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瑠衣もその女性を見た瞬間、『ウソ……でしょ…………?』と言葉を零しながら一歩踏み出し、川を渡ろうとした。
延々と横たわっている小川に足を入れようとした瞬間、女性が唐突に大きな声で叫ぶ。
『愛音! あんた、その川を絶対に渡っちゃダメ! 川面から足を離しな!!』
天真爛漫で瑠衣の事を『愛音』と呼ぶ女性は、かつての娼館のオーナー、瑠衣が家族のように慕っていた星野凛華だった。
「りっ…………凛華さん!!」
『久しぶりだね、愛音。ってか、あんた、こんな所まで来てるって事は、ほぼ死んでいるようなモンだよ? 何でこっちに来ちゃうかなぁ〜?』
苦笑いを滲ませながらぼやく凛華は川面に視線を落とすと、瑠衣もそこを見やる。
マネキンのようにベッドで横たわっている瑠衣に侑が必死になって話し掛け、医師の朝岡がAEDで心肺蘇生の処置をしている様子が映し出されている。
どうして自分が二人もいるのか? 夢を見てるのではなかったのか? 瑠衣は混乱しつつ困惑の表情を浮かべ、この状況に言葉が出てこない。
『…………ここにいる愛音は、あんたの魂だよ』
ワケが分からなくなっている瑠衣を、凛華がそっと諭した。
「へ!? たっ……魂……!?」
『あんたも私が死んでから、色々な事があって本当に大変だったね。まったく、あの世から見ててヒヤヒヤしたよ。でも愛音を響野様に託したのは、どうやら正解だったようだね……』
川面から視線を外した凛華は、瑠衣と目を合わすと意味深にニヤけた。
「え……? 凛華さん、それってどういう意味ですか!?」
『どういう意味も何も……』
凛華はドヤ顔を見せた後、鼻でフフンっと笑う。
『あんたさぁ、ずっと響野様の事、好きだったんでしょ?』
図星を言い当てられ瑠衣は怯むが、凛華は『全てお見通し』と言いたげに、得意そうな表情を浮かべた。
「凛華さん! 何で知ってるんですか!? 私、一言も凛華さんに話してないはず」
『え? あんた覚えてないの!? あの火事の時、私にすっごい形相で『響野先生からもらった楽器だけは絶対に手放さないって……決めたんだからぁあぁっ!!!!』って言ったんだよ? それ聞いてさぁ、愛音は響野様の事、ずっと好きだったんだって思ったのよ』
「え、バレてたんですか!?」
『そりゃぁもうスカバレよ。だから私、あの火事の時に響野様にあんたを託したのよ。それが結局最期の言葉になっちゃったってワケなんだけどさ……』
「…………」
瑠衣が黙っていると、凛華はパンっと手を叩き、そのまま合わせると申し訳なさそうな面持ちで彼女に謝罪した。
『それから本当にごめん! あんたの大事なお守りのラッパ、守りきれなくてさ……』
「けど、それが原因で……凛華さんが…………」
『それは違うよ。愛音のせいじゃない。オーナーとしての私の仕事は、万が一の時、お客様と娼婦の子たちを完全に避難させる事だったし。あ、でも何人か見知った人がこっちにいたなぁ……。って事は、全員避難させる事ができなかったって事だね……。本当に申し訳ない……』
「凛華さん……」
瑠衣は睫毛を伏せるが、沈み掛けた空気を一掃するように、姉のように慕っていた女性は『もうっ! そんな暗い顔をするんじゃないよ!』と快活に笑った。