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「ライナー王、お邪魔しますよ」
執務室の扉が開き、ジュリアスが軽く頭を下げた。
「ジュリアス、よく来てくれました」
ライナーは書類から顔を上げ、穏やかに微笑む。
「今日は例の法案の日なので、ご挨拶をと思いまして」
「厄介ごとを押し付けてしまったかな」
王が苦笑すると、ジュリアスは肩をすくめた。
「いえいえ。すでに根回しは済ませております」
その言葉に、傍らに控えていた家臣たちも安堵したように頷く。
「まあ、ジュリアス殿のことだ。心配はしておりませぬ」
「そう言っていただけると助かりますな」
老元老院議員は胸に手を当て、一礼した。
「万事お任せを。では」
短く言葉を残し、ジュリアスは踵を返す。
重厚な扉が静かに閉じられた。
王宮の長い回廊を、お供を従えて歩く。
窓の外では、人の国の首都が朝日に照らされていた。
やがて丘の上に建つ白亜の建物が見えてくる。
元老院。
歴代の王と英雄たちが国の行く末を論じてきた場所。
石段の下には、すでに多くの議員たちの馬車が並んでいた。
ジュリアスは建物を見上げる。
今日の議題は、王国の未来を左右する重要な法案だった。
反対派も少なくない。
だが、その表情に迷いはない。
「さて――」
白いトガの裾を翻し、彼は石段を上る。
「少しばかり、グランを動かしてまいりますか」
そう呟き、ジュリアスは元老院の議場へと足を踏み入れた。
白い大理石の柱が並ぶ元老院には、朝の光が高窓から差し込んでいた。
半円形に並ぶ席には、
紫の縁取りを施したトガをまとった元老たちが腰を下ろしている。
誰かが立ち上がれば、杖の先で床を打ち、賛同や反対の声が広間に響いた。
議題は戦争か、あるいは新たな属州の統治か。
老将軍は傷だらけの腕を掲げて武勇を語り、商人出身の議員は財政を憂える。
熱気と野心、そして国家への誇りが渦巻く中、
グラン王国の運命は一つの演説によって左右されようとしていた。
「諸君!」
元老院の議場に、ジュリアスの声が響いた。
ざわめいていた議員たちが静まり返る。
「かつて大神プロメテウスは、我ら幼き人類に火を与えられた」
「それは単なる炎ではない」
「知恵であり、勇気であり、未来を切り開く力であった」
ジュリアスは議場を見渡した。
老いた議員も、若い議員も、その言葉に耳を傾けている。
「我々はいつまで神々の意思に怯え続けるのか」
「いつまで神官の言葉を国の運命とするのか」
声に熱が宿る。
「私は問いたい!」
「人類は、すでに自ら考える力を持っている!」
「ならば国家の進むべき道は、神ではなく――」
彼は力強く手を掲げた。
「我々と、そしてライナー王が決めるべきではないだろうか!」
議場が揺れた。
賛同の声。
反対の怒号。
歓声。
怒鳴り声。
そのすべてを押し流すように、ジュリアスは叫ぶ。
「神からの呪縛を断ち切り、人類自身の手で未来を勝ち取ろうではありませんか!」
その瞬間だった。
どすっ。
奇妙な衝撃が脇腹を貫いた。
ジュリアスは言葉を失う。
何か温かいものが衣の下を流れていく。
ゆっくりと振り返った。
黒いフードを被った男が、短剣を握っていた。
そして、それが合図だった。
「今だ!」
叫び声と共に、フードの男たちが席の間から飛び出す。
どすっ。
どすっ。
どすっ。
刃が突き立つ。
白いトガが赤く染まった。
議場が悲鳴に包まれる。
ジュリアスは膝をついた。
視界が霞む。
耳鳴りがする。
それでも最後の力を振り絞り、一人の男の腕を掴んだ。
ぐいと引く。
フードが外れた。
見慣れた顔だった。
長年、共に国を支えてきた男。
ジュリアスの目が大きく見開かれる。
「ブルートゥース……」
掠れた声が漏れる。
「お前も……か……」
男は答えない。
ただ冷たい目で見下ろしていた。
「なぜだ……」
ジュリアスの問いに、
男は静かに答えた。
「なぜ?」
その目に怒りが宿る。
「神を捨てると言ったからだ」
「人が神に代わるなどと」
「そんな男は、私の知るジュリアスではない」
ジュリアスは目を見開いた。
男は短剣を引き抜く。
「お前は誰なのだ」
その言葉だけが返ってきた。
ジュリアスの体から力が抜ける。
視界が天井へ向いた。
石造りの高い天井。
差し込む光。
そして――暗闇。
どさりと仰向けに倒れた。
ブルートゥースは血の付いた刃を掲げる。
「ジュリアスは倒した!」
その叫びが議場に響く。
「次はライナーだ!」
直後、議場の扉が開いた。
まるで待機していたかのように武装した兵士たちが雪崩れ込んでくる。
議員たちは逃げ惑い、机を倒し、悲鳴を上げた。
兵士たちは剣を抜き放つ。
ブルートゥースは天井へ向かって叫んだ。
「ライナー王を倒せ!」
「真に神に守られた国を取り戻すのだ!」
その日。
元老院は討論の場ではなくなった。
人の国を二つに裂く、内乱の始まりとなったのである。
コメント
1件
いや……第5話、読み終わりました。冒頭のジュリアスの演説、熱かったですね。「神ではなく、我々が決める」あの場面、鳥肌立ちました。それなのに……あのブルートゥースの裏切り。短剣を抜く瞬間、本当に息を呑みました。自分の理想を信じた英雄が、同じく信念を持つ旧友の手で倒れる……その皮肉が心に刺さります。タイトル通り“英雄の死”、あまりにも重い1話でした……でも、これが内乱の始まりなんですね。ライナー王はどうなるんだろう。眠狂四郎さんの筆致、本当に丁寧で、言葉の一つ一つが胸に響きました。続きも静かに読みに来ますね🌙🤍
#戦乙女