翌日、美宇はどこか上の空で、ぼんやりしていた。
昨日の夜、初めて朔也から電話がかかってきた。
急ぎの用事かと思ったが、ただのたわいのない会話だった。
(あの電話は、何だったんだろう?)
その疑問が、何度も心に浮かんだ。
美宇にとっては嬉しい出来事だったが、同時に戸惑いもあった。
朔也にとっては、スタッフとしての美宇に警戒心がなくなり、軽い気持ちで様子をうかがっただけかもしれない。
けれど、美宇にとっては、大事件だった。
ぼんやりしている美宇に、陶芸教室の生徒・細田が声をかけた。
「七瀬先生、今日はどうしちゃったの? ずっと上の空で……何か心配事でも?」
「本当ねえ、心ここにあらずって感じ? ふふふ」
最年長の長田もそう言ったので、美宇はハッと我に返り、慌てて返事をした。
「す、すみませんっ……ちょっと寝不足かも……」
「あらやだ、寝不足? 今の若い人たちは夜更かしばかりするからねぇ……先生、ちゃんと寝ないとダメよ」
「そうそう。睡眠不足は積み重ねると一気に来るわよ。身体壊したらどうするの?」
「本当にそう! ちゃんと寝ないと!」
次々に母親のようなお説教が続いたので、美宇は照れたように微笑んだ。
「はーい、以後気をつけます! じゃあ、そろそろ休憩にしましょうか。コーヒー淹れてきますね」
美宇は笑顔で言うと、逃げるようにコーヒーを淹れに行った。
キッチンに入ると、思わず「ふうっ」と息を吐く。
(ぼーっとしてちゃダメ。しっかりしないと!)
そう自分に言い聞かせ、人数分のコーヒーを淹れてすぐに工房へ戻る。
そして、コーヒーを飲みながら、美宇は皆の作品にアドバイスを始めた。
生徒たちは真剣に耳を傾け、熱心にメモを取る姿も見られた。
「七瀬先生のアドバイスって、いつも的確よね」
「そうそう。特に器作りに関しては、家事をしている女性ならではの細やかな気配りが感じられるのよねー」
「私なんて、先生が来てから作った食器、毎日使ってるのよ。手抜きのお料理も映えるし、家族にも褒められて、いいことづくし!」
生徒たちの言葉を聞きながら、美宇は嬉しさを感じていた。
「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」
「ねえ、先生、ずっとこの町にいてね。私はこれからもずーっと七瀬先生に教えてもらいたいの」
「私も! この教室にいる時間が本当に癒しなのよ~。だから、先生にはいつまでもここにいてほしいわ」
生徒たちから温かい言葉が次々と飛び出し、美宇は密かに感激していた。
「ありがとうございます。青野先生にクビにされない限りはずっといますので、安心してください」
その言葉に、生徒たちが声を上げて笑った。
すると、生徒の一人、中野が口を開いた。
「そういえば、青野先生は今日戻られるの?」
「はい。夕方以降になるみたいです」
「そうなんだ。でも、七瀬先生がいてくれるから、留守でも安心ね。前はそうもいかなかったし」
「え? 前はアシスタントっていなかったんですか?」
「いた時期もあったけど、すぐ辞めちゃうのよ。ひどい人は一週間でいなくなったこともあるわ」
「そんな人いたわねえ……たしか、青野先生のファンだっていう美大卒の女の子だったわよね? やたら色気を振りまいて、香水の匂いもきつくて……。だから、いなくなってホッとしたのを覚えてるわ」
「あはは、ほんと笑っちゃうわ。青野先生目当てで来た子って、すぐに分かるんだもの。アプローチして相手にされないとすぐに辞めちゃうし。ほんと、何しにこんな北の果てまで来たのかって感じよね~」
生徒たちの話を聞き、美宇は驚いていた。
まさかそんな状況だとは思いもしなかったからだ。
「そうだったんですね」
「そうなの。だから、七瀬先生が来てくれて本当に助かってるの。今までのアシスタントとは全然違うし、指導も上手で、私たちすごく嬉しいのよ。だから、ずっとここにいてよね」
「はい。色気を振りまかないように気をつけて頑張ります」
「やだ~、先生ったら!」
そこで、工房内に笑い声が響いた。
(みんな、いい人たち……私はここに来て、本当に人に恵まれてるわ……)
美宇は、心の底からそう感じていた。
陶芸教室が終わり、後片付けを済ませたあと、美宇は人形作りの続きを始める。
これまで何度か試作品を焼いてみたが、なかなか思うような仕上がりにならなかった。
(形は完璧なのに、あとは色かな……。次に釜入れするときは、釉薬の調合を少し変えてみよう)
そう考えながら、美宇はきりのいいところで作業を終え、帰る準備を始めた。
工房の戸締まりをしっかり確認し、雪の積もった歩道をゆっくりと歩き始める。
空にはぎっしり雪雲が広がっていた。
美宇は空を見上げ、次に視線を海へ移した。
寒々としたオホーツク海には、まだ流氷の気配はなかった。
(本当に流氷なんて来るの?)
そんなことを考えながら、美宇はアパートへ向かって歩き続けた。
コメント
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もう生徒さんからも慕われて溶け込んできましたね! 良い環境です☺️ ここに来てから前をしっかり見て歩いていけそう🎶 朔也さんとも早く気持ちが通じたらいいのにーー❣️
朔也さん、美宇ちゃんのアパート前にいそうな予感💗 美宇ちゃんには朔也さんからのほろよい🍺電話に驚きと戸惑いで身が入らなかったんだね😰 でも皆さんとの会話で気持ちも上がってホッと一息☕️ 流星群🌠🌌を見に行く約束も楽しみだね😋✨ 明日の更新で朔也さんと美宇ちゃんの距離が近くなってることを切に祈ります🙏✨💓
久し振りに息が出来る気がします。ヒーヒーフー。 ここ最近、言葉に詰まってばかりだったので…生徒さんとの会話、和みます( ´▽`) 美宇ちゃんの上の空の原因、皆様お見通しなのでは? そう言えば、ヒーロー側が心に傷を持ってるのって珍しいですよね。 中盤で辛いシーンで落として来るのも珍しいような。 朔也さんがここから再生していく姿に期待しています⤴⤴⤴ 甘々メロメロ甘いメロンにな〜れ🩵