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#和風ファンタジー
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第2章 第14話
「悲喜交々」
「ジャメラポム……」
彼女はすでに馬車の荷台に乗せられ、白い布を静かに被せられていた。 さっきまで喋って笑っていた人間が、“物”みたいに扱われている現実に、胃の奥がねじれる。
「彼女は、ワタシたちよりももっと前から孤誓隊だったわ。……ねぇ、エペ」
刹那が目を伏せたまま言う。 エペは頷き、淡々と答えた。
「はい。我ら二人が今年で三年目です。ジャメラポムちゃんは……たしか五年目、でしたよね。クレイさん」
「二年目のボクには分かんないよ」
クレイが肩をすくめる。
「だって彼女、去年――いなかったじゃん」
その言い方が、軽い。 軽いのに、重い。 “去年いなかった”という事実が、孤誓隊ではそれだけで不穏だからだ。
――一年も、どこ行ってたんだ!?
昨日、バロロが投げつけていた言葉が、頭の奥で反響する。 去年入隊した者は、必然的に彼女を知らない。
「くそっ……」
バロロが涙目で顔を歪める。 怒りなのか、悔しさなのか、もう本人にも分からない顔だった。
刹那が小さく手を胸に当てる。
「神の御加護を」
エペも同じ動きで続ける。
「刃のご武運を」
たぶん、出身国の祈り方なのだろう。 祈りは短い。短いほど、切実に見える。
「ジャメラポムさぁぁん……ご、ごめんなさいごめんなさい……!」
泣き喚く声。ツヴァイだ。 生きていたのか。 声だけは立派に響く。
「長の自分がなにも……なにもできなくて……!」
その姿を見て、誰かがぼそっと言った。
「……なんか、気の毒なのだ」
みずきだ。 光月が、珍しく静かな声で返す。
「だなァ。……今は見守ってやろうぜ」
二年目の三人――クレイ、みずき、光月は、彼女を深く知らない。 だが一年目のアクラとジャックは違う。 もう“無関心”ではいられない。
こうして、二台の馬車が動き出した。 男女で分かれた二台。誓刃校へ戻る帰路。
女子の馬車。
「うっ……うぅ……」
ジャックの嗚咽が止まらない。 刹那が、揺れない声で隣に座る。――けれど、布を握る指先がほんの一瞬だけ止まった。
「ジャックさん……仲間だったものね。辛いわよね」
エペが、いつもより柔らかい声で続ける。
「我達女子がいつでもいますからね……安心してください!」
みずきは、空気の隙間を埋めようとして、必死に笑顔を作った。 作ったのに、言葉が滑る。
「げ、元気出すのだ! 今日は……で、でっかいうんこ出たのだ!」
一瞬で、馬車の中が凍る。 刹那が“心配”というより“どう扱えばいいか分からない”目をみずきに向け、みずきは逆に顔を真っ赤にして縮こまった。
エペだけが小さく息を吐く。
「……みずきさん、今じゃないです」
「う、うぅ……なのだ……」
でも、そのズレた明るさが、逆に救いでもあった。
一方、男子の馬車。
「氷属性かァ! オレ様の水属性の派生系とはなァ……つまりオレ様が先輩ってわけか!」
光月が得意げに言い切る。 ツヴァイが即座に突っ込んだ。
「それはちょっと違う気が……」
「うおおお!! だがお前が来てくれて本当に助かった!!」
バロロが笑いながら、ゼグレへ顔を向ける。
「……そういえばなんで来てくれたんだ?」
「そーだぜェ、ゼグレェ。お前がいきなりこっち来るって言い出した時は肝冷やしたなァ……」
「………」
ゼグレは答えない。 沈黙が、車輪の軋みより重い。
「こ、こたえろよ、ゼグレ」
アクラが、もう一度だけ言う。 たぶんアクラは分かっている。胸の糸が互いの危険を察知したのだと。 でも他の連中は知らない。 アクラとゼグレが双呪で繋がっていることを。
ゼグレが来たのは、ただ自分が死にたくなかっただけ。 アクラが死ねば、自分も死ぬから。
「……あは。秘密主義ってワケね」
クレイが口元だけ笑って言い捨てる。 その一言を最後に、馬車の会話は途切れた。
ーーー
「へぇ……魔族が」
セラフィナは、拘束された捕虜二人と、粉々になった魔族の肉片――その“一部”を眺めて呟いた。 興味は隠していない。むしろ、隠す気がない。
