コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
披露宴の感動シーンとも言える、新婦から母への手紙。
奏は、いきものがかりの『ありがとう』を演奏し始めた。
小学校の時からずっと仲良くしてくれている親友に、感謝の気持ちとエールを送る気持ちを鍵盤に乗せ、丁寧に音を紡いでいく。
途中、奏は奈美との沢山の思い出が頭の中を駆け巡り、感無量になって泣きそうになってしまった。
けど、ここはぐっと堪えて演奏し続ける。
最後、新郎新婦が退場する時に、もう一曲弾くのだ。
奏は、気持ちを切り替えて演奏に集中した。
新郎父の挨拶に続き、新郎豪の挨拶で締めくくられて披露宴はお開きとなり、奏は、エルガーの『愛の挨拶』を演奏し始める。
新郎新婦、両家の両親が退場し、列席者が会場からある程度退出したところで、奏は曲をうまく繋いでピアノを弾き終えた。
(何とか弾ききった……)
大きな仕事をやり遂げた達成感と安堵の気持ちで、奏は、大きくフウっと息を吐いた。
無事に披露宴が終わり、司会者とプランナー、キャプテンに挨拶を済ませ、奏は一番最後に会場を出た。
新郎新婦と両家の方が、奏の事を待っていてくれたようで、丁重に挨拶してくれる。
「奏! 今日は朝早くから本当にありがとう! 一生の思い出に残る披露宴になったよ!」
奈美が笑顔を弾けさせながら奏に声を掛けた。
「音羽さん、今日は本当にありがとうございました。奈美の親友でもある音羽さんに披露宴のBGMをお願いして、本当に良かったです。奈美のピアノを弾く姿も見られたし、最高です……!」
奈美の夫、豪も顔を綻ばせて言葉を言ってくれる。
本当に奈美の事が大好きなんだな、と思いながら、奏は親友の夫に微笑む。
「今日はお忙しい中、二人のために披露宴の音楽を担当して下さり、本当にありがとうございました」
豪の両親が、深々と一礼して奏に礼を述べる。
両親とも若々しく、特に父は豪にそっくりで、奏は思わず二度見したほどだ。
豪の母も整った顔立ちで、綺麗なお母さんって感じだ。
「奏ちゃん! 今日は何から何まで本当にありがとうございました。奏ちゃんもすっかり綺麗になって……おばさん久々に奏ちゃんに会えて、すっごく嬉しいわぁ〜! お母さんにも、よろしくお伝え下さいね」
「奈美ママ、ご無沙汰しております! 今日の披露宴でピアノを弾く事ができて、私も嬉しかったです! 私の母にも奈美ママが変わらず元気な事、伝えておきますね!」
奏はつい、昔からの呼び方で奈美の母に挨拶した。
久々に会う奈美の母を見て、昔と変わらず若々しいな、と思う。
不意に、奈美が困ったような表情を浮かべながら、遠慮がちに奏へ聞いてきた。
「奏、この後の二次会…………やっぱり行かないんだよね?」
恐らく、奈美は恋人のいない奏に、出会いのきっかけを作ろうとしているのだろう。
挙式前に、彼女は『奏には幸せになってもらいたい』と言ってくれたのだ。
だが、半ば『大きな仕事』を成し遂げた奏の疲労感は、まだまだ抜けそうにもない。
「うん。今日は帰る。また今度ゆっくり会おうね! じゃあね。お幸せに!」
奏は、新郎新婦、両家の両親に一礼してエントランスへと向かった。
***
奏が、エントランスの扉を開けようとした時だった。
「あの、すみません」
背後から男性の声がする。しかも先ほどの谷岡とは違う、まるで声優かと思わせるような、低くて渋い声。
奏は自分を呼んだとは思いもせず、そのままドアを開いた。
すると、同じ声で再び言葉が投げかけられる。
「先ほどの披露宴で、ピアノを弾いてた方ですよね?」
その言葉に奏は、ようやく自分が声を掛けられている事に気付き、振り返ると、披露宴の歓談中に彼女のピアノをじっと聴いていた男性が立っていた。