テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
翌日、出勤して席についた凛に、総務課の同期、斉藤理恵(さいとう りえ/30歳)が声をかけてきた。
「おはよう、凛」
「理恵、おはよう。どうしたの?」
「田辺部長に書類を届けに来たの。それより、昨日どうだった?」
理恵は凛の隣の空いた席に座り、顔を寄せて小声で聞いた。
「うん、ちゃんと伝えてきた」
「そっか……。で、相手は何て?」
理恵は、凛がマッチングアプリで婚活していることを知っている。そのアプリを勧めたのは、ほかでもない理恵だった。
「分かってはもらえたけど、なんかね~」
「え? 何かあったの?」
「プライドを傷付けちゃったみたいで、嫌味言われちゃった」
「嫌味? 何て?」
「『もう30なのに、俺を振って大丈夫?』みたいな感じ」
「うわー、言うねぇ。やっぱり凛が言ってた通り、俺様系だ」
「うん。人って予想外のことが起きると本性出るよね」
「ほんとそれ。でも、付き合う前に気づけて良かったじゃん」
「うん……でも、なんか後味悪くて」
「ごめんねー。私が強引に勧めちゃったから……」
「ううん、理恵のせいじゃないよ。でも、最初の勘って当たるんだね」
「最初の勘?」
「初対面で感じる違和感みたいなやつ? 動物的な本能というか」
「なるほどね。たしかにそういう『勘』って当たること多いよね。でも、あのサイトって一部上場企業の人限定だし、独身証明書と年収証明書も出すでしょ? だからちゃんとした人ばかりだって思ってたけど、案外そうでもないよね」
「うん。条件が良くても、理想に近い人ってなかなかいないよね」
「ほんとそれ」
「で、理恵の方はどうだったの? また会ったんでしょ? 20人目だっけ?」
「うん、一昨日会ったよ」
「どうだった?」
「顔がタイプじゃないから却下! あれは完全に写真詐欺だな」
「そっか。でも、一度会って無理って分かるなら、あと腐れなくていいよね」
「そうなの。だから、理想の人に出会うまでは数をこなすことが大事なんだよ」
「そのガッツが羨ましい~。私はもういいかな」
「えっ? もうやめるの? 凛、まだ三人しか会ってないじゃん」
「うん。でも、もういいや。仕事に集中する」
「えーっ、でも凛、子供欲しいんでしょ? のんびりしてたら間に合わなくなるよ」
「それはそうだけど、そうなったらそうなったで運命を受け入れるよ」
「ちょっと! 諦めるの早いって!まだ諦めんな―」
そのとき、奥の席から理恵を呼ぶ声がした。
「斉藤さーん! ちょうどよかった、今いい?」
「はーい! 今行きまーす。じゃあ凛、またね!」
「うん」
凛は軽く頷き、理恵の後ろ姿を見送った。
その日の午後、凛は部長の田辺(たなべ)に呼び出された。
「部長、何か御用でしょうか?」
会議室に入ると、凛は田辺の前に腰を下ろした。
「忙しいところ悪いね。実は明日のことなんだが、私の知り合いがうちに来るのは知ってるね?」
「はい。それが何か?」
「『真壁颯介(まかべ そうすけ)』って聞いたことあるかな?」
その名前を聞いた瞬間、凛はどこかで耳にした覚えがある気がした。
「聞いたことはありますが、どこでだったか……」
「業界紙やニュースで見たんだと思うよ。彼はフリーの不動産のエージェントなんだ」
田辺の説明を聞き、凛はハッとした。
「思い出しました。若くして『不動産王』と呼ばれている方ですよね? ご自身でも不動産をかなり所有しているという……」
「そう。その真壁君が明日来るんだ」
「えっ? 部長、お知り合いなんですか?」
「ああ。前に釣り船で一緒になって、それ以来の付き合いでね」
田辺の趣味が釣りだと知っていた凛は、なるほどと頷いた。
「そうでしたか。でも、その方がどうしてうちに?」
「今度売り出すタワマンの話をしたら、一つ買ってもいいって言ってくれてね」
「ええっ、すごい! ラッキーでしたね」
「うん、営業してみるもんだな」
田辺はそう言って笑った。
「それで、私は何を?」
「実は、物件を購入する代わりに、インテリアコーディネーターを紹介してほしいって言われてね。それで、君がいいんじゃないかと思ったんだ」
思いがけない話に、凛は驚いた。
たしかに彼女は商業施設やマンションの企画段階から関わり、コンセプトに合わせた空間デザインや室内装飾を手掛けてきた。経験を積んだあと、いずれ独立したいという思いもある。
だから、この話が凛にとって大きなプラスになるのは間違いない。
それにしても、『不動産王』とも呼ばれるような大物が、なぜ田辺に人材の紹介を頼むのだろう。
凛は不思議に思い、田辺に尋ねた。
「なぜ真壁氏は自分でコーディネーターを探さないんですか?」
「それがなぁ、以前は信頼していたコーディネーターがいたらしいんだが、その男性が世界一周の旅に出てしまってね。代わりを探したものの、なかなか良い人が見つからないらしい」
「それで、部長に?」
「うちは常に富裕層を相手にしてるだろう? だから、彼の求めるコンセプトに合う人材がいると思ったみたいだね」
「ああ……それで」
「それに、君が去年手掛けた『高輪ガーデンヒルズ』。あれを見て、かなり気に入ったらしい。だから、直々のご指名なんだよ」
「えっ? 本当ですか?」
凛は驚きつつ、胸の奥がじんわりと誇らしさで満たされる。『高輪ガーデンヒルズ』の企画は、彼女がこれまで培ってきた知識をすべて注ぎ込んだ自信作だったからだ。
「それに、君はいずれは独立してフリーのコーディネーターになりたいって言ってただろう? だから、これはチャンスだよ。『不動産王』と呼ばれる人物と太いパイプができるんだからなあ」
微笑む田辺を見て、凛の胸はさらに熱くなる。
新人の頃、飲み会の席で当時課長だった田辺に、自分の夢を語ったことがある。今思えば、入社したばかりで『いずれフリーになりたい』などと大きなことを言った自分が恥ずかしい。
それでも田辺はその言葉を覚えていてくれた。それどころか、こうして背中を押してくれている。
その事実に気づき、胸がいっぱいになる。
(本当にありがたい……部長には感謝してもしきれない……)
そう思いながら、凛は静かに答えた。
「分かりました。私でよければ、精一杯務めさせていただきます」
凛の返事を聞いた田辺は、満足そうに頷いた。
「頼むよ。じゃあ明日、彼が来たら声をかけるから」
「承知しました」
凛は笑顔で返事をした。
コメント
28件

うわ、息子と2文字違い🤣
チャンス到来⁉️ 婚活よりも、今は仕事に全力投球ですね!!💪💪💪 さあ!自分の夢&イケオジGETに挑戦だ〜〜‼️✊
相手探すより仕事がんばろーと思った瞬間 ご指名の仕事が舞い込んで来ましたね 夢に向かって頑張る凛ちゃん 背中を押す部長 良き職場(*^o^*) そして明日登場する京介様 二席隣の方かな?明日どんな風に対面するのかな 楽しみです