家に戻った綾子はすぐにリビングのファンヒーターをつけた。
朝と夜はだいぶ冷え込む日が増えてきたのでエアコンだともう寒い。
そして綾子はキッチンへ行くと今度は風呂のスイッチを入れてからソファーに座った。
今日はなんだか色々な事があり過ぎて思考の整理が追いつかない。
やはり『God』は神楽坂仁だった。
仁は今日身分を明かすつもりで来ていたようだが綾子が気付いていたので拍子抜けしたようだ。
(フフッ、彼は嘘をつくのが下手みたいね)
ざっくばらんに話す仁のペースにすっかり巻き込まれ、緊張していた綾子もいつの間にかリラックスして話しをしていた。
まあ元々メールや電話でのやり取りがあったのでそれほど違和感もなかった。
綾子はふと仁からのプレゼントを思い出し紙袋から木のおもちゃを取り出す。そして理人のフォトフレームの横に置いた。
(理人、有名な作家さんからのプレゼントよ。良かったわね)
綾子は理人の写真に微笑みながら言った。すると理人が少し笑ったような気がした。
綾子は再びソファーに座ると首からネックレスを外す。そしてネックレスを手に取りじっと見つめた。
(今日の為にわざわざ買いに行ってくれたなんて申し訳ないな……でも嬉しい)
指で優しく天使を撫でるともう一度首にネックレスを着ける。
綾子はちょうどネックレスを無くしたばかりだった。独身時代に買ったお気に入りのネックレスをずっと着けていたが先月どこかで落としてしまったようだ。
お守り代わりだったので無くしてがっかりしていたところへ新たなネックレスがやってきた。それも綾子の好きなエンジェルのモチーフだ。
(理人が天使に生まれ変わってママの元に来てくれたみたいね。これからはずっと一緒ね)
綾子は嬉しくて右手でネックレスをいじりながらそろそろ風呂に入ろうと着替えを取りに寝室へ向かった。
その頃仁はウイスキーを飲みながら綾子が作ってくれた刺繍のフレームを見つめていた。
「これは刺繍っていうんだよな? 確か針で縫うんだろう? 細かい作業なんだろうなぁ」
仁はそう呟きながら見事な仕上がりの刺繍を見つめる。
(家に帰ったら早速飾るか)
そう思いながらフレームをテーブルに置いた。
とりあえず今日は綾子ときちんとした対面出来たので仁はホッとしていた。
ドラマの許可も無事に貰えたので早速悦子にメールで連絡を入れる。これでドラマ制作は急ピッチで進められるだろう。
(それにしてもあの女が『ゆりか』役をあっさりと引き受けたのは意外だったな)
悦子の事だ。おそらく『ゆりか』役は主役とでも言って白鳥ほのかを誘ったのだろう。まあ『主役』というのはあながち間違いではない。『陰』の主役だが。
「ったく悦子も悪よのぉ……」
思わず仁はククッと笑う。
そしてもう一口ウイスキーを飲むと綾子の事を思い返す。
(バッチリ俺好みのイイ女なんだよなぁ。間近で見て余計に惚れちまった……チッ、東京に帰りたくねーなー)
そして仁はスマホのスケジュール帳を開く。ざっと予定を見るとまんべんなく東京での仕事が入っている。
(あー、執筆以外の仕事を入れるんじゃなかったな―、まさかこんな事になるとは思ってもいなかったからな―)
仁は東京での仕事をいくつも入れてしまった自分を恨む。
しかしクリスマスまで綾子に会わないという選択肢は仁にはなかった。
(とりあえずこまめに軽井沢へ通うか)
なぜここまで自分が綾子に執着するのか不思議だった。とにかく綾子に関して仁はじっとはしていられない。
(恋愛ホルモンってのは確か『フェニルエチルアミン』だったかな? きっと今の俺にはガンガン出てるんだろうなぁ。あれは若返り効果もあるのか?)
