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眠狂四郎
「申し上げます!」
執務室の扉が勢いよく開かれた。
駆け込んできた伝令の顔は青ざめ、肩で荒く息をしている。
ライナーは思わず顔を上げた。
「どうした」
嫌な予感が胸をよぎる。
伝令は膝をつき、震える声で報告した。
「元老院にて――」
一瞬、言葉が詰まる。
「ジュリアス殿が暴漢に襲われました!」
部屋の空気が凍りついた。
側近たちが顔を見合わせる。
ライナーはゆっくりと立ち上がった。
「……無事なのか」
その問いに、伝令は答えられない。
額から汗が落ちる。
「答えよ」
王の声が低く響く。
伝令は唇を噛み締めた。
「多数の刺し傷を負い……」
「現在、生死は不明とのことです」
沈黙。
長い沈黙だった。
つい先ほどまで、この部屋で言葉を交わしていた男。
「万事お任せを」
そう言って笑っていた老政治家の顔が脳裏をよぎる。
ライナーは拳を握った。
「護衛は何をしていた」
「わかりません」
「犯人は」
「元老院内に潜伏していた者たちと見られます」
その瞬間、別の伝令が飛び込んできた。
「陛下!」
「今度は何だ」
「武装した集団が元老院を占拠!」
「議員たちを拘束しながら王宮へ向かうとの情報が!」
部屋中がざわめいた。
反乱。
誰もがその言葉を思い浮かべる。
ライナーは窓の外へ目を向けた。
遠く、元老院のある丘の方角から黒煙が立ち上っているのが見えた。
王は静かに剣を取る。
その瞳から迷いは消えていた。
「兵を集めろ」
誰も動かない。
あまりに突然だった。
ライナーは振り返る。
「聞こえなかったか」
その声には王としての威厳が宿っていた。
「兵を集めろ」
「これはもはや議論ではない」
王は剣を帯びる。
「戦だ」
「お待ちください」
扉が開き、軍師スピリタスが入ってきた。
その後ろにはパーカーブラザーズの姿もある。
ライナーは顔を上げた。
「何かわかったか」
スピリタスは一枚の報告書を机へ置く。
「実行犯はブルートゥースです」
「……」
ライナーはしばらく黙った。
やがて眉をひそめる。
「小物過ぎる」
「私もそう思います」
スピリタスは即答した。
ブルートゥースは野心家ではある。
だが元老院を揺るがすほどの策を巡らせる男ではない。
ましてジュリアス暗殺など。
誰かが糸を引いている。
そう考える方が自然だった。
「計画的なものか」
ライナーの問いに、スピリタスは頷いた。
「その確認のために来ました」
「何だ」
軍師は一瞬だけ沈黙した。
そして口を開く。
「アントンです」
部屋の空気が変わった。
パーカーブラザーズも表情を引き締める。
ライナーは腕を組んだ。
「彼を疑っているのか」
「分かりません」
スピリタスは首を振る。
「だからこそ確かめる必要があります」
「もしアントンが加担しているなら厄介です」
軍師の声は静かだった。
「ですが」
「加担していなければ」
そこでスピリタスは薄く笑った。
「彼をぶつけましょう」
沈黙。
やがてライナーも小さく頷いた。
なるほど、と。
アントンほど執念深く。
アントンほど人脈を持ち。
アントンほどジュリアスを慕っていた男はいない。
味方ならこれ以上ない武器になる。
敵なら最悪だが。
広場を埋め尽くす民衆。
王宮の大階段にライナー王が現れる。
その傍らにはスピリタス。
そしてアントン。
ざわめきが静まった。
ライナーはゆっくりと口を開く。
「国民よ」
「我が友ジュリアスは凶刃に倒れた」
広場から悲鳴にも似た声が上がる。
「彼は最後までこの国の未来を信じていた」
「私はその志を忘れない」
ライナーは侍従から一本の指揮杖を受け取った。
王国軍総司令官の証。
黄金の装飾が朝日に輝く。
そしてアントンの前へ歩み寄った。
「アントン将軍」
「はっ」
アントンが跪く。
「ジュリアスの無念を晴らせ」
「ブルートゥースを討て」
ライナーは指揮杖を差し出した。
アントンは両手で受け取る。
「必ず」
アントンは杖を握った。
かつて無名の百人隊長だった自分を見出したのはジュリアスだった。
北方遠征。
属州平定。
数えきれない戦場を共に越えてきた。
その男が死んだ。
「必ず」
今度は低く、怒りを押し殺した声だった。
だがその声は広場の隅まで響いた。
次の瞬間。
大歓声が沸き起こる。
「アントン将軍万歳!」
「裏切り者を討て!」
「ジュリアス様の仇を!」
スピリタスはその様子を静かに見つめた。
これでいい。
ブルートゥースに勝つのは軍隊ではない。
民意だ。
そして城壁の外では――
ブルートゥースが蒼白な顔で報告を聞いていた。
「兵が集まりません」
「各地の志願兵もアントン軍へ……」
沈黙。
やがてブルートゥースは苦く笑った。
「そうか」
自分はジュリアスを殺した。
だがジュリアスの影響力までは殺せなかった。
「王都を出る」
「直ちにだ」
こうしてブルートゥースは王都を脱出した。
その後を追うように、
アントン率いる討伐軍が出陣する。
それは単なる反乱鎮圧ではない。
ジュリアスの死から始まる、
新たな内戦の幕開けであった。
コメント
1件
うわ、一気に動き出しましたね…。ジュリアス襲撃の報せから、アントンへの指揮杖の委譲まで、息つく暇もなかったです。特にスピリタスの「彼をぶつけましょう」の計算高さがゾクッとしました。ブルートゥースが小物すぎるってライナーが言うのも納得で、裏で糸を引く真の黒幕が気になりすぎます。内戦の幕開け、この先どうなるんだろう…。