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――何が起きたのか? 二人にはおろか、雫本人にすらも理解出来ていない。
見えなかった――ただ、音が後から聴こえ、錐斗の姿は何時の間にか雫の後方の彼方へ。
「ぐぅっ!!」
そして一拍子置いて、雫の脇腹から鮮血が噴き出していた。
“何気無く”突き出した錐斗の右掌は、雫本人にすら悟られる事無く、その脇腹を捕らえていたのだ。
「幸人お兄ちゃんっ!!」
悠莉の悲痛な叫び。彼女が――ジュウベエすらも、その状況に驚愕したのも無理はない。
“何だあのとんでもないスピードはっ!? 幸人といえど反応出来るレベルじゃねぇぞ?”
錐斗が放っていた然り気無い一撃。だがそれは想像を絶する、超々速度域の一撃。
「流石だな幸人? 今ので腹がサヨナラする筈が、反射的に身を捻ってその程度で済むとはな」
意外そうに向き直る錐斗に対し、雫は溢れる出血を押さえながら、反射的に飛び退いて錐斗から大幅に距離を取った。
「ちっ……」
――傷は深い。雫は止まらない出血量から推測。だが内臓器官にまで届いていないのは、不幸中の幸いだった。
氷で応急的にその抉られた傷口を塞ぐ。一先ずの出血は強制的に止まった。だが何時までもこの速度域の攻撃を避けれるものではない――
“ミラージュ・リフレクト・ゼロ ~極零鏡面反射”
これ迄に無い危機感を察知した雫は、反射的に絶対防御体制を取る。
瞬間――雫の前方位が蒼白い光幕で覆われた。
大陸間弾道ミサイルすらも防げる、マイナス電磁波による絶対防御術。
「ほう……考えたな」
錐斗は再び右手を引き絞り、雫へと狙いを定めるが――この防御幕を破るのは、如何なる攻撃手段を以てしても至難の筈。
だが錐斗はまるで意に介さず――跳躍突進。
やはり錐斗の姿は軌道が見えない。ただ大地が巻き上がるように、軌道に併せて吹き荒れるだけだ。
既に氷河の大地は錐斗の二合目で、既に半壊状態。
だが錐斗の一撃は、絶対的なマイナス電磁波の前で――止まる。
技後硬直時に悠々と反撃すればそれでいい――筈なのに。
迫り来る掌打、だが錐斗は右を“振り抜かない”。そのまま左肩ごと電磁波の渦へ突進。
「――っ!?」
これには雫も怪訝の思う他無い。
「……重火器から異能まで、あらゆる運動エネルギーを弾くその技の弱点――」
錐斗は止まる事無く、雫の間合いに侵入。完全に不意を突かれた。
「素通り出来る唯一の武器――“肉体”ごと超接近戦に持ち込めば、異能が電磁波の影響を受ける事はねぇ!」
錐斗はほぼ零距離から、掬い上げるように掌打を繰り出す。この位置から狙うは――心臓。
だがその威力は心臓もろとも、上半身が消し飛ぶだろう。
「ぐっ!!」
生死の狭間。その一瞬の判断。雫は全神経から全思考を防御のみに廻し、間合い外へと飛び退いていた。
寸での処で掌打は虚無を通過。だが通過した空間そのものが消し飛ぶ。
身体に触れていないとはいえ、雫の上半身には斜め下から抉られたように、傷痕が刻まれた。そしてそれは即座に鮮血となって外部へと排出。
この間、僅か刹那の攻防。
何が起きたのか知覚すら出来ない。ただ悠莉やジュウベエの目には、雫が一方的に押されてる――としか。
「くっ……」
雫は既に息が上がっている。まだ一度も直撃を受けてないとはいえ、身体は既に多大な損傷を被ってしまった。
直撃されれば――間違いなく即死だ。威力が物理現象の次元を超えている。
それにしても錐斗の冷静な戦略には感服、そして震撼するしかない。
マイナス電磁波を破る方法は無いが、看破する方法――錐斗の取った行動は理論的には正しい。
だが人体に及ぶ影響すらも厭わぬその戦略は、無謀としか言い様がなかった。
雫は再度氷で傷痕を止血するが、“このまま”では殺られるのは時間の問題である事を痛感していた。
単純なスピードやパワーと云った、基本的戦闘性能で完全に自分を上回れていると。
それに対抗する術は――
「どうよ幸人?」
だが不思議な事に錐斗は追撃の構えを見せず、ゆっくりと歩み寄って来た。
「お前の力はどちらかというと、攻撃向けじゃない防御特化の能力。このレベル域ともなると、相性的に今の俺にお前じゃ勝てねぇよ」
錐斗の言い分は正に的を射ている。雫の防御能力を上回れる現在の錐斗の力の前では、相対的に雫の勝機は望み薄と云えよう。
攻撃能力は――錐斗が遥かに上だ。
「……くっ!」
それは雫も認めざるを得ない。悔し紛れなのか、苦虫を噛み潰すような歯軋りがそれを如実に表していた。
だがどうした事だろう? 後は止めを刺すのみなのだが、錐斗に追撃の気配が感じられないのは。
「いい加減目を覚ませや幸人? このままじゃ只の犬死にだ。どんな綺麗事並べても、死んだらそれで終わりだ……誰も守れやしねぇ」
雫を見下ろす形となっているが、彼は決して見下している訳ではない。
「あの子の為にも……此所で死んでいいのか? いい訳ねぇだろ? これが最後だ――俺と一緒に来い!」
錐斗は遠目で見守るしかない悠莉の姿を指差し、かつての親友へと促した。
やはり錐斗――勝弘にとって幸人は特別であって、道を違えた今でもそれは変わらないのだ。出来れば殺したくない――共に一緒の道を歩んで欲しいと。
だからこそ絶好の機会の筈なのに、追撃の構えを見せないでいたのだ。
――暫しの沈黙が支配したが。
「確かにな……。だが俺はお前とは行けない」
押さえていた傷口から手を離し、雫のはっきりとした拒否の声。
「幸人ぉぉぉ!」
雫の揺るぎない意思は、この窮地に於いても変わる事は無い。
「それに……俺は此所で死ぬつもりもない。お前を――お前達を止める迄は」
「こっ……の――大馬鹿野郎がぁぁぁ!!」
吼える錐斗のそれは、行き場の無い怒り。
幸人が拒否する以上、敵対者としてもろごと消し去らねばならない。
「ならばお前は俺等の危険分子として、この場で殺さなきゃなんねぇ! 今度は――本気でな!!」
怒りにも似た想いが呼応するが如く、錐斗の右腕が一段と光り輝く。
もう慈悲も――躊躇も無い。
錐斗の猛烈な掌打が雫へ突き出された。
「やべぇ幸人逃げろぉぉぉ!!」
「やめてぇぇぇ!!」
それは存在そのものを滅殺せん程の威力を秘めているで在ろう事は、端から見ても一目瞭然。下手すれば此処等全域が消し飛びかねない。
マイナス電磁波の絶対防御が通用しない以上、雫が対抗する術は――無い。
錐斗の言語を絶する別次元の一撃が全てを終わらせる――その瞬間の事だった。