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第3話〜神憑〜
帰り道は、来た時とは異なる獣道を行く。
太陽が完全に沈み、あたりが漆黒の闇に包まれたその瞬間、森の様相は一変した。
ーーそれは、恐怖というよりは、圧倒的な、美しき神域の姿だった。
「 ……綺麗だ」
ハクトが思わず、吐息のような声を上げた。
森の至る所を薄緑色にぼんやりと発光する、苔やシダ植物が埋め尽くしている。眩く光る何かが飛び回っている。
シャララン、リン、シャラン…
「綺麗だろ旅人、あれはチョウの神、ツクハヌシだ」
蝶の神が羽ばたくごとに、澄んだ鈴の音が森に響く。 一同はただ夢遊病のように歩いた。
「おーい、おーい」茂みの奥から人の声がする。
「みんな!村の人が呼んでる。おーい、こっちです!」フウゴは嬉しさのあまりそれに応えてしまった。
ゼクがフウゴの口を無理やり押さえた。
「何やってんだ。あれはおそらく人間ではない!………..気づかれてないな、良かった」
美しい古代の世界は人間の理解を遥かに超越した、神秘的で理不尽な場所であることを、5人の現代人の魂に深く焼き付けたのだった。
そして、ようやく森の境界が、黄金色の稲穂の波に変わった時、大きくため息をついて、地面にへたり込んだ。
「 …… 生きて、帰れたか」
なんとか食料を確保して帰ってきた者達を、村民は英雄のようにもてなす。
熊の肉が、パチパチと爆ぜる焚き火の炎に照らされて、輝く脂を滴らせている。
「ウーラ! ウーラ!」
黄稲村の中央広場は、歓喜に包まれている。
人間が手に負える領域ではないと恐れられていた「神憑」の獣を討ち取ったのだ。
若者たちだけでなく、老人や子供までが、リズムに合わせて踊っている。
「すっげえ美味いな、この肉!」
フウゴが骨付きの肉を豪快にかぶりつき、口の周りを油だらけにしていた。
タカが水の入った器を片手に、嬉そうにリョウの肩を叩く。
「リョウ、助けてくれてありがとうな。あの状況で頭を正確にブチ抜くなんて、やっぱりすげえな!」
コウルも静かに笑いながら、手元の肉を口に運んでいた。
「カヤ婆さん、この熊は人面熊だったんだぜ!心臓が潰れるかと思ったわい」
「 ヤソガ、あんた何言ってんのよ。日頃からお酒を飲みすぎておかしくなってるわ。それで、この熊は誰が倒したんだい」
ヤソガがリョウの方を指差す。
「あら。御神木の麓に巫女さんがいるから、みてもらったほうがいいんじゃない?」
リョウはただ焚き火を眺めていた。その瞳は、いつもの太陽のような明るさを完全に失い、底知れない底なし沼のように濁っている。
「リョウ? どうしたんだよ、体調悪いのか?」
ヤソガが心配そうに手を伸ばし、リョウの肩に触れようとした。
――バチンッ!!!
