翌日は朝から大粒の雪が降っていた。空は雪雲で覆われ冷え込みも厳しい。
そんな寒い中、瑠璃子はいつものように病棟で淡々と業務をこなしていた。
クリスマスイブまであと4日と迫り、ナースステーションでもクリスマスの話題が多くなる。
皆で雑談をしていると看護師の一人が瑠璃子に質問をした。
「クリスマスはデスラーとどこに行くの?」
「そうそう、私もそれ気になってたー」
「2人一緒に休めるもんねー、どこ行くのー?」
その質問に瑠璃子は慌てて答える。
「どこにも行かないですよー」
大輔とは正式に付き合っている訳ではないので同僚達に変な誤解を与えても申し訳ないと思い、瑠璃子はあえて嘘をついた。
昼休み、今度は瑠璃子の周りに内科時代の同僚達が集まって来た。そしてやはりここでも話題はクリスマスの事になる。
「外科はイブに独身組が休みを貰えるんですってね。羨ましいー」
「「そうなのー? いいなー」」
皆が羨ましいと口を揃えて言ったので瑠璃子は医局の既婚組からの提案でそういう事になったと伝えた。
すると内科のメンバーは心底羨ましそうな顔をする。
その時瑠璃子の視界には窓際で向かい合って食事をする陽子と佐川の姿が見えた。
二人は楽しそうに笑顔で食事をしている。それを見た瑠璃子はすぐにピンときた。おそらく佐川は陽子に好意を持っているのだろう。陽子を見つめる佐川の目には優しさが溢れていた。そしてそんな佐川を見つめる陽子も嬉しそうだ。
(そうだったんだ……)
瑠璃子は思わず嬉しくなる。
その日の夕方、申し送りの時に大輔が体調不良で早退したという報告があったので瑠璃子は驚いた。
大輔は手術を終えた直後に発熱し大事をとって早退したようだ。術後の患者は山口医師が引き継ぐ事になった。
幸い明日は大輔に手術予定はないので、明日も大事を取って休むかもしれないとの事だ。
(どうしよう……私の風邪を移しちゃったかも…)
瑠璃子は心配になる。
帰り道バスを待っている時、瑠璃子は伊藤モータースの百合子に電話をかけた。
いきなり瑠璃子から電話が来たので百合子は驚く。
「瑠璃子さん、どうしたの?」
「実は岸本先生が体調を崩したんです。私が風邪で寝込んだ時に色々とお世話になったので私もお返しに何かお届けしようかと思って」
「えーっ、大輔さんが寝込むなんて珍しいわね。わかったわ、大輔さんの住所を送るわね」
百合子はすぐに住所を送ってくれた。
瑠璃子は帰りにスーパーへ寄った。大輔に何か差し入れを作って持っていこうと思っていた。
家に帰るとすぐに総菜を何種類か作ってから容器に入れる。そしてタクシーを呼んで大輔の自宅へ向かった。
雪は相変わらず降り続いていた。タクシーは市街地を離れるとのどかな郊外を走り始める。
民家はほとんど見当たらないので辺りは真っ暗だ。暗闇にはただ真白な雪が浮かび上がっている。
窓の向こうには雪を被った森が見えた。それはまるでおとぎ話に出て来るような抒情的な風景だった。
やがてタクシーは右折すると細い道を進んで行く。その先に片流れ屋根のモダンな建物が見えた。ガレージには大輔の車が停まっていたので大輔の家だろう。
タクシーを降りた瑠璃子は玄関へ向かった。庭には白樺があり玄関には優しいオレンジ色の明かりが灯っていた。
別荘のように洗練された家は大輔の同級生・藤井による設計だろう。とてもセンスのいい家だ。
インターフォンを押すと反応がない。瑠璃子がもう一度押そうと思った時ドアが開いた。そしてスウェット姿の大輔が立っている。大輔の顔は熱で少し赤みを帯びていた。
「医者の不養生って言われちゃうな」
大輔は弱々しく笑う。
「私が風邪を移したかもしれません。ごめんなさい」
「それはないよ、僕のは熱だけで喉は腫れていないから。寒いから入って」
大輔は瑠璃子を中へ入れてくれた。
室内もとても素敵だった。
L字型の広いリビングの一角にはカウンター式のキッチンとダイニングスペースがある。
天井は斜めの吹き抜けで解放感がありリビングの傍らには薪ストーブがある。ストーブのお陰で部屋はとても暖かい。
リビングの壁一面には造り付けの書棚があり棚には本がぎっしりと詰まっている。
書棚の一部は机になっていて、上にはデスクトップパソコンとノートパソコンが置かれていた。
暖炉の傍にはフカフカのラグが敷かれ座り心地の良さそうなソファーもあった。そしてダイニングには存在感のある欅の一枚板のテーブルが置かれていた。
瑠璃子は素敵な室内にしばらく見とれていたが、急に本来の目的を思い出し大輔に言った。
「先生は寝てて下さい」
瑠璃子はエプロンを着けると作って来た総菜をキッチンへ持って行く。
大輔は暖炉の傍のソファーに寝ていたようでおとなしくソファーに横になった。
「夕食は食べられそうですか?」
キッチンから瑠璃子が聞いた。
