テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
保谷東
「…………え? おっ…………おにーさんっ? なっ……何でここに!?」
美花が薄茶の瞳を丸くさせ、なぜか表情を怯ませた。
「今日は会社の健康診断があって、有休を使ったんだ。オプションの検査もやって、今、会計待ちをしている」
「そっ……そうなんだ……」
彼女が困ったように笑みを見せながら、手首の少し上まで捲っていた袖口を、慌てて伸ばした様子が圭の視界に入る。
(…………今の彼女の仕草…………何だ……?)
彼は、美花の手首から病院の会計用ファイルに、さり気なく視線を移すと、産婦人科と精神科の文字が、うっすらと見えた。
(……産婦人科に…………精神科…………?)
圭の視線に気付いた美花が、焦ったようにファイルを胸に抱え込み、彼に背中を向ける。
「あっ…………わ……私、そろそろ行くね。じゃあね。おにーさん」
くるりと圭に身体を向けた美花が、態とらしく目を細めながら小さく手を振ると、そそくさと歩き出した。
「なぁ」
「…………」
圭の呼び掛けに、美花の足がピタリと止まる。
無視されるかと思った圭は、安堵のため息を零すと、小さな背中に近付いていった。
好意を寄せている女に、病院で再会するなんて、恐らく皆無に等しい。
それに、彼女が受診した産婦人科と精神科、というのも、彼の中で引っ掛かっている。
圭は、DTMerのHanaについては、多少知っているつもりだが、本来の姿、美花について、ほとんど知らないようなもの。
知っているのは、圭の職場の近くにある広大な工業エリア、ファクトリーパーク立川内の工場で、フォークリフトを運転する仕事をやっている事、双子の弟、怜の恋人の奏と小中学校時代の親友である事、彼女の母が経営する『家庭料理 ゆき』の看板娘、のみ。
(…………彼女の事を……『美花』としての彼女を……俺は……知りたい……)
気になる女の事を知りたい、と自分から思うのは、いつ以来だろうか。
随分と昔のような気がするが、ほとんど記憶にない。
圭は、美花の真正面に回り込むと、クリッとした瞳に、まっすぐな眼差しを向ける。
「この後…………時間……あるか?」