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その日仕事を終えた楓は、一樹と一緒にスーパーへ寄った。


このスーパーは比較的大きな店舗で、二階には衣料品の店が入っている。そして入口のすぐ左手にはアミューズメントスペースもある。

楓のお目当てのガチャポンはここにズラリと並んでいた。



「楓が欲しいのはどれだ?」



ガチャポンの前に行くと一樹が聞いた。

二人が立っている傍を、買物中の主婦達が通り過ぎて行く。

彼女達はスーツをビシッと着こなしたイケメンの一樹に気付くと、途端にチラチラと熱い視線を投げかける。

女性達は一瞬にして一樹の虜になってしまったようだ。



「えっと……これです」



楓が指差したケースを見ながら一樹がふと思い出したように言った。



「なんかこういうのをうちの紅葉も高校時代に集めてたなぁ」

「紅葉さんも? あ、ちなみにこれは昔流行ったキャラクターのリバイバルなんです。だから今すごく人気で……私は施設育ちだからあの頃は買えなくて……」



楓の子供時代の話を聞き一樹は切なくなる。



(親がいないから子供時代には欲しい物も買えなかったんだな……)



そこで一樹は内ポケットから長財布を取り出すと言った。



「そうか。で、どのキャラクターが欲しいんだ?」

「この写真の中の三つ編みでテニスラケットを持っている女の子です。この子だけがどうしても当たらなくて…一番人気だからケースに入っている数が少ないのかな?」



それを聞いた一樹はボックスの中を覗き込む。



「赤いカプセルのやつ?」

「そうです」



すると一樹がボックスを本体から取り外して軽く振ったので楓は驚く。



「え? これって外れるの?」

「ああ。究極の裏技だから店員の前ではやるなよ」



一樹はニヤッと笑うと、大きな体で隠しながら更にケースを振った。



「よし、これで出るかもしれない」



そこで一樹は長財布の小銭入れを覗く。



「チッ、小銭がねーな。両替機ってある?」

「あ、あそこに……」

「ちょっと待ってろ」



一樹はすぐに両替機まで行くと手にいっぱいの百円玉を抱えて戻ってきた。手のひらからこぼれそうな枚数だ。



「えっ? そんなに?」

「これだけあればさすがに当たるよな? もし当たらなかったら全部買い占めろ」

「ぜ、全部はさすがに……」



一樹は5000円分くらいの両替をしたようなので楓は恐縮する。



「ほら、やってみろ」

「あ、はい」



一樹が100円を入れてくれたので楓はレバーをぐるりと回した。

すると青いカプセルが出た。



「あ、これはもう家にあります」

「ほら、次々に回せ。楓が欲しいのが出るまでやってみろ」

「はい」



そこで楓はもう一度レバーを回した。すると今度は黄色のカプセルだった。



「はい次! どんどん回せ」



流れ作業のように一樹が小銭を入れるので、楓はすぐにレバーを回した。

出て来たカプセルを手で持ちきれなくなった楓は、バッグからエコバックを取り出すとそれにカプセルを入れた。

そして再びレバーを回す。

すると12回目にやっとお目当ての赤いカプセルが出た。



「出たっ! 出ましたっ! うわぁ、嬉しいっ」

「良かったな」



楓が嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねる様子を見て、思わず一樹の頬が緩む。

しかし一樹の手のひらにはまだ沢山の硬貨が残っていた。

一樹はそれを全部楓の手に渡すと言った。



「俺は小銭は持ち歩かない主義だから全部使って」

「え? でももう必要ないです」

「他に欲しいキャラでも探したら?」

「え、でも……」



仕方なく楓はガチャポンを端から見ていく。しかし特に欲しいシリーズはない。

その時楓の後ろで一樹が叫んだ。



「おっ? ジンダムシリーズもあるのか?」



楓が振り向くと、一樹は目を輝かせてジンダムのガチャポンを見ている。

そのアニメは兄の良も好きだったので楓も知っていた。



「好きなんですか?」

「ああ。昔結構ハマってプラモデルも作った。楓、ここに硬貨を入れて」

「あ、はい」



楓が100円玉を入れると一樹がレバーを回す。

すると一樹が狙っていた人気のカプセルが一発で出てきた。



「おっ、一発で出たぞ」



目尻に皺を寄せながら嬉しそうに微笑む一樹を見て楓はドキッとする。

その笑顔はとても穏やかで優しい表情をしていた。楓が初めて見る一樹の表情だった。

楓がつい笑顔に見とれていると、一樹がポツリと呟く。



「一発で出ちゃうと小銭が減らないなぁ。残りは楓が買い物の時に使って」

「え…でもまだ4000円くらいありますよ?」



