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その視線が、なんだかこそばゆい。
スープが煮立ってきたら、いよいよ具材の投入だ。
朔久が、今日の主役である鮭の切り身を指さしながら説明する。
「鮭は崩れやすいから、最後の方に入れるのがおすすめだよ」
「なるほど」
俺は朔久の説明通りに食べやすい大きさに切った豆腐とほぐしたきのこ類を鍋に入れる。
その上にざく切りにした白菜を乗せ、蓋をして少し煮込んだ。
湯気でメガネが曇る。
白菜がしんなりしてきたところで、いよいよ鮭の出番だ。
「ここからは優しくね」
朔久の言葉に、俺は切り身になった鮭をそっと鍋の中へ並べていく。
鮮やかなオレンジ色が、赤いスープによく映える。
じっくりと火が通り、鮭がふっくらとしてきたら最後にニラを加えてサッと煮た。
緑色が加わり、鍋の中は彩り豊かになった。
湯気が立ち上る鍋を前に、朔久がにこりと笑う。
「これで完成。いい匂いするでしょ?」
俺も思わず頷いた。
「うわ、これこれ!絶対美味いよ…」
協力して作った初めての鮭キムチ鍋。
その香りが、すでに最高に美味しかった。
早く食べたい。
朔久も同じ気持ちなのだろう。
俺たちはお互いの顔を見合わせ、小さく笑った。
鍋を囲むテーブルに、器と箸を並べた。
俺たちは席につき、手を合わせる。
「「いただきます」」
俺は早速、器にたっぷりとスープをお玉ですくい
朔久と分けながら鮭とえのきと白菜も皿によそった。
まずはスープを一口。
瞬間、熱々のキムチスープが口の中で広がる。
「んんっ!..うま、うますぎる…っ」
キムチの辛さと酸味が絶妙に絡み合い
コクのあるスープに深い味わいを添えていた。
そして、鮭だ。
ふっくらとした身を箸で持ち上げると
ほんのりピンク色の柔らかな身が湯気に包まれて踊っている。
「やっぱ旬の秋鮭は美味いね」
「うん、買ってきた朔久マジでナイス」
一口口に運ぶと、濃厚な脂の旨味が舌を覆った。
その甘さはキムチの辛さを引き立てているようで、思わず目を閉じてしまうほどの美味しさだった。
「うんまぁ…」
隣の朔久も箸を止め、感慨深そうにしている。
その顔を見て俺も安心した。
二人で鍋をつつきながら、でも残暑にこれは暑すぎ、と言う朔久に
リビングのテレビ前に置いていたハンディファンを手渡した
「おっ、涼しいの持ってるじゃん」
「そりゃね、まだ暑いしわ、仕事場でも何台か置いてるぐらいだから」
会話をしていると時間が過ぎるのが早く感じる。
朔久といると時間があっという間に過ぎてしまう。
「そういえば、楓が相談したいことって?」
不意に朔久に問われる。
「そうだ、それで呼んだんだった。んー……と」
俺は少し頭で整理しながら、口を開いた。
「その…高校の時からずっと仲良くしてる友達がいてさ」
「うんうん」
朔久は真剣に話を聞いてくれてる。
「その友達がさ……」
昨日の健司とのやり取りを要約して話すと、朔久は箸を止めて俺の顔を見た。
「あ一健司か、楓と同じクラスで仲良かった男でしょ?3人でもよく絡んでたよね」
「そうそう!でも、俺と朔久が付き合い始めたら、素っ気なくなったような覚えもあったから…」
「多分、本当にそのときからだったんだなって…」
「そのときから3人で遊びに行くのも減ったし、そのときからなにかしら亀裂が入ってたんだと思うよ」
「うう、だよね…俺は全然気づかなかったけど……」
「まぁ……楓はそういうの鈍いからね」
朔久が笑いながら言う。
鈍い、という言葉が嫌になりそうだ、ほんと。
「…それで一応、友達でいたいとは言ったんだけど、考えさせて欲しいって言われて」
「…俺のせいで今回も余計に傷つけたかもしれないって思ったらもうどうすればいいのか分からなく
で…」
俺がそう言うと朔久は俺の手を握りながら言う。
「誰も傷つけない恋愛なんてないよ」
