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「多田さん、ごめん。急に、その……。
いろいろ言って驚いただろうし、混乱したよね。本当にごめん」
原田くんは本当に申し訳なさそうに、それでいて真剣な声で言った。
「ううん……」と呟くように答えたけど、声が小さすぎて、原田くんに聞こえたかわからない。
湊から入っていた着信は、気づけばいつの間にか切れていた。
ノイズのなくなった電話はよく聞こえすぎて、お互いの心臓の音まで聞こえてしまいそうだ。
「俺……ひとりで勘違いしてたし、多田さん驚かせたし、ほんとにごめん。
だから、今俺が言ったことすぐに考えられないかもしれないけど、でも……。
俺……多田さんと付き合いたいと思ってる」
改めて声音を整えて、原田くんは私に言った。
私が答えられずにいると、彼は私があまり時間がないと言っていたのを思い出したらしく、電話を切り上げた。
「……じゃあ、忙しいとこ連絡してごめん。
また……改めて連絡する」
それにも答えられないまま通話は切れ、ほとんど放心に近い状態でスマホを耳から外した。
(原田くんが私を好きだって……)
原田くんの気持ちは、今聞いて初めて知った。
……ううん、違う。
本当は心のどこかでは私を好いてくれているのかもしれない、と思っていた。
よく連絡くれていたし、誕生日に食事に誘われたりもしたから、なんとなくそんな気だってしていた。
でも、気づきたくなかったんだ。
私の気持ちがだれにあるかわかっているから―――原田くんは湊の友達だから、そうじゃないと思い込もうとしていたのかもしれない。
だけど……今のを聞いて、なかったことになんてできない。
冗談なんかで、お父さんの仕事を助けようとしてくれたりしないし、彼が真剣だと充分に伝わってきている。
「……湊……」
原田くんが好きだと伝えてくれて。
「付き合ってほしい」と告白された直後なのに、頭をまわるのは原田くんのことじゃなくて、湊のことばかりだ。
“今さら若菜を「いいな」なんて思うわけない”
原田くんの言葉を思い出して、また胸に痛みが走る。
湊がそう言う姿が頭に浮かんでくるからこそ、胸が押さえつけられたように苦しい。
(やっぱり……私のことは「幼なじみ」でしかない?)
心の中で呟いた時、だらりと下がった手の先で、スマホがメッセージを受信した。
――――――
仕事終わった?
――――――
湊からのメッセージに、私は唇をかみしめる。
……電話しなきゃ。
終わったよ!と連絡して、すぐ湊と合流しなきゃ。
でも……私―――今湊の前で笑えるんだろうか。
動悸は激しくて、頭は回らない。
だけど私はこれ以上湊を待たせたくなくて、電話をかけた。
コール音が数回で途切れ、湊の声が聞こえてくる。
「お疲れ、仕事どう?終わった?」
「うん、終わった。ごめん、待たせて」
「いや、まだ定時から30分くらいしか経ってねーじゃん。ほんとに早く終わったんだな。
一応お前んとこの会社の近くにはいるんだけど」
「そっち行く。今どこ?」
湊が告げたのは、ここから近いコーヒーショップの名前だった。
「わかった」と言って電話を切り、足を速めながら、心の中で何度も呪文のように繰り返す。
“気持ちを切り替えなきゃ”
“今日は湊にお礼を言うんだから”
私が戸惑っていたり、暗い顔をしていると、湊はすぐに気づく。
―――好きだと伝えるんだ。
そう決めてきたのに、原田くんに言われたことが頭をまわって、決意がどこかに消えてしまいそうになる。
原田くんがお父さんの仕事を手伝いたいと言ってくれたことも思い返していると、ふと湊とお昼にメッセージを交換したことを思い出した。
お昼休みにお父さんにその話を電話で聞いて、湊にメッセージを送った時―――。
『他になにか聞いた?』
あの時は「他」がなにかわからず、あまり気にしなかったけど、もしかして……。
(湊……原田くんの気持ちを知ってるの?)
思い至ると、すべてがつながったような気がして、途端に動悸がもっと激しくなる。
よくよく考えたら、原田くんがお父さんの仕事を手伝いたいなんて、湊が驚きそうな話なのに、驚いたような返事はなかった。
代わりに「他になにか聞いた?」とだけ返事があったのなら、それをすでに知っていた可能性が高い。
頭が重く、目の前が暗くなる。
考えたくないのに……湊がそれを知っていたら。
原田くんの話が本当なら……湊が私を「幼なじみ」としてしか思っていないと言われたも同然だった。
歩き出して数分でコーヒーショップの前に着いた。
入口に立つ湊を見ると、嬉しいのに足がすくむ。
私を見つけ、近づいてくる湊に「笑おう」と決めて、その通りに口元を上げた。
「待たせてごめん!
早速だけど、タクシー拾いたいの」
「タクシー? どこ行くんだよ」
この間湊が私の誕生日に連れて行ってくれたコテージの場所を告げると、湊は驚いて目を丸くした。
「え? なんであそこ……」
「湊の好きなごはんってなんだろうって考えてたら、バーベキューがぱっと思い浮かんだの。
ほら、よくうちの家と、湊の家でバーベキューしてたでしょ?あれ思い出して。
前湊がコテージで料理振る舞ってくれたし、私も仕切り直したいなって。食材はもう準備してもらってるから」
前に湊が連れて行ってくれたコテージの横はグランピング施設があり、料理のできない私は、コテージではなくそこを予約していた。
驚いた目で私を見る湊に、私は「行こう!」と明るく笑った。
すこしして「わかった」と苦笑いした湊は、今の私の話をどう受け取ったんだろう。
「じゃあ行くか」と、タクシーが集まる駅のほうへ歩き出す湊は、ふだんの湊に見える。
でもなんとなくいつもと違うようにも思えるし、どことなく元気がないようにも見える。
(湊、今日はどんな気持ちで迎えたのかな)
私と同じ「好き」だという気持ちでいてくれたらいいな、と思いたかったし、期待したかった。
でも……原田くんの話を聞いてしまった以上、そんな期待は急激にしぼんでしまった。
けれど湊に楽しんでほしいという気持ちがしぼんだわけではなくて、タクシーに乗り、キャンプ場に向かうまでの間、私はなるべくいつもより明るく見えるように、湊と話を続けた。
湊は私の変化に敏感だから、私の様子がいつもと違うことに気づいているかもしれない。
気づいているかもしれないけど、湊は表には出さないで、まるで明日の天気の話をするように「今日、仕事どうだった?」といろいろ聞いてくれた。
「忙しいの?」とか、「最近も帰りが遅いの?」とかの質問に答えているうちに、20分ほどでキャンプ場に到着する。
平日の夜ともあって、私たちのほかに大学生のグループが1組いるだけで、管理棟で手続きを済ませると、明かりの灯るグランピング施設へと入った。