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「あ、ちょっとパウダールームに行ってくるから待っててもらっていい? まだ目が腫れぼったくて嫌になっちゃう……」
デパートを出る直前、奏が思いついたように怜に声をかけた。
「ああ、構わないよ。行っておいで」
彼女が見えなくなるのを確認すると、怜は絶好のチャンスとばかりに、すぐ近くにあった女性向けのアクセサリーブランドのコーナーへ向かう。
ショーケースに並ぶ煌びやかなアクセサリーたちを少しの間眺めていると、これは、と思うネックレスを怜は見つけた。
ホワイトゴールドの繊細なチェーンに、タンザナイト、ブルートパーズ、ダイヤモンドが縦に並んでいるネックレス。
石の大きさはそれぞれ五ミリくらいだろうか。石が良質というのもあり、色も鮮やかで小さくても輝きの存在感が大きい。
タンザナイトの深いブルーパープルの色とブルートパーズの南国の海のような色、ダイヤモンドの輝きが眩しい。
(これは奏に似合うだろうな……)
ネックレスを着けた彼女をイメージしていたら、思わずニヤけてしまう。
怜は店員に声をかけ、会計とギフト包装をしてもらった後、『袋に入れずに手持ちのバッグに入れたい』と伝えると、店員は気を遣ってくれて、ショップ袋もサービスで付けてくれた。
お礼を言い、奏を待っていると、ちょうどこちらに彼女が向かってくるのが見えた。
「さて、そろそろ時間だし、行くか」
「え、行くってどこに?」
奏がきょとんとした表情で怜に問いかけると、彼は、照れながら『さっき車を停めたホテル』とだけ答えた。
怜が黙ったまま奏の手を引き、ホテルのエントランスへ入っていく。
二人の親友、本橋夫妻の結婚式の後、奏が体調を崩し、休憩を兼ねてお茶をしに立ち寄ったホテルだ。
複雑に組み込まれている梁のような天井と柔らかな間接照明、ロビーの中央に飾られている大きなクリスマスツリーが、二人を出迎える。
ラウンジを通り抜け、奥の方にあるレストランへ向かいながら、怜がネタバラシをした。
「昨日はサイアクだっただろ? せっかくのイブなのに、奏との時間をあの二人にブチ壊されてさ。奏を抱いた後、せめて今日はクリスマスらしく過ごしたいと思って、奏が寝てから、ダメ元でここのホテルのサイトにアクセスして、レストランの予約ができないか確認したんだ。そしたらちょうどこの時間が空いてて、すぐに予約したんだ」
「そう……だったんだ……」
奏の知らないところで、こうして二人の時間を作ってくれた事が、彼女にとって、この上ない嬉しさで満たされていく。
「怜さん……ありが……と……う……」
嬉し過ぎて視界が歪みそうになるのを、奏は必死で堪えた。
***
開放的な天井から外光が柔らかく降り注ぎ、和と洋が融合されたシックな店内。
クリスマス限定のコース料理は、和食をベースとした創作料理で、存分に堪能した二人。
和の雰囲気の中にも、クリスマスらしさもあり、盛り付けも味も目と舌で楽しめた。
身体に優しい味に、奏は心身ともに満たされ、怜も満足した様子だ。
「そういえば、奏とこうやって食事に行くのは、これが二回目か」
「うん。最初はファミレスだった。怜さんがリペアラーになったきっかけを教えてくれて……あの時、怜さんの向上心はすごいって思ったよ」
「いや、俺はまだまだ。リペアマンとして、もっと勉強して技術を磨いていかないと……」
こうして話していると、怜は本当にリペアの仕事が好きなんだな、と奏は思う。
(私も、レッスンはもちろん、演奏の方も研鑽を積んで頑張らなきゃ……)
奏が考えているうちに、気付くとラストオーダーの時間が過ぎ、レストランの会計は怜が支払ってくれた。
「ご馳走になって、本当にいいの?」
「もちろん。俺がしたくてしている事だから」
「怜さん、ありがとう」
怜に会釈をしてお礼を言うと、彼がふわりと笑みを零し、彼女の頭をそっと撫でた。