「そりゃ、そうかもしれないけど…」
「ちゃんと悩んで向き合おうとする、それぐらい楓にとって健司が大切な親友ってこと」
「健司も楓を本気で責めたりなんかしないと思うよ」
「朔久……」
「それにさ、傷つけたかもしれないって悩める時点で、楓は十分優しいよ」
「そっ、かな…俺、なんて言えば正解だったのかなと思って……」
「んー…正解も不正解もないけど、楓の選んだ答えが正解だと思う」
「たぶん健司も、楓がそういうやつだってわかってると思うから、楓の言葉なら……きっとちゃんと届くんじゃないかな」
「朔々……そう言って貰えると、勇気出てきた気がする。ありがとう」
俺の話を聞いてくれただけでなく
どこまでも励ましの言葉をくれる朔久に感謝の言葉しか出てこない。
「じゃ、続き食べよ!鍋冷めちゃうよ」
「えっ?あっ……ああ、うん!」
朔久のおかげで俺の気持ちも少し晴れた。
その後はまた楽しく話しながら鍋を食べていた。
そんなとき、ふと、朔久が口を開いた。
「てか、このこと俺に1番に相談してくれたの?」
「えっ?あー、えっと、最初に、仁さんにも今夜会えませんかって相談したんだけど、残業で忙しいみたいだったから、朔久に連絡したんだ」
「そうなんだ」
朔久は微笑んでそう返事をする。
その笑顔はいつもと変わらない笑顔に見えた。
「確か犬飼さんって、ファッションデザイナーやってるんだってね?」
「えっ?うん…!仁さんはすごいよ」
「最近は会ってるの?」
「いや、最近は色々忙しいみたいで」
「ま、チーフもやってるみたいだしね」
「…それに前までうちの花屋の常連だったんだけど、最近は全然顔出してくれないから、残業で忙しいんだと思う」
「……プライベートでも仲良いんだ?」
「そうそう、俺の部屋角っ子じゃん?仁さんその隣住んでて、よく一緒に飲みに行くし…」
「この前は仁さんに誘われて遊園地行ったんだ〜…って、そういえばそのとき朔久と再会したんだったっけ」
「ははっ、本当に仲良いお隣さんなんだね」
朔久が笑いながら鍋に箸を伸ばす。
その姿に俺は違和感を感じつつも
特に気にすることもなく、再び鍋を囲む。
しかし、その違和感の正体を掴むこともなく
その夜はあっという間に過ぎていった。
朔久が帰り支度を始めると
「楓さ、せっかくだしアパートの階段降りるとこまで送ってよ」
なんて言ってきて
「ええ、外寒いしめんどいんだけど…」
「楓の大好きなキムチ鍋の作り方教えてあげたの誰だっけ?」
「うわ出た、高校のときも似たようなこと言ってたよ!」
「ははっ、よく覚えてるね」
「でもまあ、今日は助かったし、わかった。ちょっとカーディガン織るから待ってて?」
結局アパートの前まで送ることになり
長袖長ズボンの部屋着の上からカーディガンを羽織り、玄関で待っていた朔久と共に外に出た。
二人肩を並べ、階段をトントンと降りながら、さりげなく口を開いた。
「朔久、今日は話聞いてくれてありがとう。鍋も美味しかったし、朔久が相談乗ってくれて本当に助かったよ」
「気にしないで、楓の話ならいつでも聞くから」
朔久は笑顔でそう答えると、また頬を綻ばせた。
階段を降り、アパートの前でさよならをするべく向かい合うと
「またなんかあったらいつでも相談してきなね」
なんて言葉をかけてくれる朔久。
「相変わらず朔久って優しいね…」
「…まさか、楓が困ってたら力になりたいだけだよ」
そう呟くと同時に、朔久は俺の頭を優しく撫でた。
それが変にむず痒くて
「ちょっと朔久、そんな昔みたいに頭撫でないで
よ」と笑いながら言うと
「ふっ…相変わらず可愛いね楓は」
なんて言いながら撫で続けるので、俺も諦めてそのまま受け入れた。
しばらく頭を撫でられた後
朔久は思い出したように優しく微笑んで言った。
「そうだ、来週末の土曜の映画デート楽しみにしてるからね」
「えっ?あー……そうだねって、デ、デート…?!」
