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それから数ヶ月が経過し、春が訪れた。

街の片隅にある公園では、連日鶯の声が賑やかだ。



今日は一樹と楓の結婚式が執り行われる。

朝、二人はいつものようにニュースを見ながら向かい合って食事をしていた。



「忘れ物はないよな?」

「昨夜もう一度チェックしたから大丈夫」

「ん、それなら安心だ」



楓が希望した式場は、藤堂組・本家にある昔ながらの大広間だった。

代々藤堂組の襲名式が行われる場所だ。

ほんのひと昔前まで、組員達は結婚する際この大広間で祝言を上げていた。

しかし時代の変化と共に、今は普通の式場で挙式するようになった。


そんな中、楓はあえてここを選んだ。

その理由は、そこが一樹の父親と母親が出逢った場所だからだ。


大広間から望む日本庭園には、見事なカエデの木が植えられていた。

楓は本家へ挨拶に来た時、その新緑の美しさを見てここで式を挙げたいと思うようになった。

その凛としたカエデを見た時、楓はそこに一樹の母の面影を見たような気がした。


本家で挙式をしたいと伝えると、一樹は「本当にそれでいいのか?」と何度も楓に確認する。その都度楓は笑顔で頷いた。

一樹は楓が本家での挙式を望んでくれた事が嬉しかったようだ。



楓は一樹と結婚するにあたり、これからの人生を一樹と共に……そして一樹がこのうえなく大事に思っている藤堂組と共に生き抜く決心をしたのだった。



昼過ぎ、本家での挙式は無事に終わった。

挙式の際楓が着た衣装は、一樹の母親の形見でもあるカエデ柄の色打掛だった。

鮮やかな朱色の色打掛は、色白の楓にとてもよく似合っていた。



そして夕方から行われる披露宴は、藤城コーポレーションと取引のあるホテルのバンケットルームで行なわれる。

披露宴には数多くの招待客が招かれた。会社の社員や取引先はもちろんの事、楓の知人も招待された。

披露宴会場には美空愛育園の園長・景子や、ホテルスタッフ時代の先輩の由美子の姿もあった。

二人は初対面だったが歳が近いのですぐに意気投合し、披露宴が始まるまでの間楽しく談笑している。



挙式では和装だった楓は、披露宴では純白のウエディングドレスを着る。ドレスはもちろん一樹がプレゼントしてくれたものだ。

そのドレスは、楓がホテル勤務時代に毎朝眺めていたショーウィンドウの店で購入した。

ドレスはシンプルなデザインだったが生地がシルクなので、とても気品に満ちて華奢な楓にとてもよく似合っていた。


まさか憧れの店のドレスを着られるなんて……楓は結婚式当日になっても信じられない思いでいっぱいだった。



披露宴の時刻が迫る中、楓がメイクルームでメイクをしてもらっているとノックの音が響いた。

ドアが開くと一樹が入って来た。

一樹はドレスを身にまとい美しく変身した楓を見ると、思わず感嘆の声を上げる。




「楓、凄く綺麗だ……」




楓は嬉しそうに微笑み返事を返す。




「ありがとう。一樹も王子様みたいで素敵よ」




それはお世辞なんかではなく本心だった。

黒のテールコートをビシッと着こなした一樹の姿は、どこからどう見ても王子様にしか見えない




「ハハッ、さっき組長に挨拶に行ったら、馬子にも衣装だって言われたよ……」




一樹は少し照れている。そのはにかむような笑顔が楓は大好きだった。




「ねぇ一樹……私、一樹のお母様みたいに『凛』として見えるかな?」




意外な質問が飛んできたので、一樹は一瞬「おや?」という顔をする。




「ああ、もちろんだ。楓はとても美しい凛とした花嫁だよ」




一樹はたまらず楓を抱き締めたくなり、すぐに楓の傍へ向かう。

しかしその時ホテルのメイク係が慌てて一樹に声をかけた。



「新郎様! 花嫁様のヘアが崩れてしまいますので控えめにお願いします」



そこで一樹は広げかけた両腕を残念そうに下ろすと、楓の肩に軽く手を添えて頬にチュッとキスした。



その時、またノックの音が響いた。

スタッフがドアを開けると、兄の良と栄子、そしてヤスと南が入って来た。



「うわぁーーー楓ちゃん綺麗ーーー!」

「ほんと、カエデ模様の打掛も素敵だったけど、ウエディングドレスも綺麗~~~!」



栄子と南がうっとりしていると、ヤスが二人に声をかけた。



「ほらほら、一緒に写真が撮りたかったんだろう? 時間がないから並んで並んで」



そこで楓を主役とした撮影会が始まった。

女性三人で撮ってもらった後は、楓と一樹の二人で、その後楓と良の兄弟で、そして最後にはヤスも加わり全員並んだところをスタッフに撮影してもらう。

撮影が終わり満足した四人は、先に披露宴会場へ向かった。



「じゃあね楓ちゃん、ドレス踏んで転ばないようにね~」

「楓ちゃん、しっかりっ! ファイトッ!」

「社長、鼻の下伸び切ってますから気を付けて~♪」

「東条さん、どうか妹をよろしくお願いしますっ!」



四人が部屋を出た後、スタッフが楓の衣装の最終チェックをする。

その後二人は手を繋いで披露宴会場へ向かった。


バンケットルームの入口でスタンバイをしている時、一樹が楓に言った。




「楓、ここからが俺達の人生の船出だ。先の事は何も心配するな。楓は黙って俺の傍にいてくれればいいから」

「はい……」




そこで二人の視線が絡み合う。




「それではご入場をお願いします」




