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#異世界ファンタジー
#主人公目線
いつまでもこうやって彼の車に乗ったままでいるわけにはいかない。路上駐車禁止区域ではないけれど、あまり長い時間の駐停車はいくらなんでもまずいだろう。それに、今夜のうちに早々に解決した方が絶対にいい用件が私を待っている。私はバッグを肩にかけながら彼に告げる。
「そろそろ部屋に戻るわ」
「もうちょっとだけ一緒にいたいな」
塚本に甘えるような声で引き留められた。
「え……」
付き合うことになった途端、甘い表情や態度を隠さなくなった彼に戸惑った。けれどそれは決して嫌なものではない。それどころか、胸の中で何かが疼き、またしても鼓動が騒がしくなる。
もう少しだけ、こうしていてもいいかな――。
ふと気持ちが揺らぎ、そのまま首を縦に振りそうになった。しかし、やるべきことがあるのだからと、私は首を横に振った。
「やっぱりね。残念」
初めから、私が頷かないことは分かっていたのだろう。彼は仕方がないとあっさりと諦め、明るく笑いながら運転席を降りた。後部座席から私の荷物を取り出し、助手席側のドアを開けて私を車の外へ促す。外に出た私に荷物のバッグとワインの入った紙袋を手渡し、名残惜しい顔を見せる。
「じゃあ、また」
たったそれだけの短い言葉にも、甘い響きがにじんで聞こえてどきどきしてしまった。数分前までは友人だった人だと思うと、甘いこの雰囲気は非常に照れ臭かった。お試しとは言え、恋人になったばかりの彼の顔を直視できず、私はうつむいたままぎこちなく彼に返す。
「またね」
帰り際の言葉としては素っ気なさすぎただろうかと思い直し、改めて口を開く。
「あの、色々ありがとう。えぇと、これからよろしくね」
「うん、俺こそよろしく。あぁ、そうだ。忘れ物があった」
「忘れ物?」
受け取り忘れた物などあったかしらと疑問に思いながら、私は顔を上げた。その途端、額に柔らかな感触があって驚く。
「な、何をしたの?」
「何って」
塚本はくすりと笑い、何食わぬ顔で答える。
「キスだけど」
「キス……」
彼の言葉を繰り返して、はっとする。私が立っているのは車と塚本の間で周りからは見えにくい位置だったし、ちらほらと見える通行人の中に私たちに注目している人たちもいないようだ。しかしここは往来だ。その上私のマンションの前でもある。もし誰かに見られていたらと思い、急に落ち着かなくなる。
「こ、こんな所でそんなことしないでよ」
「じゃあ、違う所でならいいの?」
色っぽい目で囁くように言われて、どきりとした。その動揺を隠すように、私は眉間にしわを寄せる。
「そ、そういうことを言ってるんじゃないわ」
「あはは、ごめんごめん。つい。許して」
私の文句を笑って流し、彼はさっさと運転席側に回り込み、車に乗り込んでしまった。
「もうっ……」
私は呆れて唇をへの字に曲げた。その間も胸はどきどき言っている。
そんな私の目の前で助手席側の窓が開き、その向こうから塚本が声をかけてくる。
「遠野さん、次の日曜、予定を空けておいてね。どこか一緒に出かけよう。行きたい所とかしたいこと、考えておいて」
これはデートの誘いかとはっとした。塚本に言った通り、片想い歴が長すぎた私には、恋人がいたことはない。だからそれは私にとって、生まれて初めてのデートということになる。
「わ、分かった。日曜日ね。確か空いていたはずだから大丈夫だと思う」
塚本の顔にほっとした笑みが広がったのが見えた。
「良かった。時間はまた改めて決めようか。あぁ、それからもう一つ、言っておくことがあった」
「何?」
塚本は真顔になって答える。
「見合いは必ず断ってよ」
ここまでなんとなく流されてきてしまい、一度くらいはいいかと見合いを受ける気になっていたが、状況は変わった。
伯母がいくら手強いとは言っても、その気はないとはっきり断れば、さすがに諦めてくれるだろう。そもそも、よくよく思い返してみれば、伯母は私の意思をしっかりと確認したわけではない。私の方も彼女の話に「はい」と頷いてはいないのだ。屁理屈のようでもあるが、最悪の場合はそれを押し通して断ろうと、私は自らを鼓舞するようにぎゅっと拳を握った。
「頑張るわ」
「そんなに気合が必要なの?」
意を決した顔つきをする私を見て、塚本は不思議そうな顔をした。
私は大きく頷く。
「必要なのよ、だいぶ」
「ふぅん?だけどほら、俺っていう彼氏ができたんだから、そのことを伝えれば大丈夫なんじゃない?分かってくれるでしょ」
彼の言葉を聞いて、断るための正当な理由がついさっきできたことに改めて気づかされる。
「そうか、そうよね……」
「そうだよ。それ以上の完璧な理由はないでしょ」
塚本はにっと笑い、表情を戻して付け加える。
「後で結果を教えてね」
「ちゃんと断るから大丈夫よ」
「でも、知りたいから」
「わ、分かった」
私が頷いたのを見て、塚本はようやくシートベルトをかけた。
「それじゃあ」
すうっと閉めた窓越しに笑顔を見せて、彼は前を向いた。
車がゆっくりと動き出し、私の前から遠ざかって行く。ついには見えなくなるまで、私はその場に立って塚本の車を見送っていた。
「さて、帰るか」
伯母に電話するのは部屋に戻ってひと息ついてからにしようと考えながら、私はエントランスに足を向けた。