すると。
「ねー!そろそろこっち戻って来てよー!」
奥から若い女性が声を掛けにやってきた。
「あぁ。わかった。すぐ戻る」
あ~、この人、奥の結婚パーティーの仲間だったのか。
てか、そんな場に来てて、そんな提案よく出来たな。
あっ、逆にそれで現実とのギャップ感じたとか?
やっぱ適当に話合わせてただけじゃん。
危ない。危うく流されるとこだった。
すでに今も女性に不自由してない感じだし。
そもそもそんなの本気で提案するはずないよね。
よかった。適当に誤魔化しておいて。
「じゃあ、もし次会えたらその時はその新しい恋愛のカタチ一緒に試すってことで」
だけど、まだ去り際に念を押すように、また怪しく余裕の微笑みを見せながら伝えて来る。
「えっ、あぁ、いつかもしまた会えたらね」
そう私が答えるのを確認すると、迎えに来た女性とまた彼は奥の方へあっさり戻って行った。
ほら。結局こんなもんだよね。
本気でそう思ってたら、私が何言おうがきっとその場で名前聞いたり連絡先聞いたりするよね?
いや、別にホントに本気で始まるとも思ってなかったけどさ。
ホントにこの場だけのこの数分だけのドキドキを楽しんだみたいなそんな感じ?
なるほど、そっか。
こういう感じでいろんな女性その気にさせちゃうから、あの彼は面倒なことになってるのかも。
そもそもあんな片手間のちょっとした休憩みたいな状況で真剣に口説くないはずないか。
やっぱりそうだよな。
そんな簡単に出会いなんてあるワケないし、そんな簡単に恋だって始まらない。
やっぱり恋愛なんて面倒だ。
「ちょっと~何々~? 目の前で面白いことしてくれちゃって~。ハイ、おまたせ」
出来上がった食事を出しながら美咲が声をかけてくる。
「いや~久々に年甲斐もなくドキッとしちゃったよね」
「ね~私はあんた達見てドキドキしたわ~」
「昔なら絶対コロッといってたな」
うん。久々雰囲気から惹かれるタイプの男性。
でも30も過ぎてしばらく恋愛してないと恋愛の始め方がわからなくなってる。
更にそんな後先ない恋愛の手前みたいなことでさえ始める勇気もない。
最終的にはトキメキより面倒が勝つ、この現状なのが切ない。
「この年齢になるとさ、こういう新鮮なトキメキややり取りも簡単にないワケよ」
「確かにそんな簡単に転がってないよね~」
同年代の美咲は結婚出来てるとはいえ、今までの私の現状を知ってるだけあって私の言葉に納得する。
「そもそもここまで来ると、そんなのもなかなか始める機会もないし」
実際もう面倒な恋愛はいらなくて。
今更始めることも終わってしまう怖さも同時に考えてしまう。
「まんまとからかわれただけだけど、たまのキュンも悪くはなかった」
「そう?私はからかってるようには見えなかったけど?」
「いや、どう見てもからかってるでしょ。まぁあんなチヤホヤされてるタイプからしたら、私みたいなの珍しいのかも。でも久々に胸のトキメキとやらを思い出したよ」
「ならいいんじゃない?透子は今は仕事ばっかで、あまりにもあの時から恋愛しなさすぎだからね~。私は透子が一瞬でもそういう気持ち思い出したっていうのが嬉しいけど。いい人いたら透子にも幸せになってほしいしさ」
「いい人いたら・・・ね。まぁでもまだ当分やっぱりそんな余裕ないかな~。仕事も今楽しいし、なんか一人で慣れ過ぎてさ、そういう幸せとか忘れちゃったかも」
結局はそういう幸せを求めなくなった。
今は自分が楽しめる時間を過ごせる幸せがあればそれでいい。
「会社とかいないの?あんな感じのイケメン」
「あ~うち結構会社デカくて、会わない部署の人達も全然いるんだよね~。元々うち女子メインの部署だからさ~。男子も少なめで。今いる部署にはいないね~。てか、もう職場恋愛は懲り懲り」
「まぁ。あれから今みたいになっちゃったもんね透子。職場ではそういうのない方がいっか」
「うん。職場恋愛なんてそれこそもう面倒。私は普通に仕事出来て、こうやってここで気楽に過ごせればそれで今は充分」
もう職場恋愛なんて懲り懲り。
もう職場でそういう気持ちも起きないから、そもそもそんな風に周りも見なくなったし。
それにきっと、さっきの彼ももう二度と会わない。
だからあえてあんな提案をした。
この店で会ってもそういう感じにはならないはずだし、他で会うなんてそんなことあるはずないし。
きっとこういう場所でちょっと暇つぶしに声をかけられただけ。
でもあまりにも何もないより、やっぱりこうやってこんな感じで一瞬でもたまにキュンと出来るこの感じは悪くなかった。
そっか。
私こんな風に思うほど、恋愛から随分遠ざかっていたんだな・・・。
でも。
まさかこの何気ない出会いから、この彼があんなにも私の運命と関わっていたなんて・・・。