「ええ。……あと、これが今回の戦績と捕獲兵の情報よ」
刹那が差し出した資料は丁寧で、誤字ひとつ無い。 セラフィナは受け取る手つきだけは柔らかい。
「ありがと。きみはいつも仕事が速いね」
指先で紙を揃え、視線を戻す。
「……さて、此方はこれからこのサンプルを使って研究に励むとするよ」
刹那が一歩、言葉を探す。
「……ジャメラポムが――」
言いかけた瞬間。
「知っているよ。可哀想な最期だったと聞いている。――彼女の遺体はどこへ?」
「……? 彼女なら、既に安置所へ黒刃二人が運んでいったわ。今日の夜には埋葬されるから。先生もいらっしゃるのかしら?」
「もちろんだよ。此方の可愛い戦士だったからね」
その言い方が、優しい。 優しいのに――どこか、温度が違う。
「……そう。それを聞けてよかったわ。ワタシはこれで失礼するわ。それじゃあ――」
刹那が背を向けかけた時、セラフィナが思い出したように言った。
「――そういえば、どうだった? アクラくんとゼグレくんは」
刹那は一拍置く。 ほんの一瞬、喉が詰まったように見えたのは、気のせいか。
「……ええ。二人、あまり仲は良くないように見えたのだけれど。でも二人とも芯がしっかりしてて、仲間として頼もしいわ」
「そうかい。なら、よかった」
そこで会話は終わった。 扉が閉まる。
セラフィナだけが、研究室に残る。
「魔族ねぇ……興味深い」
ーーー
夜。ジャメラポムの葬儀が終わり、みんなは早めに寝床についた。 A班は特に、極限まで体力を削ったせいで、しばらく激しい運動はできそうにない。
薄い布団の中で、アクラは天井を見つめた。
「初任務からもう死にそうだった。……実際、死んだやつだっていた」
息を吸う。吐く。 胸の奥に残った焦げた匂いが、まだ消えない。
「……もっともっと……しっかりやらないと」
それは、覚悟が固まった最初の夜だった。
翌朝。
「いっっってぇ……」
起き抜けのアクラを襲ったのは、昨日は忘れていた痛みだった。 クレイに処置されていても、痛いものは痛い。
それでも。
「腹、へったな……」
這いつくばってドアを開けようとした、その瞬間――
「うひゃぁっ!」
誰かとぶつかった。
「……あれ。お前――ジャック?」
「お、おはようございますぅ……」
「……と、ツヴァイ。どうした?こんな朝早くに……」
ジャックが、恥ずかしそうに包みを差し出す。
「あのね、みんなで朝食食べてたんだけど……アクラくんがずっと来なかったから心配して……これ、持ってきたんだ」
「朝ごはん? も、持ってきてくれたのか!?」
「当たり前だよ。まだ動くの辛いかなって」
「……あ、ありがとな……!」
純粋な善意に、逆に動揺する。 ここに来てから、こういうのが少なすぎた。
アクラはツヴァイを見る。
「そういえばなんでお前も……?」
「あ、あはは……あは……。ご、ごめんなさい……」
「謝んなよ。お前は謝らない方がまだマシに見えるぞ……」
「で、でも一昨日のこと謝りたくて……」
「……いいよ。謝んなくて。結局あいつは倒せたんだし」
一拍。
「たーだー! 次からは絶ッ対あんなマネすんなよ。約束だからな!」
「は、はいいぃ……」
ツヴァイがボロボロ泣く。 もう怒りすら湧かない。ただ、弱いんだと分かるだけだ。
「あと、これ……」
ジャックがそっと、傷薬を渡した。
「……ん? これって……」
アズラル村で、店長からもらったものだ。
「わたしなんかより、アクくんのほうが使うべきだって思って」
「そっか。サンキュー……! あいててて……」
親指を立てるつもりが、動かした瞬間に痛みが走って顔が歪む。
「大丈夫? しっかり休んでね……?」
「お、おうよ!」
「し、失礼しますぅ……」
ドアが閉まった。
――詩丸の話し方を意識し続けて一週間ほど。 なぜだか分からないけれど、これが本来のおれみたいな感覚になってくる。……全然そんなことないのに。
「……はぁ。でも気にしてられるかよ」
アクラは包みを開ける。 ミルク、誓印パン、猪肉とチーズ、郊外でとれた新鮮な野菜。
「東幻の質素なご飯が恋しいなぁ……」
コンコンコン。
「くっそ、またツヴァイか……!?」
ドアを開けると――
「入るぞ」
低い声。
「……ゼグレ……?」
そこで、空気が変わった。