翌朝、瑠璃子は気分良く目覚めた。
久しぶりに都会の空気を吸ってリフレッシュし、大輔へのプレゼントも買う事が出来た。そしてクリスマスに着て行く洋服も見つけた。
(さて、今日も頑張りますか)
瑠璃子は元気に飛び起きると出掛ける準備を始める。
時間になるといつものように大輔の車が迎えに来た。
大輔と会うのは一昨日以来だが一日会わないだけで随分久しぶりに思えた。それだけ瑠璃子にとっては大輔と毎日会う事が当たり前になっていたのだ。
瑠璃子が助手席に座ると大輔が聞いた。
「休日はゆっくり休めた?」
瑠璃子はニコニコして答える。
「はい、エネルギー満タンです」
「それは良かった」
大輔は微笑むとアクセルを踏み込んだ。
そして病院での一日がスタートした。
大輔はこの日も手術の予定が入っていた。年末の駆け込みで連日手術が続き手術室にこもる日が続いている。
一方瑠璃子の病棟には新たに入院してくる患者が増えていたので一人一人丁寧に対応した。
昼休みに瑠璃子が食堂へ行くと大輔の姿はなかった。おそらく今も手術中だろう。
瑠璃子は少し淋しい気分で一人弁当を食べ始める。そこへトレーを手にした早見陽子が近付いて来た。
「ここに座ってもいいですか?」
瑠璃子は驚く。しかし今日の陽子は今までの陽子とは少し違っていた。いつものような挑発的な態度ではなくむしろ少し緊張している様子だ。
「どうぞ」
「ありがとう」
早見はホッとした様子で瑠璃子の前に座った。そして座るなり瑠璃子にこう言った。
「私、大輔さんに再アタックして見事に撃沈しました」
瑠璃子は驚く。
「私、勘違いをしていたみたいなんです。私は彼の事が好きだとずっと思い込んでいたの。でもそれはただの執着だったみたい。昨日彼にそう言われて初めて気付きました。だからもう彼の事を追うのはやめてきっぱりと諦める事にしました」
陽子は全てを言い終えるとスッキリした様子でホッと息を吐いてからカレーを食べ始める。
陽子はとても穏やかで優しい表情をしていた。瑠璃子が今までに見た事のない顔だ。
瑠璃子はしばらく陽子を見つめてから口を開いた。
「私が東京から北海道に引っ越して来た理由は失恋したからなんです」
すると今度は陽子が驚いた。
「えっ? そうなんですか?」
「ええ。私は弱虫だから逃げて来たの。だから今の早見さんのお気持ち、すごくよくわかります」
瑠璃子はそう言って微笑んだ。
「じゃあ私達、いいお友達になれそうですね」
「はい。同じ痛みを持った者同士ですもの」
そこで二人は同時にフフッと笑う。
二人が顔を見合わせて微笑んでいるのを、少し離れた場所から佐川が見ていた。
佐川は瑠璃子の前に陽子が座ったのを見て少し警戒していた。陽子が瑠璃子を挑発するかもしれないと思ったからだ。
しかし二人が笑っているのでホッとする。そこで佐川は二人がいるテーブルへ移動した。
「あらあら、美女お二人でなんか楽しそうですねー」
「あ、佐川先生お疲れ様です。今ね、私達お友達になったんですよ」
陽子の報告を聞き佐川が大袈裟に騒ぐ。
「キャーッ大変! 大輔ちゃんに報告しなくちゃっ!」
そこで瑠璃子と陽子が再び笑う。
そこから更にお喋りが始まり、三人は楽しい昼休みのひと時を過ごした。
午後になり手術を終えた大輔が漸く医局へ戻って来た。
大輔はだいぶ遅めの昼食を食べ始める。手術は体力を使うのでお腹がペコペコだ。
大輔が美味しそうに瑠璃子お手製の弁当を食べていると医局に佐川が入って来た。
「よっ、大輔お疲れ! 連日の手術で大変だな」
「年末はどうしても立て込むからしょうがないよ」
「そうだなー」