食料品や生活必需品を買う為に、一樹からは既に多額の現金を預かっていた。だからもうこれ以上は必要ないので楓は戸惑う。

その時一樹の肩越しにフードコートが見えた。それを見た楓はひらめく。



「じゃあ残ったお金でここでお食事をしていきませんか?」



楓の提案に一樹は驚く。



「ここはスーパーだろう? レストランなんてないぞ?」

「ありますよ、あそこにフードコートが! ね? あそこで食べて帰りましょう」



楓はニッコリ微笑むと、フードコートへ向かって歩き始めた。

そんな楓の後ろを一樹は少し戸惑い気味について行く。



親子連れで賑わうフードコートに、突然スーツ姿の目力の強いイケメンが現われたので、再び一樹は注目を浴びた。

ここでも女性達は一樹の事をうっとりと眺めている。

しかしそんな視線には全く動じる様子もなく、一樹は堂々と楓のあとをついて行く。


窓際の一番隅の席に座ると楓が言った。



「何がいいですか? 私が買ってきます」

「何があるんだ?」

「あそこにメニューが並んでいます。えっと、たこ焼きにラーメン、カレーや丼物、パスタ。甘い物も一番端にあります」



一樹は目を細めてじっとメニューを見つめてから言った。



「豚丼と蕎麦のセットにするかな」

「わかりました。じゃあ買ってきますね」



楓は一樹にもらった小銭を手にして食べ物を買いに行った。


しばらくすると、トレーを手にした楓が戻って来た。

一樹の分をテーブルに置くと、再び自分の分を取りに行く。そのついでに水とお手拭きも取ってくる。

楓はカレーとクレープを頼んだようだ。


楓が席に着くと早速二人で食べ始めた。

一樹は楓のトレーにある二品を見て笑いながら言った。



「ハハッ、辛いのと甘いのと両方か?」

「あ、何で笑うんですか? クレープはデザートですっ」

「楓もやっぱり女の子なんだな」



一樹は愉快そうに頬を緩めながらそばを食べ始めた。



「うん、思っていたよりも美味いな」

「こういう場所は初めてですか?」

「いや、ここじゃないけど学生時代には紅葉を連れてよく行ったよ」

「そうなんだ……」



やはり一樹は昔から妹思いの兄なんだなと思う。



その時楓の頭の中にある出来事がよみがえった。それは施設に入ってまだ間もない頃の事だった。

楓が仲良くしていた友達の中に裕福な家の子がいた。

しかしある日楓はその子とトラブルになってしまう。その時兄の良が楓を守ってくれた事を思い出したのだ。


急に楓が静かになったので、気になった一樹が聞いた。



「どうした?」

「え? あ、いえ、ちょっと昔の事を思い出してしまって……」

「どんな事?」

「小学生の頃お友達の家に遊びに行った時に、あのキャラクターグッズが部屋の中に山ほど飾られていたんです」

「山ほど? 金持ちの子だったんだな」

「はい。すごいなーっていつもうっとりと眺めていて、その子の家に遊びに行くのを楽しみにしていました。でもある日部屋のキャラクターグッズが一つなくなってしまい、私が盗んだんじゃないかと親御さんが施設に乗り込んで来た事があって」

「乗り込んで? 楓は盗ってないんだろう?」

「もちろんです。で、その時兄が言ってくれたんです。僕の妹はそんな事はしません。疑うなら部屋の中を全部チェックして下さいってね。兄が私を庇ってくれたのはあの時が最初で最後でしたが、でもあの時はすごく嬉しくて……」

「…………」



その話を聞き一樹は蕎麦を食べる手を止めた。



「そんな事もあったのか……」

「はい。あのキャラクターを見たら、なんか急に思い出しちゃって」

「たった一人の家族だもんな、でも本来ならそれが当たり前なんだけどな……君のお兄さんはどこかで道を誤ってしまったのかもしれないね。もしかしたら本人も薄々それに気付いているのかもしれないが、今更引き返せなくなってしまったんだろう」

「気付いているといいのですが……」

「うん。まあだからといって実の妹をあんな目に合わせるのは許せる事ではないけどな」

「はい……」



その後食事を終えた二人は駐車場へ向かった。

歩きながら一樹は楓の手を握る。そして楓の手をギュッと握ってから言った。



「俺を信用しろ。俺は楓の事を決して泣かせたりはしないから……」



突然の言葉に楓は驚く。

しかしその言葉は素直に嬉しかったので、楓は大きくうんと頷くと一樹の手をギュッと握り返した。



短い時間ではあったが、スーパーで過ごした一樹とのひと時はとても楽しいものだった。

普段は見られない一樹の意外な一面を見る事ができ、とても新鮮な気持ちになった。



楓はいつの間にか一樹に対して少しずつ心を開いている自分に気が付いていた。

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