給与高め、お願い」
そう言って、事務員さんに向かって自分の右目の下瞼を下げる。ついでに舌も出す。
事務所さんは無表情にコードリーダーのライトを当てて、プリントアウトされた用紙をコウに渡した。
「おぅ、凄いの来たな。行くぞ」
そのまま首元を掴まれて連れ去られる私。
「納得行かない。何で私が手伝いを?」
「連日の高額医療費、誰のせいだと思ってんの?」
「自業自得・・・」
「そんな訳無いよね?気分損ねただけで半殺しとか無いから!普通!」
「『気分損ねただけ』って所がおかしい。意義あり」
「おかしくない!良いから来なさい!」
「・・・」
コウの勢いに、負けた。
「ドレスコード、ねぇ」
私は自慢じゃ無いが背が低い。ヒールの高い靴を履いても160には届かないだろう。レンタルのカクテルドレスは7号、それでも少し大きい。
「もうちょっと中身にボリュームが欲しい所だな」
コウは私の頭から爪先迄ゆっくり視線を流してからそう言った。うるさい。
「・・・帰るよ?」
「いやいや、可愛いヨ?可愛いから帰らないで!」
コウは長身の美丈夫だ。大体何を着ても似合う。勿論今もドレッシーなスーツがとても似合っている。中身の軽さが滲み出てはいるが。
私は仕方なくコウと腕を組んで入り口へと向かって歩いた。中の賑わいを感じながらボディチェックを受ける。武器は持ち込めない。色々仕込んであるモノは、バレずに中に入る事が出来た。
「で?どれ?」
オーバーアライバーがゴロゴロいる会場だ。私は周囲を見回しながらウエイターからアルコールの強い飲料の入ったグラスを一つ受け取る。
「真ん中のアレ」
コウはあらぬ方向の壁側の美女に手を振りながらそう言う。3台並ぶルーレット台の真ん中の事だろう。有名なオーバーアライバーが鎮座している。
「ロリコンで有名よ?」
コウのその言葉に、私の脳裏を嫌な予感が過ぎる。
「・・・そういうの苦手だけど」
そう言った私の右手を取り、中指に指輪を嵌める。
「はい、おまじない。あの辺りが良いかなー?」
窓際から延びる通路を指差して、「じゃ!」と私から離れて行った。
私は溜息を付いた。
「何割か貰いますからね」
呟いてグラスの中身を半分捨てて、残りを一口含んでブクブクと口をゆすぐ。ペッと吐き出してから、ヨタヨタと頼りない足取りで真ん中のルーレット台へと歩き出した。
背の高い男の人にぶつかった。多分「その人」のボディガードだろう。ぶつかった反動で「その人」に寄り掛かるように倒れる。少しグラスの中身を零す。
「あっ・・・」
アルコールの匂いのする息を「その人」の顔に向かって吐き出す。
「すみません・・・」
小声で謝って頭を下げて、またヨタヨタと歩き出す。窓際から延びる通路に向かって。時折人にぶつかりながら。
これで着いて来なかったらもう知らない。帰る。十分働いた。
そう思って歩く。
その時、ぶつかった違う人に声を掛けられた。
「君、大丈夫?大分飲んでるのかな?休める所迄連れてってあげるよ」
違う。お前じゃ無い。
「あ、大丈夫です。一人で歩けますから」
やんわりと断るも、中々引き下がらない。
「でもふらついてて危ないよ?」
30代位の男の人だ。その人は私を支えようとウエストに腕を回してくる。
いやいや、やめて下さい。そう言いたいのに言えないもどかしさ。困ったな。
その時、救いの手が30代男の肩にかかった。
「君、その子は私が運ぶから大丈夫だ。私に任せなさい」
見上げると、「その人」だった。
おお、来たか。
「へ?あ、あなたは・・・」
驚く30代。
「その人」が私のウエストから30代男の腕を外し、なんとそのまま私を姫抱きして運び始める。
「あ、あの、私歩けますから」
私はびっくりしてそう言い、降りようともがく。
「良い良い、私の部屋で休んで行きなさい。運んであげるよ。君軽いね」
エロい顏で下心丸出しだ。予定していた通路から遠ざかり、エレベーターに向かって行く。
通路からコウが顔を出すのが見えた。明らかに焦った顔。しかしすぐに切り替えてエレベーターを指差した。
そ・こ・で。
コウの口がそう形作る。
私は頷き、大人しく抱き抱えられてエレベーターに乗り込んだ。