乾いた音が響いた。リョウが、ヤソガの手を激しく弾き飛ばしたのだ。
ヤソガが目を見開く。フウゴたちの笑い声が、
一瞬で凍りついた。
リョウはハッとしたように自分の手を見つめ、無理やり作った笑顔をヤソガに向けた。
「あ、、すみません、少し頭がくらくらして。頭冷ましてきます」
「おい大丈夫か?夜に一人で離れるなよ!」
リョウはふらつく足取りで、賑やかな宴の席から離れ、暗い森の境界へと歩き去っていった。
森と村の境界にある、御神木の麓。カヤ婆さんが言っていた通り庵があった。
リョウは導かれるようにそこへ辿り着き、中へ入る。
庵の奥から、ボロ布のような白い着物を纏った老婆が現れた。
長い黒髪が、月光に照らされて妖しく光っている。巫女というよりは魔女に近い。
彼女はリョウを見るなり、その大きな瞳を見開いた。
「哀れだな、神憑」
しわがれた声がリョウの鼓膜を叩く。
「騒ぎを見ておったが、お前が神憑の熊を殺した者だな?やはりその身に神が憑いている」
リョウは自分の胸元を押さえた。心臓の奥が、ドクドクと異常な速さで脈打っている。
「なに!僕を神憑と呼ぶな。僕は人間だ!」
巫女は静かに嘲笑する。
「万物には神、すなわちヌシが潜む。風にも木にも、岩にも。しかし、稀にそのヌシが、この世に降りてきて、生物の体に憑くことがある」
「そしてな、神憑は、その神の力をほんの少しだけ引き出すことができる」
「神の力…..?」
「ああ、じゃが喜ぶでない、それは呪いだ。神は、人間の脆い肉体には大きすぎる存在。お前が神を抑えきれなくなった時、神はお前の肉体を使って完全顕現する。
その瞬間ーーお前は魂ごと消滅し、肉体は負荷に耐えきれず壊れるだろう」
「じゃ、じゃあ俺の中にいるのは、何の神なんだ?」
巫女は床に落ちてある石と土偶を拾い上げ、ガッッと打ち付けあった。
「ーーヌシよ、我、覗き見んとすれば、いざひらきたまえぇ!」リョウの額に人差し指を当てる。
次の瞬間、巫女は膝から崩れ落ち、そのシワ顔の目と鼻からツツッと血が流れ落ちた。
「ヒ…ヒトヌシ….人間の神…….最古のヌシの一つがなぜ今、天から降りてきた。
「ヒトヌシ?」
「 ヒトヌシは人間の記憶を覗くことができる」
「ヒトヌシ?記憶?ああ何もかもわからない!僕は誰なんだ」
もしかすると、何かが僕の体に入り込んだあの時。ヒトヌシは僕の記憶を覗いていたのだろうか。
「はやく出ていけ!私は祟られたくない」怯えながら床を這いつくばる巫女の姿に、リョウは言葉を失った。
追い立てられるように庵を飛び出す。外は、冷たい月光が照らす夜の静寂。
暗闇から声がして、リョウはハッと顔を上げた。
松明を掲げて走ってきたのは、タカとコウルだった。
「やっぱりここにいたか。急にいなくなるからみんな心配してたぞ」
「ごめん。少し考え事しててさ。 タカ、コウル。僕たちは、この世界で生き残らなきゃいけないんだよな」
「あ、ああ、当然だろ? 何言ってんだよ」
「この村の暮らしは脆すぎる。狩りを繰り返せばそのうち死傷者が出るし、もし作物が育たなかったりすれば、僕たちも村の人も簡単に飢えて死ぬ。 …….そうならないために、僕たちの頭の中の知識を使って、まずはこの村の全員が腹いっぱい食えるようにしないか?」
「おう!それいいな。 俺たちの頭の中の知識で、まずはこの村を豊かにしてやろうぜ!」
タカが優しく、しかし力強くリョウの肩を叩いた。 「戻ろう。みんなのところへ」
ーー僕達はまだ知らなかった。
文明の進歩による急激な発展は、同時に、周辺の略奪者たちの目を引くことになることを。
生み出される豊かな食料。
見たこともない強固な道具。
それは、弱肉強食のこの弥生時代において、他者から見れば「全てを奪い尽くしてでも手に入れたい、最上の獲物」に他ならなかった。
暗闇に包まれた森の奥、黄稲村の灯りを見下ろす山頂から、無数の人間の眼が、じっと黄稲村を凝視していた。
影猫パーカー@最低週1投稿目標
コメント
2件

もののけ姫のような美しさがありますね!面白かったです
⋆⸜ 第3話、読了したよ~!⸝⋆ 神憑の概念、めっちゃエモくない?! 巫女さんの「お前は魂ごと消滅する」とかゾクゾクした😭💦 あとリョウの手を弾き飛ばすシーン、切なすぎて泣くかと思った… ラストの「無数の眼」に既に次回が待ち遠しすぎるんだが?! 弥生時代×神憑×知識チート、沼確定やわ…✨ 作者様、続き楽しみにしてます♡