そして一樹は無事退院した。
その日の夜は、久しぶりに楓の手料理で退院を祝う。
楓が心を込めて用意した夕食を、一樹は美味しいと言って嬉しそうに食べた。
食事の後入浴を終えた楓がリビングへ戻ると、一樹の姿はなかった。
(もう寝ちゃったのかな?)
そう思いながら楓も電気を消して寝室へ向かう。
寝室に入ると、間接照明に照らされた一樹のシルエットが浮かんでいる。
一樹はベッドボードに寄りかかり、リラックスしていた。
楓が寝室に入ると、
「おいで……」
と呼んだ。
その魅力的なバリトンボイスに吸い寄せられるように、楓は一樹の傍へ行く。
そしてベッドの上で手を広げている一樹に抱き付いた。
その瞬間シトラスベースのスパイシーな香りが漂ってきた。その香りは初めて一樹と出逢った日の事を楓に思い出させていた。
「楓……今夜俺はお前を抱く。いいな?」
「は、はい……」
もちろん覚悟は出来ていた。しかしそれは一樹の願いを叶える為ではなく、自分の願いを叶える為だった。
楓はいつしか一樹の事を好きになっていた。そして一樹に触れてみたいという欲望もわいていた。
楓がその気持ちにはっきりと気付いたのは、一樹が撃たれたと知った時だった。
だからこうなる事は楓にとって自然な流れでもあった。
とはいえ、セックスに対する恐怖心が全くなくなったわけではない。やはり誰かに触れられるのはまだ怖い。
楓が小鳥のように震えているのを見て、一樹は優しく諭すように言った。
「楓、心配しなくても大丈夫だ。全て俺に任せろ」
「は、はい……よろしく…お願いします」
楓は少し上ずった声で返事をする。
すると一樹はフッと頬の筋肉を緩めてから、緊張している楓の唇に優しいキスを落とす。
それから二人の間には、めくるめく時間が流れていった。
一樹の経験豊富なテクニックは、あっという間に楓の身体をとろけさせる。身体だけでなく楓の心まであっさりと溶かしていく。
情熱的な愛撫の合間には、一樹は常にこう耳元で囁いてくれた。
「楓、愛しているよ」
「お前が愛しくて仕方ない」
「一生大切にするから……」
一樹の口から漏れる数々の甘い愛の囁きは、さらに楓の身体を燃え上がらせる。
そしてそれに反応するように楓は少しずつ身体を開いていった。
一樹とのセックスは、愛情に満ち溢れ、激しく、そしてとてつもなく優しい。
次々と押し寄せる快感の波に溺れながら、楓は美しく透き通った声で喘ぎ続けた。
昔何かで読んだ事がある。
極道の男とのセックスを経験した女は、一生その男から離れられない身体になってしまうと。
楓は今その言葉の意味を知る。
一方、一樹は楓を精一杯愛しながらも、常に楓の反応を見ていた。
楓の身体に力が入るとすぐに愛撫の手を緩める。
しかしすぐに違う方法を使い、あっという間に楓を快感の渦に落とし込んでしまう。
その手練手管は見事なものだった。
楓がうっすらと目を開けると、いつも一樹のセクシーな視線とぶつかる。
その瞬間ゾクッと身体が震え、身体が敏感に反応してしまう。
一樹の息遣いや体臭を感じながら、楓はさらなる高みへと昇り詰めていった。
男の人に愛される事がこんなに素晴らしいなんて今まで知らなかった。
楓はすっかり恐怖心を手放して、素直に一樹の愛撫に溺れていった。
楓の感度が最高潮に達した頃、一樹は黒のビキニを素早く脱ぎ捨てる。
それに気付いた楓は、緊張して身構える。
それにすぐ気付いた一樹が言った。
「大丈夫だ楓、俺を信じて」
楓が不安なままコクンと頷くと、一樹は楓の脚を大きく広げて中に入ってきた。
その瞬間楓は目をギュッと瞑る。しかしその瞳はすぐに開かれトロンとした表情に変わる。
「はぁっっ……」
一樹が入った途端、激しい快感が楓を覆い尽くした。
「怖くないだろう?」
「あぁんっっ、ど、どうして? ああっっ……」
「それはな、俺達の心が繋がっているからさ」
「こ、心が? ふぅんっっ……」
