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「楓くん……?」
仁さんは腰を起こし、ベッドの上で胡座をかいている。
そんな仁さんに俺は腰に手を添えて顔を覗き込むようにして訊いた。
「あの、仁さん……ちゃんとご飯食べてます?」
「ん…まあぼちぼち」
「ぼちぼちって……こんなレッドブルばっか飲んでたら体壊しますよ?」
俺がそう言うと仁さんはバツの悪そうな顔をした。
「ちょっと、仕事が立て込んでて……」
頭をかきながらそう言ったかと思えば、ぐう~っとお腹の音がした。
「……そういえば朝から何も食べてなかった」
「はあ、そう言うと思ってましたよ。仁さん、まだ俺出勤まで時間あるので、キッチン借りてもいいですか?」
俺は部屋の中心にあるダイニングテーブルの方へ歩きながら言う。
「え、あぁ…いいけど」
◆◇◆◇
俺はキッチンにある材料を確認すると、さっそく調理を始める。
まずは冷蔵庫にあった残り物の野菜やベーコンを細かく刻み
次に鍋にオリーブオイルを入れ、弱火で刻んだ野菜を炒め始めた。
野菜に火が通ったらベーコンも加えさらに炒める。
そこに水とコンソメ顆粒を加え、煮立ったらトマト缶を投入。
中火で10分程煮込んだら塩胡椒で味を調える。
「よし、完成!」
出来上がったトマトスープをお皿に注ぎ、パンと一緒にテーブルへ運ぶ。
「仁さん、これ食べられます?」
「今、楓くんが作ったの?これ」
「はい、お腹空いてるかなと思ったので」
「…悪いな」
「良いんですって。仁さん、早く食べてみてください」
俺はそう言いながらレンジでパンを軽く温めてテーブルに置いた。
「いただきます」
仁さんはパンをかじり、スープを一口
その顔にゆっくりと笑みが広がっていく。
「……うま」
「よ、良かった……!」
(やっぱり誰かの役に立つのってらしいな…)
俺は仁さんのその言葉を聞いて安堵した。
「楓くん、わざわざありがと」
仁さんはスープを飲み干すと、小さく息を吐いた。
「本当に助かったよ、最近まともに食事してなかったから」
「残業続きって言ってましたけど…そんなに、カップ麺で済ませるほど忙しいんですか?」
俺が尋ねると、仁さんは苦笑いを浮かべた。
「まあね。新しいプロジェクトがあってさ…」
「大変ですね…でも忙しいからこそ食事面はちゃんとしないとですよ!」
「ご最もだな。また倒れたらやばいし、気をつけるよ」
仁さんは冗談めかして言う。
「って言ってカップ麺で済ませそうですよね」
「……バレたか。じゃあUberでも頼もっかな」
「いやそれも変わんないですからね?」
「そうは言われても、自炊めんどいんだよな……」
「だったら俺に連絡してください。ご飯ぐらい作ってあげますから」
俺は強く言い放つ。
仁さんはその言葉に驚いたように目を丸くした
「いや悪いって」
「いいんです、仁さんには色々とお世話になってるますし!」
俺がそう言うと、仁さんは少し困ったように笑った。
「そこまで言うなら、お願いしようか…」
そう言って仁さんは照れくさそうに鼻を掻いた。
それから一週間ほどが経過し───…
いよいよ朔久と映画に行く日が来てしまった。
正直なところ、あの「デート」発言以来
どういう顔をして会えばいいのか分からず、ずっと落ち着かない日々を過ごしていた。
復縁なんて、今の俺には考えられない。
恋心が何かも分からないのに、中途半端な気持ちで応えることなんてできない。
そう思っているのに
朔久のあの真っ直ぐな瞳を思い出すと、胸の奥がざわつくのだ。
そんなことを考えながら、俺は約束の場所へ向かった。
指定された映画館の前には、すでに朔久が立っていた。
相変わらずスタイルが良くて、ファッションもきまっている。
今日の朔久は、爽やかな水色のシャツにチノパン
「楓~!」
朔久はにこやかに手を振って俺を呼んだ。
「さ、朔久」
俺はぎこちなく返事をすると、朔久は俺の顔をじっと見つめる。
「楓、顔色悪いよ?ちゃんと寝てる?」
「あ、だ、大丈夫」
朔久の優しい気遣いに、少し胸が締め付けられる。
こんな風に心配してくれるのは、昔から変わらない朔久の良いところだ。
「そっか。じゃあ、行こっか」
朔久はそう言うと、自然な動作で俺の背中に手を添え、映画館の中へと促した。
その手のひらから伝わる熱が、俺の心臓をドクンと鳴らす。
映画館に入ると、映画のチケットを受け取り
飲み物とポップコーンを買ってシアターに入った。
席に着くと、朔久は俺の隣に座り、ポップコーンを俺の方に差し出す。
「はい、楓。これ、好きでしょ?」
俺がいつも頼むキャラメル味のポップコーン。
そういう細かいところまで覚えてくれているのは、純粋に嬉しい。
映画が始まると、朔久は時折俺の方を見て楽しんでいるか確認するように微笑んだ。
映画の内容自体は面白かったけれど
朔久の視線を感じるたびに俺は落ち着かなかった。
映画が終わってシアターを出ると、朔久は腕を組みながら言った。
「面白かったね、あの映画」
「朔久もそう思うよね…!にしてもまさか最後であの二人がああなるとは思わなくてさ!」
