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#幼なじみ
#大人の恋愛
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諒の部屋の前に着いて、私はドアを静かにノックした。少し待っていると、諒が顔を出す。私を見て微笑んだ。
「できたのか?」
「うん。栞のチョコと、私が作ったパウンドケーキ。食べたら後で感想教えてね。はい、これ」
トレイごと差し出す私に、諒は開けたドアを支えながら言う。
「そこのテーブルに置いてもらえる?」
「え、うん。お邪魔します……」
小さな頃にはよく入ったことのある部屋だが、彼が中学生になってからは立ち入ったことがない。思っていたよりもきれいに片付いていて、少し驚く。どちらかというと綺麗好きな方だったかしら、などと昔を思い出しながら、私はおずおずと足を踏み入れた。彼が目で示した小さなテーブルの上にトレイを置く。
「それじゃ、行くね」
「もう?味の感想は聞いていかなくていいのか?」
「後でいいよ」
「ちょうど休憩にしようと思っていたところなんだ。これを食べ終わるまででいいから、少し話し相手になってくれよ」
「でも、邪魔でしょ?」
「邪魔?そんなわけないだろ。たまには瑞月の話も色々聞きたい。学校のこととかさ」
「私の話なんて面白くもないけど……。それじゃあ、失礼します」
諒がぷっと吹き出した。
「ずいぶん固いなぁ。ついこの前までは、栞以上に俺の後をくっついて歩いていたくせに」
「この前って、ものすごく小さい時のことでしょ?さっきも言ったけど、私、もう子どもじゃないよ」
「でも、まだまだ大人じゃないだろ」
「諒ちゃんだってそうじゃない。まだ高校生なんだから」
「それはそうなんだけどさ」
諒はくすっと笑うと、テーブルを挟んで私の前に腰を下ろした。
「どれどれ。お、うまそう。焼きたて?瑞月が作ったのか?今うちで?」
「うん。本当は明日の方が、もっとおいしくなると思うんだけど。まだ残ってるから、おじさんとおばさんにも食べてもらってね」
「ありがとう。こっちは栞が作ったやつ?あいつ、ちゃんと作れたのか?」
「初めてとは思えないくらい、上手にできてたよ。なんかね、作ってあげたい人がいるみたいでね。すごく丁寧に真剣に頑張ってた。あ、今の話、私が言ったってことは、栞に絶対に内緒だよ」
「ふぅん……」
諒はぱくりとケーキにかぶりつきながら私を見た。
「……もしかして、美味しくなかった?」
彼の反応に不安になって表情を曇らせる私に、諒は首を横に振る。
「そうじゃなくて、すっごくうまい。この模様も綺麗にできてる。瑞月ってほんとすごい、と思って見てたんだよ」
真面目な顔で言われて私は照れた。
「全然すごくないよ。もしもそう見えるとしたら、凛ちゃんの教え方が上手だからよ」
「凛か……。確かに、あいつはすごいよ。うちの学校、男子も家庭科の授業があるんだけど、この前あいつの手際の良さに先生も驚いてた」
諒の言う凛の手際の良さが想像できて、私は笑う。
「凛ちゃんは私の先生だからね」
「そうだったな。……ところでさ、お前も誰かにチョコとかあげたりするわけ?」
栞にも同じことを訊かれたと可笑しくなる。
「お父さんと、あとは凛ちゃんに、かな」
「凛?俺には?」
不満そうな顔をする諒に私は目を瞬き、首を傾げた。
「凛ちゃんにはカムフラージュの意味があって渡してるの。自分で作るんじゃ味気ないって言うから。でも諒ちゃんは、私からなんて必要ないでしょ?毎年山のようにもらってくるし、彼女さんからだってもらうだろうから」
「彼女なんかいないよ」
「え、そうなの?」
私は目を瞬かせて諒の顔をまじまじと見た。
「意外」
「意外ってなんだよ。俺は俺で色々あって、そういう人を作ってる暇なんかないの」
「せっかくモテるのに、なんだか残念ねぇ……」
諒は私の顔をまじまじと見て、それから脱力したように大きなため息をついた。
「だから、不特定多数からもらうんなら、瑞月からほしいなと思ったんだよ」
「今までそんなこと言ったことないよね」
「それは、ほら。今日作るって知ったから」
「そんなに欲しいんなら、作るけど……」
「言ってみるもんだな」
諒は嬉しそうに笑い、ふと真顔になって言った。
「バレンタイン・デイって、好きな相手にチョコを渡す日だよな?瑞月はそういう相手、いないのか?」
「いないねぇ……」
「寂しいな」
「彼女のいない諒ちゃんからは言われたくないよ。それに、好きな人がいなくても別に何も困らないもの」
「そう言う人に限って、変な男を好きになったりしてな。せいぜい気をつけろよ」
「諒ちゃんこそ気を付けた方がいいんじゃない?モテすぎて色んな恨みを買ったりしないように」
本気ではない憎まれ口をたたきながら、私は空になった小皿を回収する。
「そろそろ戻るね」
立ち上がってドアに向かおうとして、途中で何かにつまずいた。バランスを崩して倒れかけた私を、諒の腕が慌てて抱き止める。その拍子に持っていた小皿が床に落ちた。
「気をつけろよ。びっくりするだろ」
「ご、ごめんね」
諒は苦笑を浮かべて昔の話を持ち出した。
「子どもの頃の瑞月はよく転んだり、足首を捻ったりしてたな」
「そうだったね。それでよく諒ちゃんのお父さんにお世話になってた」
私も苦笑で返してから、彼がまだ腕を離していないことに気づく。困った顔で彼を見上げた。
「諒ちゃん、もう大丈夫だよ?」
彼ははっとした様子で慌てて私から離れた。
「わ、悪い。とにかく、転ばなくて良かった」
「ありがとう」
私は落とした小皿を拾い上げ、諒に笑いかけた。
「私、行くね」
「もう行くのか」
諒は物足りなさそうな顔をした。しかし彼は受験生だ。
「これ以上ここにいたら、勉強の邪魔になっちゃうでしょ。諒ちゃんなら合格間違いなしだと思うけど、受験頑張ってね」
諒の表情が和らいだ。
「あぁ、頑張るよ。お菓子うまかった。ごちそう様。栞のもなかなかうまかった」
「言っておく。あ、チョコがほしいんだったね。特別に作ってあげる。大学の合格祝いとは別に」
「あぁ、楽しみにしてるよ」
彼がにこりと笑った時、階下から栞の声が聞こえてきた。
「瑞月ぃ!紅茶、淹れたよ!」
「はぁい!……じゃあ、またね」
「あぁ。あとは自分で片づけるから」
彼の部屋を出て階段を降りて行くと、栞が待っていた。私の顔を見て目を見開く。
「どうしたの、瑞月」
「何が?」
「なんだかにこにこしてる」
「そう?久々に諒ちゃんと喋れたからかな。お菓子も美味しいって」
「ふぅん?」
私をしげしげと見ていた栞だったが小さく苦笑し、私の手を引いてキッチンに戻る。
「お茶にしよう。瑞月のパウンドケーキ、あたしも早く食べたい」
栞の急かす声に、私は早速パウンドケーキを切り分けるべくナイフを手に取った。