そこで佐川は隣の空いている椅子に座った。
「今日食堂でさ、瑠璃ちゃんの前に早見さんが来て何か話をしていたんだよ」
佐川の言葉を聞き大輔の箸が止まる。そして大輔が顔を上げた。
「おいおい最後までちゃんと聞けよ。で、心配で様子を見ていたら二人で楽しそうに話しているんだよ。で、聞いたら二人は友達になったんだってさ」
それを聞き大輔の表情が一気に緩んだ。
「瑠璃ちゃんってすごいよな。自分に敵対心を抱いている女を見事に手懐けちゃうんだからなぁ。おまけに早見さんはすっかり毒が抜けちゃってさぁ……なんか素直になってて驚いちゃったよ」
佐川はいっきに捲し立てると更に続けた。
「俺ってさぁ、気の強い女が急に素直になったりするとそのギャップにやられちゃんだよなぁ」
そこで大輔はピンとくる。そして佐川に向かって真面目に言った。
「彼女とはもう過去の事なんだから、お前が遠慮する必要はないんだぞ」
「うん、サンキュ。一応お前に確認しておこうと思ってさ…」
佐川は少し照れている様子だった。
「お前と瑠璃ちゃんを見ているとなんか羨ましくってさ。だから俺もちょっと本気を出してみようかなって思ったんだ」
佐川は微笑みながらそう言うと「じゃあな」と手を挙げて医局を出て行った。
いつもとは全然違う佐川の様子に思わず大輔は微笑む。
(あいつもとうとう恋に堕ちたか…)
そして嬉しそうに弁当を食べ続けた。
その日の夜、瑠璃子はパソコンで『promessa』の小説を読んでいた。
新たに二話更新されていたのですぐに読み始める。
ラベンダー畑で出逢った青年と恋に堕ちた少女は、やがて東京へ引越した。
別れ際、二人はいつか必ず再会しようと約束を交わす。その別れのシーンはとても切なかった。
その後少女は大人の女性へと成長しある日東京で偶然青年と再会する。小説はそこで終わっていた。
おそらくこの先の更新は遅れるだろう。なぜなら年末は大輔が超多忙だからだ。
瑠璃子はこの先がしばらく読めないもどかしさに悶々とする。しかしエッセイも更新されている事に気付きすぐにそのページを開いた。
『真冬のラベンダー』
クリスマスで華やぐ街の片隅で僕は見つけた
冬なのにひっそりと咲くラベンダーの花を
薄紫色のラベンダーの花は小さく儚げなのに凛としていた
それに一目惚れをした僕はすぐに持ち帰る
僕が持ち帰ったラベンダーの花はやがて相応しい場所を見つけ美しく咲き誇るだろう
そして永遠にその場所で輝き続ける事を僕は願う
クリスマスで賑わう街の片隅で僕は見つけた
雪の街でひっそりと咲くラベンダーの花を
瑠璃子はこのエッセイを読んで頭をひねった。冬に咲くラベンダーの花? そんな花があるのだろうか?
更新した日時を見ると大輔が札幌に行った日の夜だった。という事は札幌で何かがありそれをエッセイに記したのだろうか?
今回のエッセイの内容は自分とはリンクしていないと瑠璃子は思った。
だから謎を解こうとしても解けない。
散々悩んだ挙句とうとう瑠璃子は降参する。
(こればっかりはどうやってもわからないわ……)
仕方なく諦めると瑠璃子はそっとパソコンを閉じた。
コメント
15件
早見さんも今度こそは、佐川さんと本物の恋ができますように🍀🍀🍀🩷🩷🩷 冬のラベンダー🪻✨ 私も同じ誕生石です(*´艸`*)✨なんか嬉し🤭
くりすぅますきゃろるがぁ、なぁがれるころにわぁ~、て、これ二回目か。 すぐに早見を口説き始めたら、これぞほんまの佐川急便。
瑠璃ちゃんが相応しい場所ですよ〜✨謎も解けてきれいなそれをプレゼントされてすごくすごく喜んで、大輔先生を幸せな気持ちにしちゃいますね❣️