暗殺の依頼は頻繁に来る。
依頼は、一度使ったらデータが見えなくなるUSBメモリーや、手紙といった証拠が残らない、処分可能なもので依頼されることが多い。先生が他に殺しを教えてる生徒の中に掲示板で依頼を請け負った生徒が、警察に捕まったらしいので、そういう足がつかめてしまうやり方はしないのだとか。
俺は、鞄を茶の間に置いてパソコンを付け、俺を待っている先生のもとへ向かう。
「今日は早かったじゃねぇか。居残りじゃなかったのか?」
「毎回居残りなわけねえだろ……です、先生。後、たばこ臭せえです」
「ははっ! お前相変わらず敬語が下手だな」
ガハハハッと豪快に笑った先生を見て、文句の一つも言えなかった。先生に敬語やら一般常識を教えてもらって、今でもいろんな知識や技術は先生から教えてもらったり、目で盗んだりはしているが、敬語だけは慣れなかった。相手に敬意を示す言葉であるためか、上下関係というのも理解できず、苦しみ、ぎこちない敬語になってしまう。潜入調査はまだやらせてもらっていないが、きっとすぐに粗が出る。
そうして、鼻が曲がるようなキツイたばこのにおいに顔をしかめながら、ちゃぶ台の上に置いてある空のビールの缶を見て、あの親父のことを思い出した。
「腎臓に悪いです、先生」
「腎臓じゃねえ、肝臓だ。あと、肺。いや、酒とタバコがなきゃやってけねえよ。お前も大人になったら分かる」
缶ビールを呷りながら言う先生。
全く懲りないなと思いつつも、先生に先に死なれたらと思うと夜も眠れない。先生は俺にとってもう切っても切れないような大きな存在になっている。それは絶対に口にしないが、少なくともあの親父よりかは、本物の父親のように尊敬している。恥ずかしいということもあって一生いう気はない。
「俺宛の依頼……?」
「そうだぞ、お前宛の。お前の、腕を見込んでだろうな。いや~成長したなあ。梓弓」
そういってちょいちょいと手招きされる。誇らしそうに言う先生は、やはり裏の人間なんだと実感させられる。人を殺して生計を立てる。それが先生に教えてもらった生き方で、俺の生き方でもある。褒められたことじゃないと、暗殺の腕に関しては褒めてほしくないと思うのはきっと俺のエゴだろう。まだ、どこかで自分は普通だと思い込んでいる。
パソコンを立ち上げた先生は、USBを差し込みファイルを開く。
「まだ、中身は見てねえが封筒にお前の名前が書いてあったんだよ」
「そうなん、ですか……」
開かれたファイルに書いてあった文章を目を通す。機械ものは慣れないが、文字を読むのは早い方で、こういう文章であれば記憶もすぐにできる。職業病……と先生は言っていた為そうなのだろう。
「……っ」
「どうした、梓弓?」
そうして、一通り目を通し終わり、俺は手を止めた。
依頼書には、個人情報と顔写真が添付されており、映し出された名前と顔に見覚えがあったため、俺は口を手で覆う。
「どうした? 何かあったか?」
「いえ、別に……」
先生はいきなり手を止めた俺の様子を不思議に思ったのか顔を覗き込んできた。きっと今ので、何かしらバレただろうが、俺はそれを口にはしなかった。
依頼書に書かれていたのは空澄囮の暗殺の依頼、そして名前と写真だったからだ。
(……ハッ、ほんと運命みたいだな。出来すぎている)
出会いは、階段の上から落ちてきた事。それを俺が何とか抱き留めて、勝手にあだ名をつけたのち明日会えるなんて言って消えちまった奴。そうして、言葉通り次の日、今日俺の前に現れた空澄は転校生で、そして俺のターゲットとなった。
内心笑いが止まらなかった。それは愉快というよりか、不快感のほうが強い気がした。先生は何も言わない、察していても自分からは何も聞いてこない人だ。俺が本当に思いつめたときにだけ、助言をしてくれる。本当に先生は教師のかがみである。
「本当に何でもねえ、ないんで」
俺はそう言って、取り外したUSBを握りつぶす。どうせもう内容が確認できないようなUSBだ。潰そうが、潰さまいが、火曜日のごみの日には回収されるだろう。
「ちゃんと、依頼内容確認できたか?」
「勿論です。何度、依頼を受けたか忘れたのか、ですか」
「ずいぶんと偉くなったなあ、だがお前はまだ半人前だ」
と、ぽかっと頭を殴られる。
酒が回って気分がよくなっているのだろうか、いつもよりも口が数が多い気がする。だが、あのクソ親父とは比べ物にならない為、これはこれでいい気がした。暴力に走るのは論外だ。人間じゃないと思う。
まあ、そんな人間じゃないとか言いながら殺しで生計を立てている俺達はさしずめ悪魔か死神だろう。
(……だが、これは堪えるな)
胸がざわついた。初めて、迷いが生まれた。親父を殺した時には何も感じなかった、自分が生きるために殺したというのに、今回の依頼だけは、どうにも気が乗らなかった。
俺にあいつが殺せるだろうか。
俺は、自分の手が震えていたことに気付くことはなかった。