『ほら、こんな所で油売ってないで、さっさと響野様の所に戻りな?』
凛華が目を細めながら瑠衣に宥めると、どこか安堵したような面差しで言葉を続けた。
『あの娼館にいた時は言わなかったけどさ、あんたと響野様は、すごくお似合いの二人だよ』
柔らかな眼差しで彼女を包み込む凛華に、瑠衣の視界が次第にぼやけていくと、濃茶の瞳から雫が零れ、足元に咲いているネモフィラの花弁にポタリと落ちた。
『あんたたちは恋人同士になってからも苦難の連続だったでしょ? だから愛音…………いや、瑠衣。今度こそ響野様と一緒に幸せになりなよ?』
「凛華さん……!」
『さて、そろそろ時間だ。瑠衣。二人の幸せを、私は見守ってるからね。じゃあね!』
凛華は親指を立てたポーズを取った後、小さく手を振ると、踵を返し眩い光の向こう側へ向かって歩いていく。
「凛華さん! 待って……!!」
凛華は振り返らず、歩みを止めずに右腕を高く上げながら手を振ると、光の向こう側に溶け込んで消えた。
「凛華……さ……ん……」
淡い青の花々が咲き誇る美しい場所で今生の別を惜しんでいる瑠衣は、その場に崩れ込むようにしゃがむと、彼女の瞳に映る物が歪んでいる中、足元のネモフィラにフォーカスされる。
先ほど零れた涙が、花弁の上で朝露のように残っている。
それを見た瞬間、侑が大きな愛情で瑠衣を包み込んでいるように見え、彼女はゆっくりと立ち上がった。
(戻らなきゃ……何としても…………絶対に響野先生の所へ戻らなきゃ……!!)
瑠衣は後ろを向くと、パステルブルーに染まった丘を駆け上がる。
ここへ来た時には重怠かった足も今は軽くなったような気がして、瑠衣は全速力で青い世界を走り抜けると、漆黒の入口が見えてきた。
何となくではあるが、再び侑の声が聞こえてきたような気がしてならない。
(っ…………ゆ……侑…………さ……んっ……!!)
暗闇の空間へ踏み入れたと同時に瑠衣の視界がハレーションを起こし、一面真っ白に覆われていった。
***
「…………九條さん……戻ってくるんだっ……!」
朝岡は堪らず言葉を零しながらAEDで心肺蘇生の処置を続けている。
「瑠衣! 瑠衣っ!! 俺の元へ戻って来い……!!」
朝岡と侑の呼び掛けにも無反応、心電図モニターも変わらずピーっという鋭い音を響かせたまま。
朝岡は諦めたのか身体を脱力させると、気の抜けた表情を見せながら侑を見やり、数度首を横に振った。