途端に仁は自分の老化が気になってくる。それもそうだ。若くて美しい綾子を見たら誰だって気になるだろう。
そこで仁はスマホを取り出すと男性用化粧品を検索する。
「俺もとうとうこういうのを使うべき時がきたのか?」
仁はそんな自分が急におかしくなり笑い始めた。
「いずれにせよとにかく押して押して押しまくれ! チャンスは逃すなよ、仁!」
仁は自分にそう言い聞かせるとシャワーを浴びにバスルームへ向かった。
翌日11時ちょうどに仁が迎えに来た。
仁は昨夜と同じように助手席のドアを開けてくれる。綾子はドアの前に立つ仁に挨拶をした。
「こんにちは、昨日はありがとうございました」
「どうも、昨日は寝れた?」
「あ、いえ、なんか少し興奮してたのかあまりよくは…」
「俺といると興奮しちゃうのか? 参ったな―」
「あ、いえ、そんな意味じゃなくって、フフフ」
綾子は仁のふざけたトークに笑ってしまう。仁はわざと『昭和のオヤジ』風の態度で綾子に接しているような気がする。
それはきっと綾子の緊張をほぐす為だろう。
そして二人が乗った車は走り始めた。
「ミカドコーヒーのソフトクリームを食べそこなったな―。今日は寄る時間ねーしな―」
「あそこのソフトクリーム美味しいですよね」
「うん、また来週にするかな」
「え? また来週来るんですか?」
「来るよー綾子ちゃんに会いにー」
「え? でもクリスマスもですよね?」
「クリスマスまでまだかなりあるだろう? だから俺はせっせと会いに来るんですよ」
綾子は驚いていた。
超多忙なはずの有名作家が自分に会う為に来週もはるばる軽井沢まで来るというのだ。
「でもお忙しいのでは? 無理しなくても……」
「会えない方が無理―」
「でも遠いから無理なさらない方が」
「じゃあ綾子ちゃんが東京に来てくれる?」
「…………」
「ほら、来ないだろう? だから俺が来るしかないんだ」
「え……でも話なら電話でもメールでも出来るし」
そこで仁は道の脇に車を停める。ハザードランプを点けてエンジンを切った。
道の両側には森が広がっている。すれ違う車もなく辺りはひっそりとしていた。
時折真っ赤や黄の落葉樹の葉がひらひらと風に乗って舞い降りて来る。
「あのさ、今から俺の言う事ちゃんと聞いてくれる?」
「はい?」
「単刀直入に言うと 俺は綾子ちゃんとお付き合いしたいんです」
「!」
「聞いてる?」
「は、はい……」
「だから会いに来る、そういう事」
「…………」
「返事をすぐに貰おうとは思ってないよ。これから毎週会いに来るから徐々に俺の事を知った上で返事を貰えればいいから」
「…………」
「あれれ? フリーズしちゃったかな?」
その時綾子の心臓はドキドキと高鳴っていた。
まさか有名作家に付き合って欲しいと言われるなんて想像もしていなかった。
しかし実際に言われてみて嫌ではない自分がいた。
いや、むしろ嬉しかった。
綾子は今告白されて気付いた。 自分も仁の事が好きだという事に。
もしかしたら仁に会う前から好きだったのかもしれない。
彼がまだ『God』だった時から、文字だけで会話をしている時から好きになっていたのかもしれない。
その事に今気付いた。
「おいおい綾子ちゃん、そんな思いつめたような顏をしなくても返事は後でいいか……」
仁がまだ言い終えないうちに綾子が被せるように言った。
「私も好きです」
「え?」
仁は驚く。
「多分メール交換をしていた時から『God』さんの事を好きになっていたんだと思います。ただそれが作家の神楽坂仁さんだと知り多少戸惑ったりもしましたが……多分私はあなたの事が好きなんだと思います」
綾子は一気に話し終えると深呼吸をする。息をするのも忘れて一気に思いを伝えた。
そして少し頬を染めてうつむく。そんな綾子が仁は愛おしくて仕方がなかった。