「うん、食べられると思う」
その言葉に少しホッとすると、瑠璃子は持って来た材料で玉子雑炊を作った。そしておかずをレンジで温める。
酢を利かせた大根と鶏肉のサッパリ煮とほうれん草の白和え、それにだし巻き玉子を少しずつ皿に盛る。
食事をトレーに載せてソファーまで持って行くと、大輔はゆっくりと起き上がり瑠璃子が用意した夕食を食べ始めた。
大輔はどれも美味しいと言って全部平らげる。
すると瑠璃子がすかさず水と薬を持ってきて大輔に渡した。
すると大輔が笑いながら言った。
「ハハッ、なんか病院にいるみたいだな」
その言葉に思わず瑠璃子も笑う。
薬を飲むと大輔は再びソファーに横になった。
瑠璃子は後片付けをする際、使用済みの食器がシンクの中にたまっている事に気付く。そしてもしやと思い洗面所へ行ってみた。すると予想通り洗濯物が山のようにたまっていた。
瑠璃子は洗濯物を洗濯機に入れてすぐにスイッチを押す。そしてキッチンへ戻ると全てを片付けた。
大輔はここ連日手術が続いていたので、自宅に戻っても疲れ切って家事が出来なかったのだろう。
それなのに大輔は毎日瑠璃子を迎えに来てくれた。
瑠璃子は自分があまりにも大輔に甘え過ぎていた事に気付く。本来なら大輔の体力は患者の為に使うべきで瑠璃子に使っている場合ではないのだ。瑠璃子は自分の気遣いのなさを心から悔やむ。
片付けを終えた瑠璃子はソファーへ行き大輔の様子をそっとうかがう。すると大輔はぐっすりと眠っていた。
おでこに手を当てると熱はまだあるようだ。
その時大輔の手が無意識に瑠璃子の手を掴んだ。瑠璃子はびっくりしたが大輔はまだぐっすりと眠っていたのでそのままそこへ座った。
(先生、かなりお疲れだったのね……)
瑠璃子は切ない気持ちのまましばらくの間大輔の寝顔を見つめた。
その後瑠璃子は大輔を起こさないようにそっと書棚の前へ移動する。
本棚にぎっしりと詰まった本を見て瑠璃子の目が輝く。そこには読みたいと思っていた本全て揃っていた。
瑠璃子はその中から一冊を選びダイニングチェアに座って本を読み始めた。
家の中はとても静かだ。時折暖炉からパチパチと薪の弾ける音が響いてくるだけで他は無音だ。周りを森に囲まれた大輔の家は静寂に包まれていた。暖炉は思いのほか暖かく室内は木の香りに満たされとても癒される。
瑠璃子は心地良い空気に包まれながらテーブルに顔を伏せるといつの間にかぐっすりと眠っていた。
瑠璃子が目を覚ますと翌朝の6時だった。
びっくりして身体を起こすと背中から毛布が滑り落ちる。大輔が掛けてくれたようだ。
ソファーを見ると大輔はいなかった。その代わりに洗面所からドライヤーの音が聞こえる。
しばらくして大輔が洗面所から出て来た。
「おはよう」
「先生! 熱があるのにシャワーなんて駄目ですっ」
「熱はもう下がったから大丈夫だよ」
「え? でも今日一日休みなさいって長谷川先生が……」
「気分もいいしもう大丈夫だよ。術後の患者さんが気になるからちょっと顔を出したいんだ。今日は早く帰るようにするから看護師さん許可を下さい、お願いします」
大輔は少しからかうような口調で言った。すると瑠璃子は「仕方がないわねー」と呟きながら体温計を大輔に突き出す。
大輔は笑いながらそれを受け取ると素直に体温を計った。
大輔の言う通り熱は平熱に戻っていたので瑠璃子は観念したように言った。
「じゃあ朝食とお弁当の用意をしますからそれまでおとなしくしていて下さいね」
その言い方はまるで病棟で患者に言う時の口調のようだったので大輔の頬が緩んだ。
瑠璃子はすぐにご飯を炊くと昨日持ってきたおかずを温め直す。弁当箱がないので総菜を入れてきた容器で代用した。
その後朝食用にスクランブルエッグとサラダを作ってからコーヒーを淹れてトーストを焼く。
家からシナモンと生姜も持ってきていたのでジンジャーミルクも作った。これで身体が温まるだろう。
大輔はジンジャーミルクが美味しいと言っておかわりをした。食欲はあるので大丈夫そうだ。
そして時間になると二人は家を出た。大輔は瑠璃子をマンションまで送ってくれた。
車を降りる際瑠璃子は大輔に言った。
「先生、くれぐれも無理したらダメですよー」
「はい、わかりました、村瀬看護師殿!」
大輔はからかうように言った後、
「ありがとう」
と言って病院へ向かった。
コメント
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LUKAさん!めたすたさん! ⚽️⚾️いけまっせー。あぁ続きをひっかかながら🥃話したい…
北の大地の雪模様のニュースが入って来ます。先生、皆様、事故や体調に気をつけてお過ごし下さい☺️
もぉ〜この2人の大人の行動(?)は焦ったいというかなんというか。早く。くっついて下さい。