「俺は〝お出掛け〟じゃなくて〝デート〟の体で楓のこと誘ってるから」
「えっ?そ…それって……」
朔久の真っ直ぐな瞳に思わず口籠ってしまった。
しかし、朔久は曖味な言葉を言うだけ言って
「じゃ、おやすみ」と、身を翻して行ってしまった。
俺はその背中をただただ呆然と見送り、しばらくアパートの前で立ち尽くしていた。
デート……って言われても
俺はどうすればいいのか全く分からない。
昔、朔久と楽しく過ごした思い出があると言えど復縁とかをする気は無いに等しい。
というか、恋心すら分からないのに……
翌日───…
木曜日の朝
俺は朝日が差し込むキッチンに立っていた。
深いコーヒーの香りが部屋に満ちている。
お気に入りの深煎りフレンチローストを丁寧にドリップし
その間にホットサンドメーカーを温める。
「今日のホットサンドは、トマトとバジル…最高だ」
具材は昨日スーパーで買っておいた新鮮なトマトとバジル、そしてとろけるチーズ。
食パンに具材を挟み、ホットサンドメーカーにセットすると
じゅうじゅうと食欲をそそる音が響き始めた。
その隣では、ルッコラをボウルに入れ、オリーブオイルと軽く塩胡椒で和えている。
シンプルなサラダだが、ルッコラのほのかな苦味がコーヒーとホットサンドによく合う。
◆◇◆◇
数分後
チンという軽快な音と共にホットサンドメーカーの蓋を開ける。
こんがりと焼き色のついたホットサンドを取り出すと、チーズがとろりと溶けているのが見えた。
少し興奮しながら熱々のホットサンドを皿に乗せ
淹れたてのコーヒー
そしてルッコラのサラダをテーブルに並べる。
湯気立つコーヒーを一口。
深煎りならではのしっかりとした苦味とコクが口いっぱいに広がる。
「んー、これこれ」
次にホットサンドを手に取り、大きく一口。
焼けたパンの香ばしさ
甘酸っぱいトマト、バジルの爽やかな香り
そしてとろけるチーズの塩気が絶妙に絡み合う。
「うまぁ…」
俺は至福の表情で目を閉じた。
ルッコラもシャキシャキとした歯ごたえで、オリーブオイルの風味が食欲をそそる。
静かな朝のキッチンに、ただ食べる音だけが響く。
俺はゆっくりと、丁寧に朝食を味わっていた。
そんなとき、隣からガタンっと人が床に尻もちでも着くようなデカい音が聞こえた。
俺の部屋は角部屋で、隣の部屋と言えば仁さんしかいない。
「仁さん!!なんか大きな音しましたけど…大丈夫ですか?」
壁に向かって、声のボリュームを上げて呼びかけるが、返事はない。
残業続きと言っていたし…心配になった俺は隣の部屋へと向かう。
念の為インターホンを押すが、何度鳴らしても仁さんが出てくる気配は無い。
ドアノブに手を回すと、鍵は開いていた。
「仁、さん……?」
心配になり、恐る恐るドアを開ける。
すると、玄関に仁さんが倒れていた。
「仁さん!大丈夫ですか?」
俺は急いで仁さんを抱き起こすと、彼は少し驚いた様子でこちらを見た。
「楓、くん…なんでここに……?」
「いや、なんか人が倒れるような大きな音がして…仁さんのこと心配になって。鍵も開いてたので…!」
「あぁ、そうか、俺倒れてたのか…」
そう言って彼は力なく笑う。
顔色が悪く、目の下には大きなクマができている。
「とりあえず、布団まで運びますね」
「…悪い」
俺は仁さんの腕を自分の肩に回し、ゆっくりと持ち上げる。
そのまま寝室へと向かうと、俺は仁さんを布団に寝かせた。
「ありがと、楓くん……」
そう言うさんは、見るからに疲れていそうで
部屋も蒸し暑く、周囲を確認すると
床に散らばったデザイン画
ファション雑誌やハサミ
作業台と思われる机にはBIGサイズのカップヌードル
シーフード味のゴミがあったり
空のレッドブルが5本も置いてあって
キャップが外れたままのチャコペンやカラーペンが転がり
アイデアやタスクが書かれた付箋が机の端にベタベタと貼られていたり
メモ用紙がクシャクシャに丸められて落ちていた。