「愛のあるセックスは気持ちいい以外の何物でもないんだよ」
そこで一樹は再び楓にキスをすると、「いくよ?」と言って腰を小刻みに振り始めた。
その瞬間、更に強烈な快感が楓の全身を襲う。
「あぁんっ、はぁっっ……あんっ あんっ」
一樹のリズミカルな腰の動きに合わせ楓の声が弾む。
楓の反応を見ながら、一樹は角度を変え強弱をつけて楓を攻め続ける。
楓はあまりの気持ち良さに喘ぎ続けて声が枯れていた。
「どう? 気持ちいいか?」
「うん、はぁっっ、凄いの……や……あぁんっっ」
「もっともっと気持ち良くしてやるからな……ハァッ…..」
一樹も今までに経験した事がないほどの強い快感に襲われていた。
一樹にまとわりつくように吸い付く楓のヒダに、一瞬にして持って行かれそうになる
それほど二人の相性はぴったりだった。
一樹は楓の全てを味わい尽くそうと隅々まで攻める。
そのせいで楓はあっという間に頂上へ上り詰めてしまった。
「あぁっ…………や……駄目っっ……」
「楓っ、イキそうか?」
楓が無言で頷いたので、一樹は楓を包み込むように抱き締めながら腰の動きを速める。
「あぁーーーっっ」
「くっっ……」
そして二人は同時に果てた。
イッた瞬間、楓のチカチカする脳裏には月の船がうっすらと見えたような気がした
その船は徐々に遠ざかって行き、やがて見えなくなる。
荒い呼吸をしている楓を、一樹は繋がったままの状態で愛おしそうにギュッと抱き締めた。
愛しい人に抱き締められながら、楓はこの時初めて女としての悦びを知った。
すると一樹が耳元で囁いた。
「最高だよ楓……俺はもうお前を離さない……」
「うん……」
「楓……愛してるよ」
「一樹……私も……私も愛しているわ……もう一生あなたの傍から離れないわ」
その夜二人は、互いの力が尽きるまで、何度も何度も愛を確かめ合った。
翌朝、二人は一緒に長いシャワーを浴びた後、朝食を食べ始めた。
あれだけ運動をしたのだ、二人ともお腹がペコペコだった。
向かい合って座る二人は、目が合う度に微笑み合う。まだ結婚していないのに、今の二人はさながら新婚夫婦といった感じだった。
あの騒動以来、テレビのニュースやワイドショーでは梅島会が引き起こした事件で大騒ぎだった。
それに関するニュースも度々流れている。
その時、テレビから ピコンピコン という音が響きニュース速報の文字が浮かび上がった。
「ニュース速報?」
「ん? 今度は何だ?」
二人が画面に注目していると、こんなテロップが流れた。
【丸菱商事の社員・田代久幸(34歳)が、インサイダー取引規制法違反により警視庁に逮捕されました。田代容疑者は国会議員・田代久氏の次男。田代容疑者は自身が勤める会社の情報を梅島会に漏洩していた模様】
その名前を見て楓がアッと叫ぶ。
「田代って……確かお兄ちゃんの?」
「うん。お兄さんにセミナーを紹介した男だな」
「まさか……その人も梅島会と繋がってたの?」
「だな」
「じゃあ、お兄ちゃんが情報を漏らしても漏らさなくても、結局その人が漏らしてたんじゃないの!」
「そういう事になる。田代はただ君のお兄さんの代わりにやっただけなのか? それとももっと昔から梅島と繋がっていていたのか? それはこれから調べるんだろうな」
その時テレビが突然ニュース番組に切り替わり、容疑者の田代が乗った車が中継される。
容疑者の田代は警察のワンボックスカーで移動中のようだ。
映し出された車の助手席を見て、再び楓がアッと叫んだ。
「あっ、あの助手席の人……私を助けてくれた人よね? この前お見舞いにも来てくれた?」
「愛宮署の瀬尾君だよ。あいつカメラ目線でニヤついてんな」
一樹が画面を見て可笑しそうに笑う。
すると瀬尾はまるで一樹の言葉が聞こえたかのように、二本指で敬礼をしてニヤッと笑った。
それを見た二人は声を出して笑う。
「あいつ今度はピースでもしそうな勢いだな」
