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「ねぇ怜さん、一体どこに行くの?」
少し腫れぼったくなっている瞳で、奏は怜をジロリと見やる。
「ん〜……それは言えねぇな」
午後一時過ぎ。
怜は愛車に奏を乗せ、立川へ向かっているところだ。
カーステのFMラジオからは、様々な音楽ジャンルのクリスマスソングが流れている。
「昨日はサイアクなイブだったし、せめて今日は外に出ようかって思ったまでだよ」
「ふぅ〜ん……」
奏は頬を膨らませながら車窓から流れる景色を見やった。
三十分ほど車を走らせ、怜の白いセダンは、目的地でもあるホテルの地下駐車場へ滑り込み、車を停めると彼は腕時計で時間を確認する。
「まだ大分時間があるな。すぐそこのデパートに行って時間を潰すか」
「え? 何?」
「いいから行くぞ」
車を降りて怜は奏の手を繋ぎ、ホテルから徒歩で数分の距離にある百貨店に入っていった。
洋服や雑貨などを見て回っているうちに、ふと奏は怜にクリスマスプレゼントを用意してなかった事に気付いた。
「そういえば怜さん、クリスマスプレゼントで何か欲しい物ってある?」
思いもしなかった奏の言葉に、怜は目を見張る。
「俺に? クリスマスプレゼント……?」
「うん。何か贈りたいけど、せっかく買うなら怜さんの欲しい物がいいかなって思って」
彼は歴代の彼女から、クリスマスにプレゼントなんて貰った事がない。
こちらが恋人に買い与えるだけだった。
「奏? 本当にいいのか?」
「もちろん」
奏は白い歯をチラリと覗かせながら、ニコリと笑う。
「マジか……。すげぇ嬉しい……」
二人はメンズの服飾品を扱うフロアに向かい、怜が時々立ち止まりながら商品を手に取って見ている。
「これがいいな」
怜が手にしたのは、シンプルなデザインのネクタイピン。
オニキスが一粒埋め込まれ、ブランドロゴが小さく入ったシルバーのそれは、ハイクラスのブランドではないが、有名なメンズブランドのものだ。
「カッコいいタイピン……! 怜さんにピッタリだね!」
奏は『早速買ってくるね』と怜に言い残すと、店員に声をかけ、会計をしている間、彼女の様子を遠目から見ていた。
クリスマスのギフト包装をしてもらった店員に『ありがとうございました』と言い、軽く会釈をしている彼女は可愛いと、怜は思ってしまう。
「怜さん、お待たせ。今渡すより後で渡した方がいいよね?」
「そうだな。その方がいいかも」
はにかむような表情で、小さな紙袋を見つめる奏は、初めて男性にプレゼントするのが嬉しいようで、唇が緩く弧を描いている。
「奏は……クリスマスプレゼント…………本当に欲しい物はないのか?」
「私が欲しいのは、あとは怜さんとのツーショット写真だけ」
言いながら笑みを零す彼女に、胸の奥がチクリと痛む。
怜が奏からのクリスマスプレゼントにタイピンを選んだ理由は、毎日身に付けられ、奏に会えない日でも彼女の存在を感じられるから。
それに、ネクタイピンを付ける位置は心臓に近く、『俺の心は奏だけ』という意味も、怜の中では含まれている。
(奏はツーショット写真って言ってたが…………俺の存在を感じられる物を、奏に贈りたい……)
せっかく購入するなら奏を驚かせたいけど、どのタイミングで買おうか、と怜の胸中は悶々としてしまう。
彼はやきもきしたまま、二人の足取りは百貨店の正面玄関へと向かっていた。