奏は開きかけたドアを一旦閉め、こちらに近付いてくる男性と向かい合った。
「突然声を掛けて驚かせてしまいましたね。俺は新郎、本橋豪の高校時代の友人、葉山怜と申します」
(この人……ずっと、私の事を待っていたって事?)
奏はそんな事を考えるが、いや、ありえないでしょ、と思い直した。
高身長、少し短めの黒髪をアップバングにさせ、大きすぎず、小さすぎない奥二重の涼しげな目元。
俳優かと思わせるようなイケメンで、声優ばりのイケボの持ち主。
結婚式に相応しい、ダークグレーのお洒落なスーツを纏っているのを見た奏は、あれ? と思う。
(この男の人……どっかで見た事……ある?)
披露宴でピアノを弾いている時は全然分からなかったが、こうして改めて怜を見ると、何となくどこかで会った事があるような気がしてならない。
すぐに思い出せないし、分からないからまぁいいや、と思いつつ、奏も名を名乗る。
「初めまして。新婦、高村奈美の小中学校時代の友人、音羽奏と申します」
奏が名乗った瞬間、怜は小さく『あっ……』と声を漏らしながら、何かを問いたげな眼差しを送る。
その様子に、奏は訝しげな表情を映した。
「あの、どうかしましたか?」
「あ、いや……何でもないです。それより音羽さん、二次会は行かないんですか?」
「ええ、今日はもう帰ります」
淡々と答える奏に、怜は言いあぐねているような表情をしているが、どこか躊躇っているようにも見えた。
「そういえば、思いっきり出入り口の前で話してましたね。一旦外に出ましょう」
怜は照れたような表情をしながら言うと、先に扉を開けて奏を外へ促し、エントランス近くのベンチへ向かった。
ベンチに腰掛けた二人の間には、夕刻時の冷たい風と沈黙が包んでいる。
男性と二人でいる事を苦手としている奏は、先ほど谷岡と話した時と同様に、怜に対しても少しぶっきらぼうな口調で言葉を発した。
「あの、私に何か用ですか?」
「ああ、そうだった。音羽さん、二次会は行かないんですよね?」
「ええ。このまま帰ります」
奏の言葉に、怜は徐にスマホを取り出し、電話を掛け始めた。
「……もしもし? 豪か? 二次会なんだけどさ、申し訳ないが行けなくなっちゃったわ…………ああ、マジで悪い…………キャンセル料はちゃんと払うからさ……うん…………何で来ないんだって? それは言えねぇな。とりあえず、そういう事で。奥さんにもよろしく……うん、じゃあまたな」
怜は、通話終了のアイコンをタップした後、上着のポケットにしまい込むと、彼は何事も無かったように視線を前に向ける。
そんな彼の様子を呆気に取られながら、奏は怜に質問した。
「葉山さん、二次会に行くはずだったんですよね? 何でわざわざキャンセルしたんですか? ワケわからないんですけど」
二次会に行く予定だったのに、奏が行かないと聞いて参加キャンセルをした怜を、親友夫妻に対して失礼なヤツだな、と思いつつ、奏は若干ムスっとしたような表情を見せた。
怜がゆっくりと奏に顔を向け、真っ直ぐに眼差しを送る。
冗談なのか本気なのか分からない口調で彼女に答えた。
「君が歓談中に、ある曲を弾いているのを聴いて……君と話がしたいと思ったから」