興奮しながら話す俺の言葉を朔久はいつもと変わらない優しい眼差しで聞いてくれる。
まるで、俺のどんな話でも受け入れてくれるかのように。
そして、ちょうどランチの時間でもあった。
「お腹空いたね。何か食べに行こうか?」
「うん」
朔久はスマホで何かを調べている。
「この辺りに最近できたカフェあるらしい、そこ行
こっか」
俺が頷くと、朔久は俺の腕を軽く引いた。
まるで恋人同士のような自然な行動に、俺は戸惑いを隠せない。
それでも、朔久の優しい笑顔を見ると、強く振り払うこともできなかった。
映画館を出て、近くのカフェに寄ることにした。
テーブル席に座ると、朔久は俺の向かいに座り
腕を組んで俺の顔をじっと見つめる。
「楓、元気なさそうに見えたけど、健司とのことはもう大丈夫なの?」
「いや、まだ…」
「そっか、そりゃ不安なるね」
全部お見通しといったところか、彼はカップを手に取り、一口飲む。
その仕草すら、どこか様になっている。
「ま、そんなに心配しすぎなくてもいいと思うよ?」
「う、うん」
俺はなんだか落ち着かなくて
コーヒーをかき混ぜるスプーンの音だけが、やけに大きく聞こえた。
昔から、朔久は俺にとって、本当に大切な親友だった。
あの頃はとても好きな彼氏だった
誰にも言えないようなことも、朔久には話せた。
俺の悩みを真剣に聞いてくれて、いつも前向きな言葉をくれる。
でも、そんな朔久に今好きだと言われても今の俺には応えられる自信が無い。
朔久の優しさや気遣いに俺は嬉しさを感じる反面
どうしたらいいのかわからない複雑な気持ちが募っていった。
このまま朔久の優しさに甘えていいのだろうか。
でも、もし朔久が俺に抱いている感情が俺の想像する〝デート〟の意味だとしたら
俺は彼を傷つけてしまうかもしれない。
◆◇◆◇
その後
朔久と別れた後も俺の心はずっとざわついていた。
朔久の真意は何なのだろう。
結局、告白とかそういうことはされなかったが
俺自身はどうしたいのだろう。
その答えは、まだ見つからないままだった。
そんな気持ちで、家に1人帰宅するのも寂しく
俺は気が付くと
以前、仁さん、将暉さん、瑞希くんたちと呑んだ
杉並区上荻に位置するバー
『|Amber Lounge《アンバー ラウンジ》』
に足を運んでいた。
夜の喧騒が心地よく響く中
名前通り琥珀色の照明が柔らかく店内を包み込む
その空間の隅に立ち
気づくと、心地よいジャズの音色に耳を傾けていた。
まだ2回ぐらいしか来たことがないのに
懐かしさすら感じさせるような雰囲気に心が自然と溶け込んでいく。
俺はカウンターに腰を下ろし、バーテンダーに軽く手を挙げ
「コーヒーお願いします」と注文する。
暫くしてコーヒーが運ばれてくると、その芳醇な香りに一瞬で心が安らぎを取り戻して行く。
しかし、すぐに朔久との関係についての思いが胸をよぎる。
健司との問題が解決しそうかと思えば
また悩ましいことが増えて……
別に復縁したいとかは言われているわけではないが、朔久の態度は完全に〝ソレ〟だった。
高校生のときの甘酸っぱい恋人ムーブをぶちかまされた気さえする。
(…好きとか、無闇に言わないでほしいのに……)
そんなことを考えて、大きなため息をついた
その時だ
「楓ちゃんじゃん」
「えっ?」
ふと背後から聞き慣れた声が届く。
振り返るとそこには、将暉さんと瑞希くんが笑顔で立っていて
その後ろには、|窶《やつ》れ顔の仁さんまでいた。
「あっ、どうも……!」
「久しぶり、どうしたの?こんなところで」
将暉さんが不思議そうに首を傾げ
「いやーちょっと息抜きに……」
言葉を濁す俺を見て、今度は瑞希くんが面白がるように口を開いた。
「てかてか!今日俺見ちゃったんだよね」
「え?」
瑞希くんはいたずらっぽく目を輝かせ、俺の顔を覗き込むようにして言った。
「あんたがイケメンと映画デートしてるとこ
ろっ!」
その言葉に、俺は一瞬ドキリとした。
思わず顔が強張ってしまい、どうごまかせばいいのか言葉を探す。
将暉さんが瑞希くんの頭を軽く叩いて
「こらこらっ」と笑いながら俺に視線を向けた。
「さっきの話だけど、俺と瑞希もちょーど映画館行っててさ、偶然見ちゃったんだよね」
将暉さんの言葉には悪気は感じられず、むしろからかうような響きがあった。
◆◇◆◇
奥のテーブル席に移動するなり
瑞希くんはにやにやと笑いながら俺を見つめてきた。
「今日あんたと一緒に歩いてた男って、いま日本一注目されてる|WAVE MARK《ウェブマーク》の若社長じゃん!?」
そこでさんが「うぇーぶまーく?」と首を傾げると、将暉さんが説明してくれた。
「WAVEMARK JAPANの代表取締役CEO。数年前にヨーロッパで広告賞総ナメにしたって、業界じゃ有名な男だよ」
その言葉に、俺は驚きを隠せない。
「えっ、朔久ってそんな有名なんですか…っ?!」
瑞希くんは呆れたように言う。
「うわ、ここにも世間知らずいた。知り合いだったら普通知ってるっしょ」
「いや、だってついこの間日本に帰ってきて、再会したばっかだったから……」