スタッフがドアをバーンと開けると、二人の耳には大きな歓声が聞こえてきた。

二人は揃って一礼をすると、スポットライトを浴びながら前へ進んで行った。

一樹にエスコートされながら進んで行く楓の瞳には、今まで自分を支えてくれた人達の笑顔が見えた。

その中には、あのAV動画の撮影現場で唯一楓の事を心配してくれていた、ヘアメイク担当の女性の姿もあった。

女性はにこやかな笑顔を浮かべ、楓に大きな拍手を送ってくれている。


楓は女性と目が合った瞬間、思わず涙が溢れてきた。




「泣いたら化粧が崩れるぞ」

「うん……でも……」

「ハハッ、楓は相変わらず泣き虫だな……」




穏やかに微笑む一樹の顔を見て、楓は胸がいっぱいになる。




(ああ……私はこの人の事がすごく好きなんだわ……)




そう思った瞬間、楓は急に立ち止まった。

そして突然一樹の首に両腕を回すと、背伸びをして一樹にキスをした。

いきなり花嫁からキスをされた一樹はかなり驚いている様子だったが、すぐにニッコリ微笑むと楓をギュッと抱き締め熱いキスを返す。



そんな二人の周りでは、賑やかな指笛や声援、そしてあたたかな拍手がいつまでも鳴り響いていた。






____それから四ヶ月後。



藤堂組が取り仕切る地域にある神社の境内では、夏祭りが行われていた。

神社の参道には沢山の夜店が出ている。ほとんどが藤堂組の組員が出している店だ。

その夜店の間を、浴衣姿の美男美女のカップルが手を繋いで歩いていた。




「金魚すくいは駄目?」

「金魚の世話、ちゃんと出来るのか?」

「出来るもん」

「三日坊主で終わるんじゃない?」

「ちゃんとやりますぅ」

「じゃあ旅行に行く時はどうする?」

「犬や猫じゃないのよ。数日くらいのお留守番は大丈夫でしょう?」

「そこまで言うんならやってみたらいい。まぁ、どうせすくえないだろうけどな」



一樹は愉快そうに笑った。



「すくえるもんっ!」



楓がムキになって答えると、一樹が店主に代金を手渡す。




「おぉ、これは東条の親分! 今日は姐さんとご一緒で…いつもラブラブで仲がいいですねぇ」

「ヨシさん、久しぶりだな。その後脚の具合はどう?」

「へぇ……もうすっかり。その節は色々とありがとうございました」

「うん。調子が戻ったみたいでよかったな」




そこで店主が金魚すくいの『ポイ』を楓に渡した。




「ありがとうございます。えっと…この中だと黒の出目金ちゃんがいいなぁ」

「出目金は重いから無理だろう? 普通の和金を狙った方がいいよ」

「ううん、出目ちゃんがいいっ!!!」




一樹は結婚してから楓が意外に頑固であるという事を知った。しかし一樹から見たらその頑固さもかわいいものだった。



「うーんと……よーしっ…….えいっ!」



その時運よく黒の出目金がポイに載り、滑るように水の入った入れ物の中に滑り込む。



「やった! やったわ!」

「姐さんなかなかやりますなぁ」

「おお凄い……本当にすくったのか」



楓は黒色の出目金をビニール袋に入れてもらった。

ビニールを受け取った楓は、ニコニコと上機嫌だ。



「じゃあヨシさん、ありがとう」

「ありがとうございました」

「へいっ、夏祭り、楽しんでいって下さいっ!」




「やったやったあ! 嬉しい!」

「そんなに金魚を飼いたかったのか?」

「そういう訳じゃないけど、一樹が忙しい時にこの子がいたら話し相手になってくれるでしょう?」




楓が何気なく言った一言に、一樹は軽く衝撃を受けた。




(そういえば最近忙しくてあまり構ってやれなかったな……)




現在藤城コーポレーションでは、チェーン展開の飲食店プロジェクトが進んでいる。

そのせいで、社員達は皆帰りが遅い日が続いていた。

だから一樹もここ最近ゆっくり楓と話す時間が取れずにいた。


そこで一樹は以前から考えていた事を楓に伝えてみる。




「楓が淋しい思いをしているなら、そろそろ子どもでも作るか?」




一樹の思いがけない一言に楓はハッとする。




「いいの?」

「うん、俺ももういい歳だしな。それに子供を作るなら兄弟も作ってやりたいから、そろそろ一人目を作っておいた方がいいだろう?」




そこで楓が目をキラキラとさせながら嬉しそうにぴょんと跳ねる。




「本当にいいの?」

「ああ。もう少し楓と二人でラブラブしたい気もするが、まあそれは子供がいても出来るからなぁ…」

「ありがとうっ! 一樹大好きっ!」




楓は満面の笑みで一樹の腕にしがみついた。




夕暮れの暮れゆく西の空には、三日月がぽっかりと浮かんでいた。


あの頃楓が見た三日月は、辛い場所から逃げる為の船だった。

しかし今楓が見上げている三日月は、やがて生まれてくる子と一樹と楓の三人で乗る、幸福という名の港へ向かう船なのかもしれない。



夕暮れ時の賑やかな神社の境内には、カエデ模様の浴衣とグレーの浴衣を着た男女が仲睦まじく歩いて行く。

二人は時折笑い声を上げながら、キラリと輝く三日月へ向かってゆっくりと歩いて行った。


<了>


***最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございましたm(__)m 瑠璃マリコ***


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