仁はたまらなくなり綾子の顎に指を添えクイッと持ち上げると素早く唇を重ねた。
「んっ……」
突然キスをされたので思わず綾子が声を漏らした。しかしその声はすぐにかき消される。
車内には二人のリップ音が響き渡る。
気付くと綾子は仁の腕の中にすっぽりと包まれていた。
綾子の手が仁の背中に回り二人はさらに身体を寄せ合い激しい口づけを交わす。
仁の熱を帯びた唇はやがて綾子の耳や首筋を這いまわる。
「はぁっ……」
綾子が切ない声を漏らすと仁の唇はさらに情熱的になる。
二人の荒い呼吸と共にリップ音がさらに大きくなる。
その時前方から車の音が聞こえて来た。対向車が来たようだ。
二人は慌てて身を離すと衣服や髪の乱れを整えた。
「参ったな……車が来なかったらここで最後までしそうだった」
その言葉に思わず綾子がクスクスと笑い出す。
「ここでは無理です」
「いや、頑張ればいけるだろう?」
「無理です」
「じゃあウチにくる?」
綾子はドキッとしたが動揺を隠しながら答えた。
「たしか東京でお仕事でしたよね?」
「あ、そうだったクソーーー」
「その前にお蕎麦!」
「あ、蕎麦だったクソーーー」
「フフフッ」
「ハハハハッ」
仁は参ったなという顔をして両手で髪を掻き上げる。そして今度は真面目に綾子に聞いた。
「じゃあ俺と付き合ってくれるんだね?」
綾子は少し照れたようにうんと頷いた。
「よっしゃ! 一気にやる気が出た。仕事頑張るぞー!」
「頑張って下さい」
「おーまかせとけ。じゃあとりあえず腹ごしらえだな」
仁は再びエンジンをかけると車をスタートさせた。
その後二人は道の駅でこの前と同じ『天もり蕎麦』を頼み同じテーブルで向かい合って食べた。
「やっぱり二人で食べた方が美味いな」
「うん」
「今日もネックレス着けてくれてる」
「うん」
綾子はもぐもぐしながら頷いた。
そして口の中の物を飲み込むと仁に言った。
「それにしてもあの時は偶然ここでお会いして驚きました。まさか道の駅で有名作家さんにお会いするとは思ってもいなかったから」
「そ、そうだね……いやー縁って不思議なもんだなぁ」
仁はしらばっくれてごまかす。
仁がわざわざ綾子を探して会いに来たという事は伏せておく事にする。
(そのくらいの嘘は神様が許してくれるよな? いや、俺が神なんだからその辺はOKだろう?)
そう思いながらニッコリと頷く。
蕎麦を食べ終わると綾子が少し買い物をしたいと言うので二人でマーケットへ入った。
綾子はカゴにいくつかの野菜を入れた後スイーツコーナーでダックワーズを二つ手に取る。
仁が代金を払おうとすると大丈夫といって自分で払った。
そしてダッグワーズを一つ別の袋に入れて 仁に渡した。
「これ凄く美味しいの。東京で甘い物が欲しくなったら食べて下さい」
仁は思いがけないプレゼントに微笑む。
「ありがとう、本当に君は天使だ」
仁は嬉しそうにダックワーズを受け取ると綾子のおでこにチュッとキスをした。
それから綾子の手を握って車の方へ向かった。
そんな二人の事をマーケットの一番奥にいた女性が見ていた。女性は驚いた顔をしている。
「おい、終わったか?」
女性に男性が声をかける。
「うん、兄さん終わったよ。ここに並べりゃあいいんだろう?」
「そうだ。じゃ帰るか」
「あいよ……」
そこにいたのは光江だった。
光江はマーケット内に作家の神楽坂仁がいるのを目ざとく見つけた。
神楽坂仁がこの辺りに別荘を持っているのは知っていたので彼がここにいる事にはそれほど驚かなかったが光江は別の事で驚いていた。
それは神楽坂仁が女性を連れていたからだ。
そしてその女性が内野綾子だったから更に驚く。二人は仲睦まじく買い物を終えた後なんと神楽坂仁が綾子のおでこにキスをしているではないか。
「兄さん、あたしゃ今凄いものを見ちまったよ」
