「ところで、自己紹介していなかったね。俺は沢田海斗です」
その名前をどこかで聞いた事があるような気がした。
しかしどこでだったか思い出せないまま、美月も自己紹介をする。
「佐藤美月です」
「美月って、もしかして『美しい月』って書くの?」
「はい、そうです。名前負けですよね」
と美月はそう言って笑った。
「そんなことないよ。もしかしてご両親も月が好きとか?」
「そうです。というか、父が天文好きでした」
「でしたってことは?」
「あ、はい、父は昨年亡くなりました」
「そうだったんだ、ごめん」
「いえ…あの望遠鏡は父の物なんです」
「そうかぁ」
「小さい頃からいつも父と望遠鏡を覗いていました」
「いい子供時代だったんだね。じゃあ望遠鏡はお父さんの形見になるんだ」
「はい」
返事をした美月の瞳は、少しうるうるとしていた。
父が他界してからまだ一年も経っていない。
美月が離婚する少し前に父の癌が見つかった。
美月は父の傍に少しでもいたいと思い離婚を決意する。
その選択は今でも間違っていなかったと思っている。
父との最期の貴重な時間を、母と共に家族三人で穏やかに過ごす事ができた。
父が旅立った直後は、弱っていた母の代わり色々な手続きに駆けずり回った。
当時は忙しさのあまり悲しみに浸る余裕などなかった。
でも忙しさのお陰で、悲しみを直視せずに上手くやり過ごせていたのだ。
しかし全てが落ち着いた今、じわじわと悲しみが襲ってくる。
今はあえて意識を他に向け、なんとか平常心を保っている状態だ。
そこで美月は気分を変える為に海斗に質問をした。
「沢田さんのお名前はどんな字ですか?」
「海斗の『カイ』は『海』で、『ト』は北斗七星の『斗』だよ」
「ということは、ご両親は海好き?」
「うん。両親は学生時代ヨット部で知り合ったらしい」
「素敵ですね。ちなみに北斗七星は海の航海の道標ですよね」
「そうかぁ。そんな事今まで考えたこともなかったな」
その時屋台の主人が、
「はいよ、ラーメン二丁出来上がり。今日は特別美味しくしておいたからね」
と言って、美月にウインクをした。
熱々の湯気が立ち上ったラーメンを早速二人は食べ始める。
一口食べた美月は、
「美味しい!」
と言い、びっくりした顔をしていた。
「だろう? ここの味噌ラーメンは味噌が一味違うんだよ。コクがあるのにさっぱりしていて、
秘伝の味噌なんだよな? おやっさん!」
「おうっ、うちの自慢のかーちゃん秘伝の味噌だからな!」
主人はそう言って笑った。
それから、
「ゆっくり食べて行ってな」
主人はそう言うと少し離れたベンチに煙草を吸いに行った。
「私ラーメンの中で味噌が一番好きなんですが、これは今まで食べた中で一番おいしいかも」
美月は美味しそうにフーフーと熱々のラーメンを食べ続ける。
そんな美月の言葉に、
「喜んでいただけて光栄です」
と、海斗はかしこまって答えた。
ラーメンを食べ終わると、海斗が会計を済ませてくれる。
「「ごちそうさまでした」」
二人は主人にそう告げてからその場を後にした。
美月は海斗にもごちそうになった礼を言った。
それから二人は肩を並べて川沿いをゆっくり歩き始めた。
「ここも『Moon River』だね」
海斗の言葉に美月が川の方を見ると、水面には滲んだ月が映っている。
水の流れにゆらゆらと揺れる月のシルエットは、風情があってとても美しい。
「フフッ、本当ですね」
「まさに『Moon River』だろう? ところで家はこの近く? 送っていくよ」
「ここからはすぐなので大丈夫です」
「もしかして同じ町内かな? 三丁目?」
「はい、三丁目です」
「おーっ、同じだ!」
二人は同時に笑った。
住宅街に戻った二人は交差点で立ち止まった。
「私はあっちです」
「俺はこっち。じゃあまた」
「今日はごちそうさまでした」
「うん…」
「じゃあ、おやすみなさい」
美月が挨拶をして歩き始めようとした時、海斗が引き止めるように言った。
「あの、図々しいお願いなんだけれど、この前見せてもらった月の写真を俺にくれないかな?」
「えっ? あの写真ですか? あんなのでよろしければ」
「SNSのメッセージで送ってもらってもいいかな?」
それを聞いた美月は申し訳なさそうに言う。
「私、メッセージ系のSNSはやっていないんです」
「そっか、じゃあメールは?」
「メールなら送れます」
美月が答えると、海斗が財布から名刺を出した。
「ここにアドレスが書いてあるので暇な時によろしく!」
「わかりました」
「じゃあ、おやすみ!」
「おやすみなさい」
二人は漸くその場を離れた。
夜空にはまだ明るい月が煌々と輝いている。
アパートに向かって歩きながら、
美月の口から自然に「Moon River」のメロディーが流れる。
歌いながらフフッと微笑んでアパートの階段を上って行った。
一方、海斗はその場に佇み美月の後ろ姿を見ていた。
美月の姿が完全に見えなくなると、今度は真上にある月を見上げて大きく息を吸い込んだ。
その後マンションに戻った海斗は、すぐにギターを手にして「Moon River」を弾き始める。
柔らかな月明かりに照らされた海斗の部屋には、しばらくの間切ないメロディーが響き渡っていた。
コメント
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🌕から始まる2人の恋なのかな?
海斗さんナイス👍😊美味しい🍜も🌙の写真もこの先美月ちゃんとの繋がりになると信じてます🙏