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#再会
イツカ
943
#魔法
しろのね
318
藍 羅 . 🎧🌿
98
「ねぇママ〜。どうして、じゅりには、パパがいないのぉ?」
愛娘から唐突に質問をされた村下 由恵は、息を詰まらせた。
お盆休みも過ぎ、残暑が厳しい夏の夜、夕食の準備で包丁で具材を切っていた手が止まり、まな板の上に散らばっている野菜の切りくずに視線が落ちる。
額から滲む汗が頬に伝い、彼女は手の甲で拭うと、シンクの蛇口をひねり、手を洗った。
娘・樹里の出自は、由恵の口から堂々と話せる事ではない。
樹里の父親は、由恵が以前好きだった既婚の男、橋本 夏樹と身体の関係を結んで宿した子ども。
自分が死ぬまで、この事は娘に言わず、墓場まで持ち込む決意をしていた由恵。
けれど、保育園でのお迎えや行事など、他の子が父親と一緒にいるのを見て、樹里は疑問に思ったのだろう。
夏樹譲りの、大きすぎず小さすぎない涼しげな目元に、長い黒髪と漆黒の瞳、三歳児にしては上品な雰囲気を持つ顔立ちは、由恵に似た樹里。
かけがえのない娘の率直な言葉に、由恵の胸中は押しつぶされそうな苦しさに襲われた。
三年前の二〇二六年、好きだったと安直な気持ちで、既婚者の夏樹に抱かれた事を、由恵は今でも罪を犯した、と思っている。
仕事帰り、立川駅周辺で夏樹と再会し、食事をした後、横浜へドライブに行った二人は、ホテルで一夜を過ごした。
当時の夏樹は妻と別居中だった事もあり、由恵の中では『男の妻に申し訳ない』という思いよりも、『好きだった男と過ごせる嬉しさ』が勝り、夏樹の腕の中で何度も女の悦(よろこ)びを解き放った記憶がよみがえる。
由恵は、男と関係を持った後に罪悪感を抱き、夏樹とはもう会わないと決意をすると、眠っている男を置いてホテルを後にした。
男の連絡先も、すぐに削除。
この密事で、夏樹との子を身ごもったけれど、堕胎する選択はなかった由恵。
バツイチの彼女は、再婚も自身の子を産み育てる事を諦めていたけど、妊娠を知った時、好きだった夏樹との子を産みたい、しっかり育て上げたいと強く思い、周囲の反対を押し切って樹里を出産。
既婚の男と一夜限りの秘め事の償いは、夏樹との間に宿した樹里を、独り立ちするまで親としての責任を果たす事。
シングルマザーでも、夏樹が由恵との間にできた子の存在を知っていても知らなくても構わない。
そんな気持ちで、この三年間を過ごしてきた。
さらに一ヶ月ほど前、三年振りに立川駅周辺で男と再会。
すれ違った際、夏樹に名前を呼ばれたけれど、由恵は過去を断つように、毅然としながら歩き続けた。
でも………と、彼女は不意に思う。
あの時、男が私の名を呼んで振り返っていれば、違う道が開けたのだろうか?
男が妻と離婚し、私の夫になっていたら、家族三人で幸せに過ごせたのだろうか? と。
コメント
1件
うわあ…第1話からすごく重くて繊細な空気ですね。娘の「パパがいないの?」という純粋な問いが、由恵の胸の奥にずしりと刺さるのが伝わってきました。既婚者との一夜の過ちを「罪」と捉えつつ、それでも産んだ選択を貫いてきた強さ。そして最後の「もしあの時振り返っていたら」というifの思いが、タイトル「あなたが夫だったら」に綺麗に繋がっていて、設定の設計が巧みだなと感じました。この先、すれ違った男との関係がどう動くのか、気になります。