「なんだ、凄いものって」
「うん、それがさぁ車の中で話すよ」
「なんだ? もったいぶって」
「さ、行こう行こう」
光江は兄を急き立てるようにして車へと向かった。
その頃仁と綾子は車で綾子の家へ向かっていた。
車が綾子の家の前に着くと仁はもう一度綾子を引き寄せキスをする。
しかしそのキスはいつまでも終わらないので綾子が身をよじる。
「帰らないと」
「帰りたくねー」
「はいはい」
「ちっくしょー、しょうがねー帰るか」
仁は諦めた様子で言った。
「じゃあ、またこっちに来る日が決まったら連絡するから俺の為に空けておけよー」
「わかりました。気を付けて帰ってね」
「おう。じゃ、綾子、またな」
「うん」
そして綾子は走り去る車を笑顔で見送った。
車のハンドルを握りながら仁は鼻歌を歌い出す。
まさか綾子からこんなに早くOKを貰えるとは思っていなかった。
「やったぞ」
仁は天にも昇る気持ちだった。今なら何でも出来そうな気がする。
「よしっ、東京での仕事はさっさと片付けて早く戻って来るぞー」
そう呟くと仁は軽快にハンドルを握った。
一方綾子は家に入るなりへなへなとソファーへ崩れ落ちる。
「どうしよう……神楽坂仁先生と付き合う事になっちゃった。まさかこんな事になるなんて」
突発的に綾子も思いを伝えてしまったが本心だったので後悔はない。
今まで生きてきて自分から思いを伝えたのは初めてだった。
綾子は無意識に右手の指で唇をなぞる。
唇には仁にキスされた時の感触がまだ残っていた。
男性とキスをしたのはかなり久しぶりだったので今もまだ胸がドキドキしている。
そこで綾子はふと理人の写真を見た。
(理人、ママ恋しちゃった……許してくれる? ママに好きな人が出来た事を……)
その時窓の外に何かがちらついた。
「雪?」
綾子は慌てて窓辺に駆け寄り外を眺める。
すると小粒の雪がハラハラと空から舞い降りてきた。
フワフワと舞い落ちる雪は綾子の膝の上に落ちてきた小鳥の羽根と似ていた。
(これが理人の答えなの? 理人はいいよって言っているの?)
綾子は涙ぐみながら心の中で問いかける。
すると次の瞬間雪は風でフワッと高く舞い上がり再びハラハラと落ちてきた。
それはまるで理人からの合図のようだった。
コメント
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じっとしていられない…このひと言で仁の素朴で素直で率直な行動力ある性質が伝わってくる。人を惹きつける魅力のある自由な人だと感じた。 舞う雪の様子ひとつで母想いで3歳にしてナイトでもあった理人の聡明さが伝わる。そして、被せる様に想いを口走る様に、綾子の直感力と芯の強さを感じた。 旦那が少し前に北海道から都内へ転勤。住まいは埼玉。不思議な縁ですが、3連休は軽井沢へ行きます。このストーリーが近くなる。
キャアー!!!( 〃▽〃)告白キタ━(゚∀゚)━!♥️💙♥️💙♥️💙 仁さんの 全く迷いの無い ストレートな交際申し込みに💙、 同じく、 迷い無い ストレートな 愛の告白でお返事しちゃう綾子さん....♥️ 🤭💖キャアー( 〃▽〃)♡ 。・゚・(ノ∀`)・゚・。♡オメデトウ~(^_^)∠※ ついに二人は恋人同士に....💏💕💕ウレシイ👏👏👏 理人くんは 仁さんからのプレゼントのおもちゃも🚗、 恋人ができて幸せそうなママのこともきっと喜んでくれているし🍀✨ 笑顔のママと 新しいパパになるかもしれない人を、 お空の上から優しく見守っていると思う....👼❄️☃️♥️ 道の駅で 仲睦まじい二人の様子を見ていた光江さん✨✨ 彼女も 二人のことを心から 祝福してくれそうですね🥺💐💕✨
フワリと舞い降りてきた天使の羽のような小さな雪❄️理人くんも喜んでくれたみたいですね✨💖✨