屋内の通路に入ったところで立ち止まり、奈美は豪と向き合う。
「あの……腕時計は、ただの電池切れだし、新しい時計を買わなくても、電池交換すればまた使えるし……」
彼は俯きながら前髪をクシャリと掴んだ後、大きなため息をつく。
奈美を壁際に追い詰めるように、豪は左手を壁に突き、まっすぐな眼差しを送られた。
「奈美。そういう問題じゃねぇんだよ。俺の前で、元彼が贈ってくれた物を、今も奈美が使っているのが嫌なんだよ。ならば俺が奈美に贈った腕時計をしてほしい」
どことなく、焦燥感を漂わせている彼。
「腕時計の事は隠してた訳じゃなくて、元彼の事は何とも思ってないし、他の腕時計を買う余裕もないし、腕時計がないと落ち着かないから、そのまま使い続けたんだけど……」
奈美は、困惑気味に瞳を泳がせ、彼から顔を逸らす。
痛くなりそうなほどの鋭利な視線を豪に送られ、彼は苛立ちを抑えるように、ハァッと息を零した。
「だから俺が、奈美の新しい腕時計を買うんだろ?」
「そんな、腕時計まで買ってもらうなんて……」
壁ドン状態の豪と奈美の様子を、チラリと見ながら歩いていく、通りすがりの人たち。
中には、黄色くなり掛けた声を上げている若い女性の姿も。
すると、豪さんがグイっと彼女の顔に至近距離まで寄せ、甘く囁く。
「俺が奈美に贈りたいから買う。それに、奈美が身に付けている物を、俺が贈った物で埋め尽くしたい、っていうのもある。奈美は俺の女だろ?」
豪の言葉を聞き、奈美は、改めて男心に鈍い事を痛感した。
(考えてみれば、豪さんがあの元カノから貰った物を、私の前で持っていたら嫌だし……)
申し訳ないけど、ここは彼の気持ちを汲む事にする。
「わかりました。ではお言葉に甘えて……」
ようやくニコリとした豪が、じゃあ行こうか、と言いながら手を繋ぎ、再びお店へ向かった。
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