「フフッ、面白い人。でもヤクザと刑事なのになんで仲良しなの?」
楓は可笑しくてクスクスと笑う。
あの騒動の後、梅島会の若頭・梅島龍平は逮捕された。もちろん一樹を撃った梅島会組員もだ。
今回の事件は東京だけに留まらず、その捜査の手は九州の梅島会本部まで伸びていた。これで梅島会は警察の総力をかけて徹底的に潰されるだろう。
もちろん楓を連れ出したスパイの篠崎美香も逮捕されていた。美香は覚醒剤の離脱症状が激しく、現在は警察の監視のもと都内の精神病院へ入院している。
一樹が撃たれた事は、テレビのニュースであっという間に世間に広がった。
事件以降、藤堂組の本部や円城寺一家には、付近の住民から多くの見舞いの品が届けられていた。
その時楓のスマホが鳴った。
休日の朝から誰だろうと思いながら楓が出ると、電話は兄の良からだった。
「楓、ニュース見たか?」
「うん、今見た。田代っていう人捕まったんだね」
「ああ、俺も見てびっくりしたよ。あとさ、昨日丸菱商事で事件があったらしい。さっき元同僚が電話をくれてさ…」
「事件って?」
「田代と桜子が資料室でセックスしてる写真が、全社員に社内メールでばらまかれたらしい」
「えっ?」
驚いている楓を見て、一樹が心配そうにしている。
「という事は、二人はお付き合いをしていたの?」
「多分な。どうやら俺は二股をかけられていたらしい」
「そんな……ひどい……」
「でさ、栄子がその事実を桜子に突き付けて俺が支払った分のマンションの頭金を取り戻したらいいんじゃないかって言い出ししてさ。来週弁護士の先生に相談してみるよ」
「え? じゃあそのお金が戻ってくれば借金も一括で返せるのね」
「ああ。楓に借りた分の支払いはまだ少し先になっちゃって申し訳ないけれど……」
「私の分は気にしないで。でも無事に取り返せるといいね」
「ああ。でもこうなってみるとあんな酷い会社からは抜け出せてよかったのかもしれない。これも全部東条さんのお陰だよ。東条さんにはくれぐれもよろしく伝えておいて」
「うん、わかった」
そこで楓は兄との電話を切った。
「どうした?」
「うん、あのね、お兄ちゃんの元婚約者と今捕まった田代って人が社内でセックスしていた写真を、昨日社内にばらまかれたんだって」
「それはまたすごいな……あの二人はデキてたのか?」
「そうみたい。で、お兄ちゃんが一樹によろしく伝えてくれって。あんな酷い世界から抜け出せてホッとしているみたい」
「ハハッ、そう思えるのなら良かったよ」
一樹は笑いながら言った後、今度は真剣な顔で言った。
「これで全てが良い方向へ行くといいな」
「うん、そうだね」
二人は見つめ合いながらフフっと笑った後、朝食を続けた。
窓から差し込む柔らかな光は、すぐそこまで近づいている春の訪れを二人に知らせていた。
コメント
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楓ちゃんが幸せになって嬉しい。 黒のビキニも話題ですが、梅島はブリーフでしたっけ?イメージ的に笑えます。 丸菱の専務は無傷なんですかね。派手派手な人達ばかりではないと思うけど、良はそのバックグラウンドでも入社できたんだから、たまたま周りの人が悪かったのかな。医者の夢かなえられるといいですね。
私も同じ男性として、イケメンで体型もガッチリしている一樹を想像すると黒のビキニパンツで正解だと思いますよ!
かっがみにうつした、つっきのひかりゆれ、ゆっめのなかとどいた、えいえん~(たきつば『夢物語』より)「ビキニ」て、ちゃんとおさまるんかいな。きみがあいのはな、ぼくがこいのはな、ときをとらえてゆれて、つきものがたり、ほしものがたり、いのりつづけてきた。 【勝手にタイトルコーナー】『♡♡♡御令嬢は、御曹司と職場で××。』それを誰かかが観て、撮って、社内とは言えばら撒いたやんな。やることえぐいけど、仇討ちしたみたいやな。